第166話 死神ちゃんと地元の若者達
死神ちゃんは〈
しかし、腕輪がどこぞのストーカーの存在を知らせているということもなく、待機室からそれらしい連絡が入ってきているということもなく、至って平和な状態である。それに〈尾行されている気配を感じる〉といっても、ストーカーに付け狙われている時のような不快さは感じられなかった。それでも、この状況が心地いいわけはあるはずもない。――何となくモヤモヤとしたものを感じながらも、死神ちゃんはひとまず任務を遂行することに集中した。
無事にひと仕事終え再び出動をした死神ちゃんは、またもや気配を感じた。――やはり、誰かにつけられている。
死神ちゃんはおもむろに後方を振り返ってみた。すると、それと同時に冒険者と思しき数名が慌てて物陰に隠れた。
「こっち見た! やっぱり、アレがそうなのかな」
そんな話し声が聞こえてきて、死神ちゃんは思わず顔をしかめた。しかし、彼らは死神ちゃんの担当ではない。フンと鼻を鳴らすと、死神ちゃんは再び仕事へと戻っていった。
お昼。死神ちゃんは食堂で昼食をとりながら、午前中の不可解な〈気配〉についてマッコイに報告した。すると、彼は苦笑いを浮かべて申し訳無さそうに言った。
「アタシが何か話題を振ると、その冒険者にばったり会ってしまうみたいだから言わなかったんだけれど――」
「何だよ、また何かそういう系のことがあるのかよ」
思わず、死神ちゃんは彼の言葉を遮って苦い顔を浮かべた。マッコイは頷くと、フォークでパスタをくるくるとまとめながら続けた。
「最近、このダンジョンのある街の若者達の間で、肝試しが流行っているそうなのよ」
「は? それと俺のどこに関係があるんだよ」
「
「……ある」
死神ちゃんは口に運ぼうと持ち上げていた箸をのろのろと下ろすと、盛大に顔をしかめた。
マッコイはこの噂をサーシャから聞いたそうだ。死神課以外の社員は〈ダンジョンに縛られて生きている特殊な存在〉ではないため、基本的に表の世界にも出て行くことができる。そのため、サーシャは時折、表の世界へと出かけていくのだ。数日前、サーシャはギルド職員のエルフさんと食事に行ったそうで、噂と〈肝試しが流行っている〉ということはそのときに耳にしたらしい。
「昨日たまたま彼女と会ってね。そのときに、そういう噂があるって教えてくれたのよ。ちょうど夏休み期間だし、これを機に冒険者登録してみようかっていう若者が多いそうよ。低階層くらいなら巷のご婦人も買い物感覚で来るくらいだから、ちょっとした暇つぶしになるだろうと思われているみたいね」
死神ちゃんはハンと鼻を鳴らすと、「ご婦人舐めんな」と言ってお茶を煽るように飲んだ。
午後は変な視線を感じることもなく落ち着いて業務に当たることができた。しかし、最後の最後で死神ちゃんは例の如く引き当てた。
ターゲットを求めて低階層を
死神ちゃんはニヤリと悪い笑みを浮かべると、少しずつ飛行速度を早めていった。すると、ターゲットも少しずつ歩を早めた。死神ちゃんはさらに速度を早めながら、小さく笑い声を上げた。すると、彼らはヒッと小さく悲鳴を上げて走りだした。
死神ちゃんはダンジョン内に笑い声を響かせながら、凄まじい速度で彼らを追った。彼らは耳をつんざくような悲鳴を上げて、泣きながら全速力で走った。とうとう、死神ちゃんは彼らの頭上を通過して追い越した。そして死神ちゃんは、彼らの眼前に真っ逆さまに急降下した。彼らは足をもつれさせて尻もちをつくと、尻を地面についたままずりずりと後退した。
