第110話 もふ殿争奪★大作戦!②

 空に空砲が上がり、「本日は晴天なり」というおみつの声が普段は訓練場となっている階層に響き渡った。前回の〈寮対抗もふ殿争奪鬼ごっこ〉の時と違うのは、〈第三〉のメンバーが観覧者も含めて気迫に満ちているということだ。



「やるからには、絶対に勝ちましょう!」



 円陣を組んだその中央に向かってマッコイが手を差し出すと、鬼ごっこ参加メンバー達は彼の手の上に自身の手を次々と重ね置いた。応と返事をするみんなの顔は闘志に満ち溢れていたが、やはりそこは〈第三〉の住人、〈第一〉の〈敵は殲滅す〉というような殺気立ったものではなく、笑顔を浮かべていた。

 少し離れたところから、鬼軍曹モードのケイティーの声が上がった。



「いいか、お前ら! 我々は今回も全力で勝ちに行く! 前回の勝利に甘んじ、手を抜くことがないように! 薄っぺらい慈悲はいらん! 強者の誇りを持て! そして、最大限の力を持って〈第三〉を擂り潰すぞ! いいな!」



 乱れなくイエスマムという声を響かせる〈第一〉の集団をげっそりとした顔で眺めながら、死神ちゃんは低い声でボソリと言った。



「えらい物騒だな……。大丈夫か、あれ」


「大丈夫も何も、相手しなきゃいけないことには代わりないから、考えるだけ無駄っていうか。――でも、今回は前回ほど危険はないんじゃない? だって、攻撃方法が限定されているし」



 死神ちゃんは〈いまいち信じられない〉と言いたげな微妙な表情でゆっくりとマッコイを見上げた。彼は「危険はない」と言いつつも、相手の攻略方法を考え込んでいるようだった。

 訓練時に身に着けているのとは正反対の全身真っ白で、白いニットキャップを被り、更には特殊なゴーグルをつけている彼はすっかり狂狐ちゃんクレイジーフォックス顔となっていた。気配を消せばどこにいるのかも分からなくなりそうな格好をした本職の暗殺者が、低い声で「ケイティーを戦闘不能にする一番いい方法はどれかしら」と漏らすのを隣で聞きながら、死神ちゃんは盛大に溜め息をついた。




   **********




 先日、友チョコを配り歩いた時のこと。〈第一〉にお邪魔した後、死神ちゃんはケイティーを伴って天狐の城を訪ねた。



「わらわも頑張って〈ちょこ〉を作ってみたのじゃ! 溶かしてナッツを入れて固め直しただけだがの!」


「天狐ちゃん、本当に私も貰っちゃっていいの?」



 ついさっきお店で見繕ったお土産を手渡したケイティーが「私は手作り用意してきていないのに」と続けながらしょんぼりと肩を落とした。天狐はにっこりと笑うとコックリと大きく頷いた。



「うむ、もちろんなのじゃ! ケイティーもわらわの〈大切なお友達〉じゃからの、後ほど持って行こうと思っていたところだったのじゃ!」


「あ~ん、天狐ちゃん、大好き!」



 嬉しそうに天狐を羽交い締めにするケイティーを死神ちゃんが笑顔で眺めていると、ケイティーの腕の中から「そう言えば、今度の〈鬼ごっこ〉なのじゃが」という天狐の声が聞こえてきた。

 夏に行われた第一回目のあと、次は冬ごろにでもやろううかと漠然とした約束を交わしていた。しかし実際は死神課の班長達とおみつの四人で日程調整のための会議を定期的に行っていたそうで、年明け前には日程も決まり、そしてそれもとうとうあと一週間ほどと差し迫っていた。

 天狐はケイティーの腕の中でもぞもぞと身じろぎ、ひょっこりと顔を出すとニヤリと笑った。



「ダンジョン未開放階層の使用許可が降りたからの、今度の〈鬼ごっこ〉は雪合戦と組み合わせることにしたのじゃ!」



 その情報を元に、〈第一〉でも〈第三〉でも連日作戦会議が開かれた。〈第一〉では前回も秘密の特訓を行っていたようだが、今回も同様で、しかも雪の中での戦闘に則した訓練を行っているようだった。

