第126話 死神ちゃんとクレーマー②
死神ちゃんは〈
柄をしっかりと握りしめると、死神ちゃんは飛行速度を速めた。真剣な面持ちで前方を見据え、真っ直ぐに対象へと飛んで行く。死神ちゃんがここというタイミングを見極めて鎌を振るうと、目標は
「フハハハハハ! この勝負、俺の勝ちだな! 殺される前に、こちらからとり憑かれに行けば良いのだ! そうすれば、お前らは俺のことを殺せなくなるものな!」
「あー、クソ! 離せ! 離せよ、ふざけんな!」
死神ちゃんは依然掴まれたままの脚を懸命にブンブンと振った。彼――尖り耳狂は勝ち誇った笑みを浮かべると、そのまま死神ちゃんを空中から引きずり下ろしがっしりとホールドした。
「死神よ、そろそろ諦めたらどうだ。尖り耳教に
死神ちゃんが耳を塞ぐと、尖り耳狂は〈楽しいお話〉を語りながら、片耳だけでも開けてやろうと死神ちゃんの手を取り、耳から引き剥がそうとした。
ブラックリスト入りしている冒険者は、基本、見かけ次第排除して構わないことになっている。しかし、〈
運良く同僚が通りかがって、こいつを殺してくれたらいいんだが。――そんなことを考えながら、死神ちゃんは情けない声で「もう、帰りたい」と小さく呟いた。
尖り耳狂の〈楽しいお話〉という名の素晴らしくどうでもいい話に辟易しながら、死神ちゃんは辺りに視線を彷徨わせた。そして、顔をしかめた。何故なら、彼は一階に戻ろうとするどころか、森の奥へと進んでいっているからだ。
死神ちゃんは尖り耳狂を仰ぎ見ると声をかけた。しかし、彼は気にせず〈お話〉を続けており、何度目かの呼びかけでようやく〈お話〉を中断させた。
「……なんだ。これから、感涙間違いなしの素晴らしい展開が始まるところだったというのに」
「知るかよ。――お前、何で森の奥へと進んでいるんだよ。とっとと俺のこと祓いに行けよ」
「何を馬鹿なことを。折角目標地点の近くにいるというのに、
死神ちゃんは答えることなく眉根を寄せた。すると、彼は〈修行が足りないな〉とでも言うかのように
エルフ族は今でこそここそこの街に住み、様々な職に就いているが、元々は深い森の中で多種族と交わることなくひっそりと生活していたのだそうだ。事実、彼らは都会化した現在でも〈森の賢者〉と呼ばれており、その類まれない知識と魔力はどこの業種でも重宝されている。
「まあ、つまるところ、森は尖り耳の原点なわけだ。だから俺は森に篭もり〈尖り耳体験〉をすることによって、少しでも尖り耳に近づこうと思ってな」
「何かよく分からないが、お前なりに〈相手を知る〉ということをしようとしてはいるんだな。――そう言えば、お前、この前ギルド職員のエルフさんを見るなり逃げ出していたが。お前が口説きに行かないエルフなんて、いるもんなんだな」
死神ちゃんが不思議そうに目を
「俺はただ愛を語っているだけだというのに、
「いや、おかしいのは
死神ちゃんが毒づくと、彼は聞いていないという素振りを見せた。そして「さ、続きが待ち遠しくて仕方がなかったよな!?」と言って〈楽しいお話〉を再開させた。死神ちゃんは鼻を鳴らすと〈お話〉を右から左へと受け流した。
しばらくして、尖り耳狂は森の奥のとある場所で足を止めた。そして抱えていた死神ちゃんを降ろすと、彼は木と木の間を入念に見て回り始めた。何をしているのかと尋ねると、彼は「魔物を探している」と言った。首を捻った死神ちゃんに、尖り耳狂はニヤリと笑った。
「幻影を見せてくる魔物がいるのだ。そいつの力を借りて、俺は今から〈尖り耳体験〉をするのだ」
「あー、いわゆるバーチャルリアリティってやつか」
聞き慣れぬ言葉に尖り耳狂が眉をひそめたが、死神ちゃんは説明することなく〈気にするな〉という態度をとった。とその時、木と木の間からぬるりと魔物が姿を現した。しかし、その魔物に実体はないようで、
モンスターが攻撃行動に出ると、尖り耳狂の腕輪から混乱時に飛び出す小さな鳥が飛び出た。それが頭上を回り始めると、彼は焦点の合わない虚ろな目でうわ言をブツブツと言い始めた。しかし、ほんの少しすると、彼はカッと目を見開き、頭上の小鳥を追い払って腹の底から叫んだ。
「チェンジ! チェンジだ! チェンジを要求する!」
「はあ……?」
思わず、死神ちゃんは眉根を寄せて呻くように声を上げた。知力が高く設定されているレプリカなのか、モンスターも死神ちゃんと同じく〈何言ってるんだ、こいつ〉と言いたげな表情を浮かべていた。
尖り耳狂は地団駄を踏みながら、怒りを撒き散らし始めた。
「何故、尖り耳の幻影を見せないのか! どうせ攻撃として幻術を仕掛けてくるのであれば、相手にとって幸せなものを見せたほうがその後の攻撃も容易いだろう! 何故、あの〈尖り耳の皮を被った悪魔〉を俺に見せるのか! 俺を苦しめて、何が楽しいんだ!」
「いや、攻撃として見せる幻覚って、普通は苦しいものなんじゃないのか? それから、一応お前の要望にお応えしてエルフさんを見せてくれているじゃないか。文句言うなよ」
死神ちゃんが呆れ果ててそう言うと、彼は「だから、
「違うだろう! 白い尖り耳は清楚な存在なんだ! だから、そんなに胸がデカいはずがないだろう! だのに、その尖り耳はなんだ? 肌を脱色した黒尖り耳か!? それとも、ドワーフとの混血なのか!? ダークエルフという設定にしたいのであれば、最初からそのようにしろ! 胸だけダークエルフサイズで、他はエルフとか、そんなのおかしいだろう! 分かったら、さあ、やり直せ!」
二度目のチェンジを受けてやり直した直後、尖り耳はまたもや「チェンジ!」と喚いた。彼はポーチの中から紙の束を取り出すと、モンスターに向かってそれを突きつけた。
「この分からず屋め! そこまで低レベルな幻影しか見せられないのであれば、ここに台本を用意してあるからそのようにしてくれ!」
死神ちゃんはすでに呆れてモノも言えなくなっていた。モンスターも〈もう付き合いきれない〉とでも思ったのだろう、木と木の間の空間が捻れるように歪み、そこから実体化した前脚を出してきた。そしてモンスターは猫のようなモフモフの足から爪を出すと、尖り耳狂を問答無用で叩き斬った。
ブワッと広がり漂う灰を眺めながら、死神ちゃんはヘッと皮肉めいた笑みを浮かべた。そしてそのまま、溶けるように消えていった。
後日、サーシャとギルドのエルフさんはこの一件を酒の肴に、お食事会という名の愚痴大会を開いたという。
――――自分に都合の良いことしか見ようともしないでいると、いつか必ず痛い目に遭うのDEATH。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます