第140話 ケイティーの幸せ★One day②

「いやだ、寝込みを襲いに来るだなんて。かおるちゃんの破廉恥」



 恥ずかしそうにもぞもぞと布団の底へと沈んでいくマッコイを、死神ちゃんは布団の上から必死に揺すった。



「おい、ちょっと待てよ! 俺がこんな時間に来た理由、分かってんだろ!? 何でまた、ケイティーが俺と一緒に寝てるんだよ!」



 マッコイが静かに動かなくなると、死神ちゃんは不服そうにフンと鼻を鳴らした。



「ダンマリか。よし、分かった。じゃあ、お望み通り、破廉恥なことをしてやろうか。腹筋を解説付きで、丁寧に撫で回してやるから覚悟しろ」



 マッコイは飛び起きると、耳まで真っ赤にした驚き顔で死神ちゃんを見つめた。何も言えずに唇をあわあわとわななかせている彼を睨みつけると、死神ちゃんはゆっくりはっきりと言った。



「何で! ケイティーが! 一緒に寝てるんだよ!」


「さっきまでは! アタシのところで! 寝てたのよ!」


「はあ!? それがなんで俺のところにいるんだよ!」



 死神ちゃんが顔をしかめて声をひっくり返すと、マッコイは引ったくるようにクマのゴ◯ゴを手に取り抱え込んだ。そして体育座りで布団に包まると、ゴ◯ゴに顔を埋めてブチブチと文句を垂れ始めた。

 何でも、ケイティーは昨日の中番が明けてそのまま〈第三〉にやってきたらしい。まさか前日からやってくるとは思わなかったマッコイは帰るようにと言ったそうなのだが、お泊りが楽しみすぎた彼女はそれを頑なに拒否した。結局、彼女は酒を持ち込んで晩酌しながら〈いかにお泊りが楽しみなのか〉を熱く語り、他人マッコイのベッドで勝手に寝落ちしたのだという。



「おかげでアタシ、さっきまで寮長室の硬いソファーで寝てたのよ。ようやく起きていなくなったと思ったら、そのままかおるちゃんの部屋に入っていくし。人が体中固まってつらいのもお構いなしに、気持ちよさそうに二度寝し始めるし。退かそうとすると、鋭いパンチが飛んでくるし。――アタシだって被害者なのよ!」



 体の痛みや眠気がつらいのか、マッコイはクマを強く抱きしめながらヒステリックにそう叫んだ。死神ちゃんは哀れみの眼差しで彼を見つめると、小さな声で「なんか、ごめんな」と申し訳無さそうに返した。




   **********




 朝食から帰ってきた死神ちゃんとマッコイが死神ちゃんの部屋に戻ってみると、テディベアを抱えたケイティーがベッドの隅で体育座りをしていた。彼女はいじけ顔で二人を見つめると、不服そうな声でボソボソと言った。



「何で起こしてくれなかったのさ。一緒に朝ごはん食べたかったのに。ケチ!」


「そもそも、前日から押しかけて来ないでよ」



 マッコイが隈の浮かんだ疲れた顔で睨みつけると、ケイティーが「だって」と口を尖らせた。

 死神ちゃんがマッコイに文句を言い終えたあと、きちんと眠ることが出来ず、かつ中途半端にお腹も空いてきて眠れそうになかったマッコイは死神ちゃんを伴って朝食を取りに出かけた。ケイティーのせいでヒステリー気味なマッコイが少しでも心穏やかに食事が出来るようにと、着替えのために一旦自分の部屋に戻ってきた死神ちゃんはケイティーを起こさないことに決めたのである。案の定、ゆったりとした食事で幾分か回復したはずのマッコイは再び不機嫌を露わにして、ケイティーとギャアギャア言い合いながらクッションで彼女に攻撃していた。

 死神ちゃんは苦笑いを浮かべるとマッコイに二度寝を促し、ケイティーには朝食に付き合おうかと提案した。


 昼過ぎになると、天狐がおみつを伴ってやってきた。ケイティーが天狐に嬉しそうに抱きつくと、天狐は〈挨拶のキス〉という名の熱烈キッスをケイティーの頬にした。

 天狐とおみつが荷物を置くと、みんなで揃って夕飯の買い出しに出た。天狐とケイティーの食べたいものを聞きながら、マッコイとおみつが材料を見繕った。


 マッコイとおみつが夕飯の調理をしている間、死神ちゃんと天狐とケイティーは寮のみんなとゲームをして遊んだ。途中、死神ちゃんがキッチンの様子を伺いに抜け出すと、仕事が明けて帰ってきた住職がいそいそとキッチンの中へと入っていくのが見えた。