 そして迎えた大会当日。やはり〈第一〉のメンバーは前回同様に強靭な軍隊としてまとめ上げられていた。揃いの軍服はきちんと雪中戦仕様で、気合いも殺気も十分だった。



「さすが、ケイティー。軍人としてのカリスマ性で、よくメンバーをまとめ上げているわね。アタシにはない、素晴らしい才能だわ」


「大丈夫だよ、寮長。うちらには家族のような絆があるでしょう? その絆で、みんなで支え合えば怖くないよ! 絶対に勝って、そして願いを叶えてもらいましょう!」



 対して、〈第三〉のメンバーも揃いの衣服ではないものの、やはり雪に溶け込むべく全身白で固めていた。マッコイと女性陣は頷き合うと、肩を強く抱き合っていた。死神ちゃんが彼らのやり取りを不思議そうな顔で眺めていると、男性陣の一人が苦笑いを浮かべて言った。



「なんか、女子連中は〈個人へのご褒美〉の内容を統一しているみたいなんだよ」


「自分の好きなことを好きなように願えばいいだろうに。何でまた……」


「さあ? まあ、俺ら男連中がMVPに選ばれたときは普通に俺らの好きにしていいみたいだから。とにかく、頑張ろうぜ」



 死神ちゃんが仲間の言葉に頷くのと同時に、マッコイが「アタシ達もスクラム組んで気合い入れるわよ」と声をかけてきた。

 かくして、第二回天狐争奪鬼ごっこは幕を開けようとしていた。司会進行のおみつが「事前にもご説明致しましたが」と前置きし、再度ルールの説明をし始めた。


 ルールはこうだ。拠点を各チーム二つ作り、そこから天狐捕獲隊をそれぞれ出す。そして、見事天狐を捕獲できたチームが勝ちとなる。今回は前回のようなバルーン方式ではなく〈物理的に捕獲〉をするようにとのことだ。もちろん、その捕獲隊や拠点に攻撃を仕掛け、邪魔をするのは可能だ。

 ただしその攻撃方法は限定されていて、雪玉を投げ合うこと以外が一切認められていなかった。そして、チーム内のプレイヤーが一人残らず脱落するか、二つある拠点のどちらもが破壊された場合、天狐が捕獲できていなかったとしても試合終了となるという。その場合、チーム報償のみの授与となり、個人MVPはナシとなるそうだ。


 つまり、今回の個人MVPは天狐を捕獲した者へのご褒美と初めから決められているというわけである。個人のめいばかりを追えばチーム全体の勝利も遠退くし、チームの勝利のために徹すれば個人の名を得られる可能性は低くなる。

 個人と全体のバランスをとるのが非常に難しい、面倒臭いルールとなっていたが、〈第一〉・〈第三〉どちらのメンバーも、両方の栄誉を手に入れてやろうと意気込んでいた。



「とまあ、そんなわけじゃからの。わらわはおぬし達に〈はんで〉を与えるのじゃ! 妖力や人間ヒューマンには追いつけぬような運動能力を封印すれば、おぬしらもわらわを捕まえられるであろう?」



 そう言って、おみつに代わりいつしかマイクを握っていた天狐がニヤリと笑った。彼女はおみつにマイクを戻すと、ポンと音を立てて煙に包まれた。煙の中から出てきた彼女を見て、死神ちゃんは思いきり顔をしかめた。



「おいおいおい、それ、本当にハンデかよ!? 逆にハードル上がってないか!?」



 死神ちゃんが頓狂な声でそう言うと、九尾の小さな白い狐が得意気にコヤァと鳴いた。そしてそのまま、それは勢い良く駆け出し、あっという間に雪の中に溶け消えた。

 参加者も観覧者も呆然として静まり返る中、おみつだけはマイペースににっこりと笑みを浮かべていた。そしてマイクを握り締めると、無情にも〈拠点につくように〉という合図を出した。



