第134話 死神ちゃんとかわいこちゃん③

 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉と思しき女性戦士を見つけると、首をひねった。というのも、その戦士は戦うモンスターを選り好みしている節があるのだ。――こいつもまたアイテム掘りをしているクチか。そう思いながら、死神ちゃんは苦い顔をした。というのも、アイテム掘りをする冒険者というのは、一体ずつ丁寧に戦闘を行うのが多いため、あまり簡単には死んではくれないのだ。

 どうしたら簡単に一仕事終えることができるだろうかと考えた死神ちゃんは、モンスターに紛れて襲いかかることに決めた。戦士と相対するモンスターの側からこっそりと近づいていくと、死神ちゃんは敵と必死に刃を交える戦士の眼前にモンスターの背後から躍り出た。


 戦士は突然視界が塞がれたことに驚いて手元を狂わせた。そして、そのまま死神が自分の身体を通り過ぎていく不快さに野太い悪寒を覚え、呻き声を上げた。しかし、戦士は少しばかり手傷を負ったものの、何とか体勢を立て直して目の前の敵を片付けた。

 戦士はモンスターが地に崩れ落ちるのを確認すると、勢い良く後ろを振り返った。そして、不服顔で宙に浮いている死神ちゃんを睨みつけて怒鳴り散らした。



「ちょっと、死神ちゃん! どうしてそういう邪魔をするかな!? 危うく死ぬところだったじゃねえか!」


「いやだって、死の恐怖におののかせたり、灰になって頂くのが俺の仕事だしな」



 そうだろうけどさ、と顔をしかめながら戦士は肩を怒らせた。彼女――いや、可愛い格好をするのが好きな女装戦士である彼、〈かわいこちゃん〉は憤懣ふんまんやる方ないという面持ちでポーチから回復薬を取り出すと、煽るようにそれを飲み干した。

 彼が空になった瓶をその辺に投げ捨てると、死神ちゃんはそれを拾い上げた。そしてニッコリと微笑むと、それを彼に差し出して穏やかに言った。



「ゴミはきちんと持ち帰りましょう」


「ああもう、いちいち癪に障るな!」



 かわいこちゃんは空の瓶を死神ちゃんからひったくった。目くじらを立ててポーチにそれを仕舞い込むのを眺めながら、死神ちゃんはニヤニヤと笑った。



「だから、それがお仕事なんで。さあ、ほら、怒りで手元を狂わせて、早くうっかり死んでくれよ」



 かわいこちゃんは苛立たしげに頭を掻きむしると、ハッと我に返ってポツリと呟いた。



「いけない。こんなの、全然可愛らしくない。折角可愛らしい格好をしているんだから、もっと余裕もってニコニコしていないと」


「何だよ、お前、ビジネスゲイはやめたんじゃなかったのか」


「いや、それはやめたけれど。やっぱり、多少は格好に合わせて素振りも可愛らしくしておきたいじゃん?」



 しかめっ面の死神ちゃんに、かわいこちゃんは横ピースを決めながらそのように答えた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべて相槌を打つと、「先日探していた鎧でも、また探しているのか」と尋ねた。すると彼は首を横に振り、神妙な面持ちでほんの少しだけ顔を伏せた。

 先日探していた鎧は、呪われた装備品だった。そのため、着用した状態で解呪したら、砕けて使い物にならなくなる。だから彼は、再び同じものを現在も探してはいるそうなのだが、本日の獲物はまた別であるらしい。


 彼は何やら話そうと口を開きかけたが、慌てて口をつぐむと剣に手をかけた。そして目の前に現れたモンスターと戦闘を開始した。その様子を見ていた死神ちゃんは、心なしか眉根を寄せて首をひねった。というのも、彼が〈女性型のモンスター〉とだけ戦闘を行っているということに気づいたからだ。

 死神ちゃんは彼が戦闘を終えるや否や、言いにくそうに低い声でボソボソと声をかけた。



「なあ、もしかしてだけど、お前が探しているのって、女性ものの下着だったりする?」


「げっ、どうしてそれを!?」


「あー、いや、うん……。ついこの前も、そういうヤツがいたもんで。何となくソレかなあと思って……」



 盛大に顔をしかめたかわいこちゃんを、死神ちゃんは何とも言えぬ微妙な表情でじっとりと見つめた。かわいこちゃんはため息をつくと、しょんぼりと肩を落としてぽつりぽつりと話し始めた。

 何でも、彼は〈見た目の可愛らしさ〉を追求するために、女性ものの下着を身につけたほうがいいのか悩んでいるのだそうだ。スカートタイプの装備や衣服を身につけた際、チラッと見えるのがトランクスというのは〈可愛らしい〉という点において絶対にあり得ないと思ったのだとか。かといって、男である自分がランジェリーショップに行って女性ものの下着を購入するというのは、いくら何でも抵抗があった。だから彼は、下着が装備品としてドロップするという噂を耳にして、こっそり入手すべくアイテム掘りを始めたのだという。



「ダンジョンで産出されたアイテムだったら、防御力アップのためとかそういう言い訳すれば、まあ身につけてても問題ないとは思うんだけど。でも、その領域にまで手を出したら、俺、男としての大切な何かを捨てちまうような気がして……」


