第204話 死神ちゃんと知的筋肉⑤

 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉を求めて五階へとやって来た。すると、何か探しものをしているらしい僧兵の女性を見つけた。死神ちゃんはそれが見知った顔であることに気づくと、ごく普通に「探しものか?」と声をかけた。驚いた表情で顔を上げた女性――筋骨隆々な僧兵に憧れて自身も僧兵に転職してしまった、知的で聡明な元司教の〈知的筋肉(略して、ちてきん)〉は一転して満面の笑みを浮かべると、腕を大きく広げて死神ちゃんへと駆けてきた。



「師匠~! お久しぶり~!」



 ちてきんは力強く踏み込むと、死神ちゃんに向かって飛び込むかのようにジャンプした。死神ちゃんは腕を広げると、笑顔で彼女を待ち構えた。しかし、正対から少しずれた位置から突っ込んできた彼女は死神ちゃんに抱きつくことはできず、むしろ勢い余ってそのまま体をすり抜けていった。死神ちゃんは彼女の腕が喉元を通過したことに顔をしかめると、呆れ顔を浮かべて振り向き、通り過ぎていった彼女を見下ろした。



「おい、毎度のことだがさ。相手が俺じゃなかったら、首がもげるどころか吹き飛んでるぞ。お前、忍者にでも転職したのか」


「ううん。あまりの嬉しさで、つい」



 ちてきんは苦笑いを浮かべると、気を取り直したかのように拳を突き出した。死神ちゃんは笑顔を浮かべて降下していくと、彼女の拳にコツンと自分の拳を当てて挨拶をした。

 死神ちゃんは彼女の耳の片方に小さな赤い羽根が踊っているのを目にすると、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。ちてきんはそれに気がつくと両手のひらを頬にあてがい、もじもじとしながら目を細めた。



「いやだ、師匠、気がついちゃった?」


「はい、気づきました。良いですね、青春ですね」



 ちてきんは気恥ずかしそうながらも小さくコクリと頷くと、ハムからプレゼントしてもらって如何に嬉しかったかを死神ちゃんに語りだした。死神ちゃんは最初、微笑ましい気持ちでそれを聞いていたのだが、ハムの態度を思いだして次第に〈彼と彼女の間に温度差があること〉に対して不憫な気持ちになった。

 ハムは依然として〈筋肉仲間〉という目で彼女を見ているが、彼女は少しずつハムを〈別の目〉で見るようになっている。だから今もこうして、乙女の表情で嬉しそうに語っているわけだ。――もう少し、ハムも色恋について敏感になってくれたら二人の間柄がおもしろいことになるだろうにと、死神ちゃんはこっそり苦笑いを浮かべた。


 彼女がひとしきり話し終えて落ち着くのを待って、死神ちゃんは〈本日の目的〉を尋ねた。すると彼女は「探しものををしている」と答えた。死神ちゃんは首を傾げると、目をしばたかせた。



「やっぱり探しものをしていたのか。――で、何を探しているんだ?」


「あのね、くまのぬいぐるみを模した鈍器があるらしいのよ。それを探しているの」



 彼女はハムと始めた競技ダンスがきっかけで、筋肉が売りの〈ムキ可愛い筋肉アイドルユニット〉の一員として活動をするようになった。その活動の一環で年末に年越しライブを行うことが決まったそうで、その中で行う予定の参加型イベントの景品として、彼女はどうやらその鈍器を出品したいらしい。



「アイドルだからそれらしい可愛いものをと思いつつ、筋肉が売りの私らしいものが良いなと思って。――あ、ライブにはね、パーティーの仲間も来てくれるのよ。それから、ギルド主催のカルチャースクールのイベントも同時開催だから、ハムも何かやるみたい」


「せっかくハムも参加するなら、一緒に競技ダンスを披露したらいいんじゃないか?」


「それ、すごくいい! 帰ったら、さっそく提案してみよう! ――あーあ、師匠が〈ダンジョンの罠〉じゃなかったらな。見に来てもらえるのに」



 そう言ってしょんぼりと肩を落とすと、ちてきんはとても残念そうに眉根を寄せた。一転して笑顔を浮かべると、彼女はイベントに参加することができない死神ちゃんのために、イベントでやる予定のことを再現して見せた。ファンに向かっての「筋育しているかな?」という呼びかけから始まり、筋肉を見せつけながら行う〈筋肉挨拶〉を披露し、楽しそうにダンスを踊る彼女眺めながら、死神ちゃんはただ、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 冒険者と意思疎通ができるというのも、困りものである。度々顔を合わせている相手であれば、当然仲も良くなってくる。それでも仕事として、どの冒険者でも平等に死神ちゃんは灰化させている。しかしながら、生き返ることができるとはいえ死の淵に立たせるという非情なことを行っているはずだというのに、それでもやはり情は湧くのだ。

 死神ちゃんはイベントの誘いに乗ることができたらなと、ほんの少しだけ考えてしまった。そして、ちょっぴり切ない気持ちになった。ちてきんは、心なしか表情の曇った死神ちゃんを不思議そうに見つめて首を傾げた。死神ちゃんは切なげに笑うと、小さな声で「何でもないよ」と答えた。