「さあ、ほら、皆様。我がお館様はもうお逃げになられましたよ。ですので、とっとと拠点に移動なさってください。でないと、始められませんから」


「ええっ、やっぱりアレがもふ殿なのかよ!? 雪の中アレを探せって時点で、もう詰みゲーだろ!」


「うるさいですよ、鉄砲玉様。さあさあ、早く拠点に移動なさって」



 参加者は揃って溜め息をつくと、とぼとぼと拠点へと赴いた。


 寮長の二人から〈全員が配置についた〉という通信を受けたおみつが、スタートの合図を流した。

 死神ちゃん達〈第三〉のメンバーは全員に個人MVPのチャンスがあるようにと、時間ごとに捕獲隊と遊撃隊を交代する取り決めにしていた。死神ちゃんは最初は遊撃部隊で、第一拠点でせっせと雪玉を作っていた。そして、早速やって来た〈第一〉からの奇襲に顔を青ざめさせた。



「……危険はないって、嘘だろ」



 敵陣から飛んできた雪玉が〈第三〉の拠点であるかまくらの壁の、死神ちゃんの顔のすぐ横辺りに砕けることなくそのままめり込んでいた。どういう雪の握り方をしたらそうなるのか分からないが、〈第一〉のメンバーが投げてきたそれは鉄のような硬さを有していた。

 〈第一〉からの攻撃に戦々恐々としていると、〈第三のメンバーが既に一人脱落した〉というイベント運営からの全体放送が流れてきた。それに遅れて、脱落したメンバーから〈第三専用回線〉に謝罪の無線が入った。そしてさらに、他のメンバーから〈捕獲隊が一人ずつ襲われている〉という情報が入ってきた。

 マッコイは顔をしかめると、顎に手を当て、腕を組んだ。



「やっぱり、一人ずつ消していく寸法なのね。捕獲隊は一旦戻って。ここまで敵が付いてくるようなら、それはこちらで処理しますから、気にせずに戻ってきて。遊撃部隊はこのまま攻撃を続けて」



 マッコイは続けて小さく「ケイティーを潰して、あっちの戦意を少しでも削がないと駄目ね」と呟くと住職に采配を任し、あっという間に雪の中へと溶けていった。

 激しい雪玉での応戦を繰り返し、途中、逃げ帰ってくる捕獲隊のあとを追う敵を撃沈させながら、死神ちゃん達第一拠点遊撃隊は必死に耐え忍んだ。しばらくして、イベント運営がケイティー脱落の知らせを流した。〈第三〉のメンバーに歓喜が沸き起こり、士気はぐんと跳ね上がった。

 英雄マッコイが戻ってくると、彼の健闘を称えるのもそこそこに情報の共有作業を行った。そしてポジションを入れ替えて、再び捕獲隊が出発していった。


 捕獲隊として拠点から旅立った死神ちゃんは、今回もまた鉄砲玉にしつこいまでに付きまとわれた。しかし、突如二人の間をかすめて行った狐の残像に硬直すると、死神ちゃんも鉄砲玉も攻撃の手を休めて絶叫した。

 押し合いへし合いしながら、死神ちゃん達はまだ見ぬ狐の姿を追いかけた。時折、尻尾や耳がチラチラと見え、それが二人の興奮をさらに煽った。


 激しい争奪戦に勝利したのは鉄砲玉だった。彼は満面の笑みで狐を捕まえると「もふ殿、討ち取ったり!」と声を張り上げた。死神ちゃんを含め、周りにいた者は一瞬敗者の表情を浮かべたが、一転して表情を失った。――鉄砲玉が高々と掲げた狐は、天狐ではなかった。



「なんだよ、チベスナじゃねえか! 何で獣モードになってしれっと混ざってやがるんだよ、ふざけるな!」



 コヤァと照れくさそうに鳴いたチベスナ(獣モード)を、鉄砲玉は力の限り投げ捨てた。切なげな鳴き声とともに去っていったチベスナを憮然として見つめていた彼は、敵からも味方からも雪玉を投げつけられて雪責めに遭った。