 住職が「何か手伝おうか」とたどたどしくおみつに声をかけるのを、死神ちゃんは微笑ましい気持ちで眺めた。死神ちゃんは一旦その場から離れると、靴を飛行靴に履き替えてキッチンに戻った。



「なあ、何か手伝うこと、ある?」



 死神ちゃんに声をかけられて、新婚夫婦のように初々しい二人の隣で黙々と作業をしていたマッコイが驚きの表情で振り向いた。そして彼は、一転して嬉しそうに微笑んだ。




   **********




「いつの間にかいなくなったと思ったら、まさか料理の手伝いをしていただなんて。言えよ、そういうのは。言ってくれたら、私も手伝いに行ったのにさあ」


「わらわも! 手伝いたかったのじゃ!」


「ケイティーはまだしも、てんこは手伝えないだろう。飛行靴がないんだから、調理台もガス台も届かないだろう?」


「うぬぬぬぬ! 味見なら出来るのじゃ! わらわに相応しい、とてつもない大役なのじゃ!」



 口を尖らせるケイティーと天狐に、死神ちゃんは苦笑いを浮かべながらご飯を茶碗に盛った。

 おみつの姿がないことを不思議に思った天狐がキョロキョロと首を振った。マッコイは箸を配りながら、にこやかに笑って言った。



「お夕飯の準備を住職が手伝ってくれたのよ。だから住職も一緒にって誘いたかったんですけれど、薫ちゃんの部屋のテーブルは四人がギリギリでしょう? かと言って、他の子の分もない状態でリビング使うのは、ね」


「それでおみつは住職と一緒にご飯を食べてあげることにしたのじゃな!? さすがはわらわのおみつ、とても優しいのじゃ!」



 得意気に頷く天狐に、一同は苦笑いを浮かべた。


 死神ちゃんと天狐の間でご飯を食べ始めたケイティーは、始終嬉しそうにしていた。そして「マッコイんの子になる!」と言い、マッコイに即座に却下されてお決まりの「ケチ!」を連呼していた。


 食器の片付けはケイティーも手伝った。綺麗に泡が落ちきってないなどの小言をマッコイに言われながらも、楽しそうにしていた。


 お腹が落ち着くと、おみつも一緒にみんなで風呂に入った。ケイティーはやはりマッコイの頭を豪快に洗い、そしてやはりマッコイは悲鳴を上げた。

 待望のおみつの胸を愛で、天狐を抱きかかえてと好き放題のケイティーがのんきに鼻歌を歌うのを、一同は苦笑いを浮かべて受け流した。


 ケイティーと天狐のたっての願いで、マッコイも死神ちゃんの部屋で寝ることになった。ローテーブルをどかし、カーペットの上に自室から運んできた布団をマッコイが広げていると、ケイティーがマッコイに向かって嬉しそうに笑った。



「あんたと一緒に丸一日を過ごすのって、いつぶり? 寮長に任命されてから、お互い〈完全な休み〉なんてなかったからね。――死神課の人間なんて〈この世界〉から出られないし、滅多なことがない限り死にもしないし倒れもしないから、今まで副長なんかも置かれずにいたけれどもさ。そうは言っても、やっぱり私達もんだもの。たまにはこういう日だって、欲しいよ。だから今、本当に嬉しいし幸せ!」



 死神二人が頷くと、ベッドに腰掛けていたケイティーは足をパタパタと動かしながら続けて言った。



「前に小花おはなと天狐ちゃんと三人で寝た時も思ったけどさ、こういうの、なんか、家族みたいでいいよな」


「マッコが母上で、おケイとお花とわらわは姉妹じゃな!?」


「可愛いのはみ~んな私の妹や弟のようなものだよ。だから天狐ちゃんも小花も、私の可愛い弟妹! でも、小花はちょっと違うかな」



 死神ちゃんと天狐が不思議そうに首を傾げると、ケイティーはニヤリと笑って死神ちゃんを手招きした。そして、何やら耳打ちをした。

 死神ちゃんは顔を真っ赤にして目を釣り上げると、クッションでケイティーをボスボスと叩いた。ケイティーはケラケラと笑いながら叩かれるがままになっていた。そんな二人の様子を天狐とマッコイは不思議そうに見つめていたが、マッコイがふと苦笑交じりにポツリと言った。



