第151話 死神ちゃんとお姉ちゃん④

 死神ちゃんは六階の歓楽街を抜けた先の、まだ冒険者が殆ど足を踏み入れていないに等しいエリアを彷徨さまよっていた。

 大抵の冒険者が歓楽街の誘惑に惑わされて身も心も、そしてお財布の中身もすり潰されて帰っていく。もしくは、歓楽街の組合長に〈怪しい奴め〉されてダンジョン外にまで瞬間移動テレポートされる。――六階に辿り着くのも相当の苦労を要するにも関わらず、そのような感じで冒険者はリタイアしていくため、いまだに〈六階の中ほど〉の探索はされていないに等しかった。

 そのような場所に、久方ぶりに冒険者が出没したのだ。いまだかつて歓楽街よりも先のエリアに出動したことのない死神ちゃんは、優先して出動させてもらったのだった。


 すぐ近くに派手な歓楽街があるとは思えないほどの、薄暗くて不気味な雰囲気を醸している中を、死神ちゃんはふよふよと漂っていた。すると、前方から〈担当のパーティーターゲット〉と思しき集団が歩いてくるのが見えた。そのうちの一人がギラリと眼光を光らせるのを見て、死神ちゃんは思わずヒッと声を上げると、冒険者に背を向けた。



「うふふふふふふふ!」


「ひいいいいいいい!」



 死神ちゃんが背を向けた瞬間、先ほど目を光らせた冒険者が不気味な笑みを漏らした。は気味の悪い笑い声を上げながら、全速力で死神ちゃんに突進してきた。死神ちゃんは悲鳴を上げて逃げ出したのだが、が咄嗟に口にした呪文によって動きを封じられてしまった。

 ぎしりと音を立てて身体が重くなったのを感じた死神ちゃんは、苦虫を噛み潰したような顔で後ろを振り返った。すると、既には眼前に迫ってきており、死神ちゃんはギャアと叫ぶのと同時にされた。



「ああああああああああ幼女成分補充出来た嬉しいあああああああああああああ」


「ぐ、ぐるじい……」


「マイスィートラブリーエンジェル! ソフィアたああああん!」



 死神ちゃんは追いかけてきた不気味な女――姪っ子が大好きな神職の家系出身の踊り子〈お姉ちゃん〉の腕の中で必死にもがいた。ようやく脱出出来たところで、死神ちゃんは彼女の豊満な乳を思い切り叩いた。



「だからっ! 苦しいっつってんだろうが!」


「あんっ!」


「喜々として喘ぐなよ、いやらしいヤツめ! いい加減、〈ソフィア界〉に飛び込んでいくクセ直せよ! 迷惑なんだよ!」



 今にも泣きそうな顔で「だって」と肩を落とす彼女の周りを、ステータス妖精さんが信頼度低下を知らせながらくるくると舞っていた。そして妖精さんが去っていくのと入れ違いで、彼女の仲間達がやってきた。仲間たちはとてつもなく見下げた表情で彼女をじっとりと見つめていた。



「ていうか、俺を捕獲したいがために〈聖なる巫女〉の力を発揮するとか、無駄使いもいいところだろう! しかも何だよ、薄暗がりの中を眼光ギラリとさせて、不気味に笑いながら、よだれ撒き散らしながら突進してくるとか! お前はモンスターか!」



 お姉ちゃんは説教されているにも関わらず、段々と相好を崩していった。ギャンギャンと怒鳴り散らす死神ちゃんをうっとりと眺めながら再び〈ソフィア界〉に旅立っていった彼女を見て、仲間たちは一層ドン引いた。



* 踊り子の 信頼度が 5 下がったよ! *



「あああ、信頼度がまた減った! ちょっと待って、妖精さん! その信頼度、返して!」



 我に返ったお姉ちゃんは、颯爽と去っていく妖精さんの背中に向かって手を伸ばした。失意のあまりにヘタリと座り込んだお姉ちゃんを尻目に、死神ちゃんはフンと鼻を鳴らした。

 死神ちゃんは気を取り直すと、いまだしょぼくれているお姉ちゃんを無視して、仲間たちの方に「ここまでやって来る冒険者がいるだなんて」と話を振った。すると、仲間のうちの一人がニコリと笑って答えた。