「でも、女装家の中にはそこまでこだわる人は多いし、むしろ女性用下着を身につけるのが大好きっていう人もいるという話だよ。女装趣味のない男性でも、こっそりメンズ用のブラジャーを着けるという人もいるらしいし」


「それも分かっているよ。でも、俺は〈可愛い格好した俺〉が好きってだけで、別に女になりたいわけじゃあないし。恋愛方面も、女が好きだし。女性用下着は着るより見たい・脱がしたい派だし。だからそっち方面にまで手を伸ばして、果たして本当に良いのかなって、すっごい悩んでいるわけ」



 死神ちゃんは相槌を打つと、何やら難しそうな顔をした。そして「ここだけの話だけど」ともったりとした口調で言うと、言葉を選びながらゆっくりと話しだした。



「他の死神がきちんと死神然とした見た目なのに対して、俺ってこんなナリをしているだろう? 詳しくは話せないんだが、俺個人としては正直、承服しかねるんだよ。でもまあ仕方ないし、悪いことばかりじゃあないから、こんなナリでも俺らしくあろうと日々努めているんだ。おかげで、まことに遺憾ながら、可愛い格好をさせられても、似合うからまあいいかと済ませられるようになってきた。――でも、フリッフリの水着を着せられた時は、さすがにちょっと傷ついた」


「何かよく分かんねえけど、死神界隈も大変なんだな……。ていうか、嫌なら断ればよかっただろうに」


「最初は断っていたんだが、こう、断り切れない状況に追い込まれるってこと、あるだろう? ――とにかく、似合うなら良いかなって思っていても、実際身につけてみると傷つくことってあるから。それって、つまりは〈自分らしくない〉ってことだから。好きなことを追求するためには、時には犠牲も必要かもしれないが、これだけは譲れないってものだけは守っておいたほうが絶対にいいぞ。自分の心の平穏的に」



 真剣な眼差しで真摯に語る死神ちゃんに、かわいこちゃんはしっかりと頷いた。そして決心したとでもいうかのようにフウと深く息をつくと、拳を強く握りこんだ。



「うっかりパンチラした時のことを考えると、やっぱり下着も可愛らしいものがいいかなと思うんだ。でも、悩みを捨てきれないのも本当のことだし。――だから、とりあえず履いてみて、それで傷つくようなら無理せずやめることにするよ。好きなことを追求するがあまり、自分らしさを失ったら本末転倒だし」



 彼はそのように決意すると、アイテム掘りを再開させた。そして再開してすぐに、とてもレアな装備だというそれを幸運にも手に入れることができた。彼はゴクリと唾を飲んで「ちょっと試してくる」と言うと、負った手傷を回復するのも投げ打って近くの岩場にこそこそと入っていった。

 直後、死神ちゃんの腕輪から灰化達成の知らせが上がった。岩場を見に行ってみると、かわいこちゃんが霊界で正座をしていた。どうやら彼は、あまりのショックで力尽きてしまったらしい。両手で顔を覆い隠し、メソメソと泣きながら「このもっこりは、可愛くない……」とうなだれる彼の姿に苦笑いを浮かべると、死神ちゃんは壁の中へと消えていった。




   **********




「やっぱり、あのとき、結構無理していたのね。二人にどんな顔をされても気にしないで、きっぱりと断ればよかったのに」



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、マッコイがそう言って表情を暗くした。死神ちゃんは心なしか顔をしかめると、気まずそうに頭を掻いた。

 夏のあの日、お揃いの水着を着たいと言い出したのがケイティーひとりだけだったら断固として断ったのだが、アリサまで言い出したため、死神ちゃんは断るに断れなかった。〈必要な情報を聞き出したのち、始末する〉という任務のために近寄り、仮初の恋人となったという過去がある手前、アリサに対して負い目のある死神ちゃんは彼女にノーと言いづらかったのだ。

 しょんぼりと肩を落とす死神ちゃんの姿にため息をつくと、マッコイは呆れ顔を浮かべた。



「嫌なら嫌って、これからはきちんと言ったほうが良いわよ。アリサだって、そのほうが嬉しいに決まっているわ。たしかにあの子は〈愛しの十三じゅうぞう〉を引きずってるところがあるけれど、それでも〈今のかおるちゃん〉とも関係を築いていきたいと思って、少しずつ努力しているんだから」


「うん、これからはきちんとそうするよ……」



 死神ちゃんががっくりとうなだれると、マッコイは苦笑いを浮かべた。



「〈これだけは譲れないってものだけは守っておいたほうが絶対にいい〉……でしょう? 薫ちゃんが薫ちゃんらしくあるのが、薫ちゃん自身にとっても、周りにいるアタシ達にとっても一番なんだから」



 励ますようにポンポンと死神ちゃんの背中を軽く叩きながら、マッコイは昼食を奢ると請け負った。彼の心遣いに笑顔を返すと、死神ちゃんはマッコイを伴って待機室をあとにしたのだった。





 ――――好きなことを追求することや、周りからの期待と〈自分らしさ〉を両立するのは難しい。でも、無理に折り合いをつけようとして自分を押し殺すよりは、自分を通したほうが、最終的には〈幸せな結果〉に繋がっている気がするのDEATH。

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