 死神ちゃんに促されて、ちてきんは〈探しもの〉を再開させた。くまのぬいぐるみを模しているのだから〈くま関連の何か〉を倒せば手に入るかもと思い、それらしいモンスターが出没しそうな〈小さな森〉は既に探索済みだそうだ。また、ぬいぐるみなのだがら女性型のモンスターが持っていてもおかしくはないだろうと思い、該当のモンスターとも何度か戦ってみたそうだ。

 それも芳しくなかったため、彼女は五階に降りてきたのだそうだ。火炎区域以外の区域であれば、〈小さな森〉ほどの規模ではないとはいえ、木の茂っている場所が散見される。というわけで、まずは水辺区域をということで、本日彼女は水辺区域を彷徨さまよっていた。


 ちてきんは小さな湖のほとりにある木陰に踏み入った。その少し奥まった場所に、隠すように宝箱が置かれていた。彼女は目を真ん丸く見開くと、「あら、珍しい」と声を上げた。



「設置宝箱だ! 久々に見たよ。何か良い物、入っていないかなあ?」



 モンスターは死亡すると、アイテムの入った袋や宝箱に姿を変える。冒険者たちはそこから装備品や金銭を手に入れており、それを生活の糧にしている者も少なくない。そして、アイテムの入った袋はモンスター死亡時にしかお目見えしないのだが、宝箱のほうはダンジョンの片隅にひっそりと設置されていることがある。存在自体が珍しく、モンスターを倒して出現する宝箱よりも良いものが入っていることが多いため、設置された宝箱を専門的にハントする冒険者もいるらしい。

 ちてきんは「くま、入ってるかも!」と目を輝かせると、力ずくで宝箱を開けた。幸い罠などは仕掛けられてはおらず、宝箱はすんなりと開いた。中には小さな白熊のゴム人形が入っており、彼女がそれを手に取ると宝箱がスウと姿を消した。



「たしかに、くまではあるけれど……これ、何に使うものなんだろう? しかも、変にムニムニしてる。知らない素材ね、文献調べたら分かるかなあ?」



 首をひねりながら、ちてきんはそれをポーチの中にしまい込んだ。そして突如、彼女は「何だか、泳ぎたくなってきた」と言い出した。死神ちゃんは顔をしかめると、彼女のポーチを睨みながら言った。



「今しまったそのくま、呪われているんじゃあないのか?」


「えええ、この〈泳ぎたい欲〉、呪いなのかな!? でも、たしかに、あのくまをポーチにしまい込んでからなんだよなあ、これ。――うううううう、泳ぎたい……」



 ちてきんはむず痒そうに体をよじった。木陰から出てきて湖を目にすると、彼女の中の〈むずむずとした何か〉は増大したようだった。ちてきんはいきなり走り出すと、湖に嬉しそうに飛び込んでいった。その様子を死神ちゃんが呆然と眺めていると、ちてきんが湖に体を浸したのと同時に三つ頭のあるサメが躍り出て、真ん中の頭が彼女を飲み込み再び湖の底へと消えていった。

 彼女が悲鳴を上げることもないまま姿を消したことに戸惑いつつ、今自分が見たものに動揺して死神ちゃんはその場で固まっていた。しかし灰化達成の知らせが上がると、死神ちゃんは何事もなかったかのようにその場から姿を消したのだった。




   **********




「お花。いい加減、その〈俺は何も見ていない〉っていう態度、やめなって」



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、第二班副長の雌ライオンが顔をしかめた。死神ちゃんがしどろもどろに「いや、何のことだか」と言って視線を彷徨わせると、ライオンはため息まじりに言った。



「ケルベロシャーク、いいじゃない。カッコイイでしょう?」


「あれ、そんなご大層な名前なんですか」



 死神ちゃんが顔を歪めると、ライオンは頷いた。



「ケルベロスとかバンタリとか、頭がいくつもあるモンスターが存在するならサメだっていくつも頭があったって良いだろうってことで、近年になってビット所長が実装したものなんだけど」


「バンタリって、頭が二つあるライオンですよね? アレはライオンさん的にOKなんですか?」



 死神ちゃんが不思議そうにそう尋ねると、たてがみの有無にうるさい彼女はしれっと「だってアレは、私の種族とは別の生き物だし」と答えた。死神ちゃんは心なしか納得しきれないというかのような表情を浮かべたが、彼女はそんなことなど気にも止めずに話を続けた。



「先代の統括部長は保守的っていうか、〈空気を読む人〉だったのよ。だから〈表の世界の雰囲気に合わないものは駄目〉っていうスタンスだったんだよね」


「つまり、止める人がいなくなって暴走しているわけですね。――主にビット所長が」


「でも、今のほうがおもしろくていいでしょう?」



 朗らかに笑うライオンに、死神ちゃんは苦笑いを返した。



「ところで、何でビット所長はサメにこだわるんでしょうね」



 死神ちゃんが首を傾げさせると、ライオンはニヤリと笑って「そこにロマンがあるかららしいよ」と答えた。死神ちゃんはにっこりと笑うと「それじゃあ仕方がない」と言って頷いた。とても〈腑に落ちた〉という爽やかな笑みを浮かべた死神ちゃんは、軽やかな足取りで再びダンジョンへと出動していったのだった。





 ――――ダンジョンは、出会いもロマンもいっぱい詰まっている場所。そんなダンジョンに魅了されているのは、冒険者だけではないようDEATH。

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