「とても運良く、スルッと六階まで降りてくることができたんだ。おかげで、休憩やアイテムの補充なんかもせずに先に進めそうだったから。歓楽街に立ち寄らずに歩を進めてみたんだよ。どんな凶悪なモンスターがいるのかと思ってビクビクしていたんだけれど……まさか、仲間内にモンスターがいただなんてね」


「失礼な! 私はモンスターじゃないわよ! これでも高名な神職の家の出で、踊り子に転身した後も、血筋のおかげで技能継承せずとも浄化系の技が使えるんだから! さっきだって見ていたでしょう!? 私の一声で、この子が動けなくなるのを!」


「いや、うん……。技能が高いのは認めるし、だからこそ一緒にパーティー組んでるんだけれども。でもまさか、そんな、ねえ……」



 依然として軽蔑の眼差しを向けてくる仲間たちに、お姉ちゃんは不服そうに腹を立てながら地団駄を踏んだ。


 せっかくここまで降りてくることが出来たし、今後いつここまで到達出来るかは分からないからということで、一行は少しだけ探索を進めてから地上へと戻ることに決めた。慎重に地図を作成しながら、出来うる限りモンスターと鉢会わぬように注意を払いながら、一行はゆっくりと奥へ奥へと進んでいった。

 途中、どうしても逃げおおせることが出来なかったモンスターがいて、彼らは渋々戦闘を行うこととなった。どのモンスターも、たとえ見た目が今まで遭遇したことのあるものと同じ、もしくは同系統のものであっても、階層が深くなればなるほど強さが増していく。今回戦ったモンスターも見覚えのあるモノだったのだが、ご多分に漏れず他階層のモノよりも強さがパワーアップしていた。むしろ、格段に強くなりすぎていて応戦するのがやっとだった。

 パーティーのリーダーと思しき戦士は何とか敵を倒したあと、額に浮いた汗を拭いながら疲れきった顔で言った。



「こいつはヤバいな……。ここまで強さに違いがあるだなんて。これは装備をしっかりと整えて、冒険者としてのレベルも上げてからじゃないと楽には進めそうにもないな」


「もう探索は諦めて、一旦帰りましょうか」


「そうだな、そうしよう」



 一行はそう言って頷き合うと、作成したばかりの地図を頼りに元来た道を戻り始めた。しかし、地図を見誤ったのか作成の段階で間違いが生じていたのか、はたまた何かしらの罠でも発動しているのか、彼らは一向に歓楽街へと辿り着くことが出来なかった。

 薄暗い中を、彼らは不安げな表情でそろそろと進んでいった。どこからともなく聞こえてくる水の滴る音と、ほんのりと鉄のような臭いの混じった生臭い空気が、ダンジョン内を一層不気味に感じさせた。

 時折ほんのりと明るい場所があり、そこでは場にそぐわない可愛らしいうさぎのぬいぐるみがちょこんと座って、首をゆらゆらと揺らしていた。お姉ちゃんは顔をしかめると、抱っこしていた死神ちゃんをギュウと抱きしめた。



「うわ、ここにも首ねうさぎが……。さっきから多いなあ、首刎ねうさぎ。四階辺りから見かけるモンスターなんだけれどさ、遠目から見たら可愛らしいのに、近づくと生皮剥いだような気持ち悪い見た目に変わるんだよね。鋭い爪で首チョンパしてくるし」


「物騒なモンスターがこうも多いってことは、そういう危ないのが、もしかしたらわんさかいる階なのかもしれないね」



 仲間の一人に声をかけられ、お姉ちゃんはしかめたままの顔で頷いた。



「どうせ物騒なことには変わりないならさ、可愛らしいぬいぐるみのままだったらまだいいのに。ただでさえ死ぬのは嫌なのに、グロい見た目に変化するのが本当にトラウマもので……」



 辟易とした表情でぶちぶちと文句を垂れていたお姉ちゃんは、喋るのをやめた。それと同時に、仲間達も〈彼女が黙った理由〉に気がついた。――前方にぼんやりと人影が見えるのだ。彼らは斯様かような場所に人がいるということを不審に思いつつも、もしも冒険者であるならば道を訪ねてみようと思った。

 ここから遠い国の、芸者という者だろうか。前方の人影はきらびやかな女性物の着物を着ていた。リーダーの戦士が声をかけるべく、意を決して一歩前に足を踏み出すと、彼らに対して側面を向けていた女性がピクリと動いた。