涙でぐしゃぐしゃの顔をふるふると振って怯えながら、地面に降り立った死神ちゃんが一歩また一歩と近づいてくるのを彼らは見つめた。袋小路に追い詰めた彼らの眼前で、死神ちゃんは凶悪な笑みを浮かべて魂刈を振り上げた。カチカチと歯を鳴らして震える若者の一人は、もはやこれまでと思ったのか、失禁して意識を失った。
「うわっ、
思わず、死神ちゃんはそう言ってぴょんと飛びのいた。そのまま浮遊して、意識を失った若者に近づくと、死神ちゃんは「お前、大丈夫か」と声をかけながらぺしぺしと彼の頭を叩いた。ポンと飛び出たステータス妖精さんは信頼度低下を告げると、そそくさとどこかへと去っていった。
気を失った彼の仲間たちは、死神ちゃんや去っていくステータス妖精さんを呆然と見つめた。死神ちゃんは見つめられていることに気がつくと、にっこりと笑って彼らを見渡した。
「肝試しの感想は?」
「もう、懲り懲りです……」
失禁した彼が意識を取り戻すと、若者達は家に帰ることにした。肩を落としてしょんぼりと歩く彼らに、死神ちゃんは首を傾げた。
「それにしても、お前ら、そんなビビリでよくダンジョン内を
「俺たち、冒険者登録して初心者講習を受けた際に全員盗賊で登録したから。だから〈姿くらまし〉ができるんだよ。おかげで、地図がある場所だけなら、モンスターに会うことなく行けるから……」
「そこまでして肝試ししたかったのかよ」
死神ちゃんが呆れ眼を細めると、若者の一人が「主婦が冒険できるくらいだから楽勝だと思ってた」と呟いた。死神ちゃんは鼻を鳴らすと、ぼそぼそと言った。
「お前ら、バーゲン会場でおばちゃんたちを相手に、目当ての物をゲットできるか?」
「で、できない……」
「だろう? ここにはな、そんな歴戦の猛者ばかりが来るんだよ。おばちゃん達を舐めてたら、痛い目に遭うぜ」
「うちの父ちゃんだって母ちゃんに勝てないのに、俺らが敵うわけないよ! ダンジョンって、実はすごくハードル高いところだったんだな! ていうか、主婦
若者達は、情けない声をひっくり返しながら口々にそんなことを言った。
これに懲りて、彼らはそのまま帰るだろうと思っていた矢先。彼らは一階へと続く階段を素通りして何処かへと向かって行った。死神ちゃんが顔をしかめると、彼らのうちのひとりが「どうせ当分来ないと決めたんだ。怪談話で話題の〈動く銅像〉を探してから帰る」と言った。
いつぞやの芸術家が探していた〈動く銅像〉は、その昔、まだ冒険者が三階にも到達出来ておらず、祝福の像が二階フロアにすら設置されていなかった時代に〈運良く見つけることができた冒険者だけが恩恵を受けられる、素敵な修行スポット〉としてこっそり設けられたものだそうだ。初めてこの像を目にしてすぐに、そのような話を死神ちゃんは聞いた。
三階まで像が設置され、地図も出回るようになってからは銅像の需要も無くなったため、今となっては現役引退した冒険者が昔語りをした際に運良く話を聞けるかどうかとなっていた。それが、どうやら芸術家が再発見してから怪談話のひとつとして広がっているようだった。――これまで怪談になってるのかよ、と心の中で呟くと、死神ちゃんは小さくため息をついた。
若者達は何とか、銅像の元まで辿り着いた。軽妙な口調で話しかけてきた〈盾を二つ持っている〉という滑稽な格好の銅像に、彼らは「大したことなかったな」と言い鼻で笑った。しかし次の瞬間、銅像が鬼のような形相に変わるのを見て、彼らは断末魔を上げることとなったのだった。
――――なお、この夏話題の怪談話には〈笑いながら高速飛行する幼女〉の噂も、もちろん追加されたそうDEATH。
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