「ていうかね、何度も言っていると思うけれど。アタシは自分よりも年上の娘なんて要らないわよ」


「マッコイのケチ!」


「ケチじゃないわよ。だって、アンタはアタシの〈娘〉じゃなくて〈ねえさん〉でしょう?」



 マッコイが照れくさそうに笑うと、ケイティーはきょとんとした顔を浮かべた。そしてみるみる目に涙を浮かべると、顔をクシャクシャにして泣いた。

 マッコイに抱きつき、わんわんと泣くケイティーの姿に死神ちゃんと天狐は戸惑った。しばらくして、泣き止んだケイティーが鼻を啜りながらポツポツと話しだした。



「私ね、転生前むかし、弟がいたんだ。でもね、家が貧しかったから、女の私は売りに出されたんだよ。働き手にはならないだろうからって」



 ケイティーが非情にも両親に売りに出された当時、軍が人材育成のために子供を大量に買い上げていたそうだ。だから彼女は幸運にも〈下手な奴隷商人に安値で買われ、その後、人間以下とも言えるような酷い末路を辿る〉ということはなかった。

 そしてケイティーはつらい訓練を生き残り、必死に生きた。軍の命令は絶対であり、それが正義だと信じて疑わなかったため、どんな汚いことも平然とやってのけたそうだ。しかし、世界で一番と噂の軍の中でも一際ひときわ軍曹となった彼女は、死の間際に一瞬だけに戻ったという。



「ある作戦の最中に一般人が巻き込まれたんだ。普段ならそんなこと気にすることもなく一般人もろとも一掃したんだけれど、そのときは出来なかった。――その一般人ね、弟だったんだよ。随分と大きくなっていたけれど、私には分かったんだ。だから、気がついたら、弟をかばって、私は死んでた」



 ズッと鼻を啜ると、ケイティーは小さくため息をついた。いまだ彼女に抱きつかれたままのマッコイは、彼女の背中を優しく擦ってやっていた。ケイティーはくすぐったそうにフッと微笑むと、再び口を開いた。



「だからね、折角こっちの世界でをしてるんだから、前世では出来なかったことは精一杯やりたくて。弟を可愛がって、弟と一緒に生きられなかったから、だから可愛いものは愛で倒したいし、実際にそうしてるんだよ。――でね、私、マッコイのこともすっごく可愛いんだ。同じ世界から来た、年下の後輩でさ。同じ寮に住んでさ。でも、最初のうちはお互いのことをよくは知らなかったってのもあって、嫌な思いもたくさんさせちゃったはずなんだ。なのに、こんなに仲良くしてくれて、しかも、〈姉さん〉って……。姉さんって呼んでくれたの、ずごぐうれじいぃぃぃ……」



 再び、ケイティーは「マッコイ、大好き」と言いながら号泣しだした。マッコイに抱きしめられているケイティーに天狐が抱きつくと、ケイティーは天狐に腕を回してさらに泣いた。

 ケイティーは泣き止むと、そのまま疲れて眠り込んでしまった。彼女をマッコイの布団に寝かせると、その左右に死神ちゃんと天狐が入りこんだ。死神ちゃんがケイティーの頭を撫で、天狐がケイティーのほっぺたにおやすみのチューをすると、ケイティーは寝息を立てながら幸せそうに相好を崩した。




   **********




 翌朝、昨日よりも一層黒々とした隈を目の下に作ったマッコイがケイティーに胸ぐらを掴まれていた。



「何で! 朝起きたら! 私一人で寝てて、あんたが可愛いのに囲まれてるんだよ!」


「知らないわよ。部屋の灯りを消すまでは天狐ちゃんも薫ちゃんもアンタに寄り添って寝てたわよ。どうしてこうなったのか、こっちが聞きたいくら――ちょっと、揺ら、揺らさないで。気持ち悪い……」



 顔をクシャクシャにして、ケイティーは力の限りマッコイを揺さぶった。マッコイは全然寝付けなかったのか、とても具合が悪そうだった。



「アンタの寝相が悪くて、掛け布団独り占めにしちゃって、それで寒くて二人ともこっちに来たんじゃないの?」


「ひどい! あんまりだ! あんたばっかり可愛いのに両側からくっつかれて、羽交い締めにされるとかずるい! しかもそんなご褒美状態で何で酷い寝不足になるんだよ、喧嘩売ってるの!?」


「そりゃあ、だって……」



 マッコイが口ごもると、ケイティーが何か言おうとした。すかさず彼女の口元を掴んで塞いだマッコイは何故か顔を真っ赤にして怒っていた。

 死神ちゃんと天狐は不思議そうに首を傾げながら着替えを済ますと、二人に「食事に行ってくる」と言い部屋を出て行った。ケイティーは「待って! ケチー!」と叫びながら、慌てて着替えをし始めたのだった。





 ――――なお、住職もマッコイと同じように目の下に酷い隈を作っていて、小さな声で「揉むのがやっとだった……」と呟いていたそうDEATH。

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