ギ……


ギ……ギ……


ギギ……ギ……



 木材が軋むような音を立て、その女性は顔だけを彼らの方へと向けた。能面のような表情のない顔に不気味さを感じて、一同は固まった。そして――



「ぎゃあああああああッ!!」



 一行は喉が枯れんばかりの悲鳴を上げた。死神ちゃんも一緒になって叫んだ。そして彼らは元来た道を全速力で駆け始めた。後ろからは、耳元まで裂けた口を大きくガパッと開け、目をグルンと上向け、角を生やした女が髪を振り乱しながら追いかけて来る。ギシギシと音を立てつつ、不自然にガクガクと身体を震わせて右往左往しながら物凄いスピードで迫り来る女の姿に、一同は恐怖して再び絶叫した。



「ななな何あれっ!? すごく怖い! 気持ち悪い!!」


「ギシギシいってるから、人形とかの類じゃない!?」


「首刎ねうさぎみたいなもの!? 人形に見せかけて、実は生き物なの!? それとも、物に宿る精霊とか幽霊みたいなもん!?」


「幽霊とかなら、浄化系の魔法とか踊りとか効くんじゃないの!?」



 走りながらも、彼らは必死にそんなやり取りを交わした。僧侶とお姉ちゃんは「浄化系魔法が効くのでは?」という言葉を受けて、実際に試してみた。



「いやああああ! 効いてないいいいいい!」



 涙混じりに、僧侶とお姉ちゃんは叫んだ。と同時に、ダンッと音を立てて女が姿を消した。一行は思わず足を止めると、辺りを必死に見回した。そのただ中に、女は音もなく降ってきた。驚いたお姉ちゃんが反射的に身を引くと、踊り子の衣装であるマイクロビキニのブラトップがはらりと落ちて豊かな乳がぽろりした。

 お姉ちゃんの顔からサアと血の気が引いた。胸の間には、赤い線が一筋つうと流れていたのである。危うく死ぬところだったお姉ちゃんが注意を促そうと仲間に視線を走らせると、非常事態にも関わらずちゃっかり鼻の下を伸ばしていた男性陣の一人の首がぽろりした。



「そういう〈ぽろり〉は求めてないいいいいいいッ!」



 男性陣は女性である僧侶とお姉ちゃんを置き去りにして、絶叫しながら走り去った。ギギギと音を立てて逃げていく男どもの方に身を捩ると、女は捻れた状態のまま彼らを追いかけた。しばらくして、男性陣の悲鳴は聞こえなくなった。どうやら、女によって彼らは始末されたらしい。

 そのまま危険から脱したと思った僧侶とお姉ちゃんは体の強張りを解いた。しかし、それもつかの間のことだった。血しぶきを浴びて一層禍々しい見た目となった女が、薄暗がりの中からぬらりと姿を現した。そしては、ギシッギシッと音を立て身をビクビクと震わせながらゆっくりと戻ってきた。



「ぎゃあああああああッ!」


「いやああああああああ! 無理無理無理無理ッ!」



 身を裂くような悲鳴と嗚咽を響かせながら、彼女達は必死に逃げた。しかし、すぐさま男性陣と同じ末路を彼女達も辿ることとなった。死神ちゃんはあまりの怖さにすすり泣きながら、壁の中へと消えていった。




   **********




 ボロボロに泣きながら死神ちゃんが待機室に戻ってくると、ビット所長が仁王立ちで待ち構えていた。



小花おはなかおるよ、どうであった?」


「先日の伝統芸能鑑賞会の比ではないくらい、とてつもなく怖かったです……」


「それは良かった。あれを見てインスピレーションが湧いたのでな。本来ならばテストを重ねてから実装するのだが、六階の中ほどに冒険者が現れたと聞いて居ても立ってもいられなくてな。パワーバランスなどに関してはこれからテストをしようと思うのだが、いやはや――」



 目の前の機械人形は得意気に目をチカチカと光らせながら、マシンガントークを繰り広げていた。死神ちゃんはそれを気にすることなく涙を拭うと、マッコイを見上げて「気分転換してきてもいい?」と情けない顔で呟いたのだった。





 ――――女子供の絶叫とすすり泣く声の噂とともに、〈恐怖の浄瑠璃人形〉の話は瞬く間に冒険者の間に広まったという。おかげさまで、六階の中ほどに歩を進めんとする冒険者が再び現れるのは当分先のこととなってしまったそうDEATH。

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