 理不尽な八つ当たりに遭った鉄砲玉は敢え無く脱落した。参加者は溜め息をつくと、再び天狐捜索を再開させた。




   **********




「みんな、お疲れさま。さあ、情報交換しましょうか」



 第二拠点にて死神ちゃん達を出迎えたマッコイが、笑顔でそのように言った。

 死神ちゃんが捕獲隊として出かけていったあと、第一拠点はケイティーの仇討ちとばかりに襲いかかってきた〈第一〉のメンバーによって撃破されてしまった。しかしながらやられっぱなしというわけでもなく、奇襲をかけてきた〈第一〉メンバーをことごとく脱落に追い込んだうえに、こちら側も向こうの拠点を一つ破壊したそうだ。頭を潰すことで戦意を削ぐという作戦は、どうやら結構効いているようだった。



「それにしても、〈第一〉は二つ目の拠点をどこに作ったのかしらねえ? 天狐ちゃんを探しつつ、そっちも探さないと……」



 言いながら、マッコイは腰につけていた魔法のポーチから携帯コンロだの鍋だのを取り出した。死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、彼はきょとんとした顔で言った。



「あら、アタシ達が第二拠点をわざわざ吹雪エリアに作った理由、知らないの? 吹雪の中なら、音や匂いもごまかされるでしょう? 雪の中はただ動くだけでも体力を使うから、だから、後半戦の拠点になるだろう第二拠点では体力の回復が気兼ねなくできるようにと思ったのよ」



 遊撃部隊がこちらに移動する際、ついてきた敵は全て撃退したそうだ。だから、この場所はまだ特定されていないらしい。マッコイの言い分はもっともだが、だからといって、そんな〈コンロを出してまで調理する〉だなんて悠長なことをして問題はないのだろうか。――そう疑問に思いながら死神ちゃんが眉根を寄せていると、チョコレートの美味しそうな香りがかまくらの中を支配した。何て言うかもう、疑問を抱くのが馬鹿馬鹿しく思えてきて、どうでもよくなるくらいに身も心も暖かくなりそうだった。

 出来上がったホットチョコレートドリンクをコップに取り分けてもらい、死神ちゃんはご満悦だった。早速頂こうとコップに口をつけようとしたところで、死神ちゃんは思わずぽかんと間抜けた表情になった。


 死神ちゃんの目の前に、羨ましそうにたくさんの尻尾をさわさわと動かしながら、よだれをだぱあと流している狐がいた。マッコイはそれをひょいと抱き上げると、ニッコリと笑って言った。



「あら、駄目よ、天狐ちゃん。チョコレートはイヌ科の動物には毒ですからね。飲みたいなら、人の姿にならないと」


「うむ!」



 ボンと音を立てて、天狐はマッコイの腕の中でいつもの姿へと戻った。その様子を、全員が呆然と見つめていた。

 自分に視線が痛いほど集中することに、マッコイは訝しげな表情を浮かべていた。死神ちゃんは手のひらで天狐を指し示すと、彼に向かって言った。



「いやだって、それ、捕獲対象のご本人ですよね……」



 マッコイはきょとんとした顔のまま、自分が抱えているものをゆっくりと見下ろした。天狐もまた、目をパチクリとさせてマッコイを見上げた。つかの間二人はぼんやりと見つめ合っていたが、天狐がぷるぷると震えだした。そして顔を青ざめさせると、両の手で頬をペチンと挟んで叫んだ。



「あああ、迂闊じゃったー! 美味しそうな香りに釣られて、つい!」



 音も匂いもかき消すような吹雪の中でも、人間ではない天狐の鼻にはバッチリとこの幸せな香りが届いたそうだ。それでついうっかり、釣られてしまったのだという。

 呆気無く訪れた間抜けな幕切れに、〈第一〉メンバーからは非難が轟々と上がった。しかし、獲物を捕獲するのに撒き餌をするのは作戦のうちと、前回同様に実況を任された〈狩りのエキスパート第二のメンバー達〉が口を揃えて言い、〈第三〉の勝利は有効という判定が下された。


 表彰台では、マッコイがとても申し訳無さそうに小さくなっていた。遠慮がちに顔を伏せる彼に向かって、おみつがニコリと笑いかけた。



「マッコイ様がケイティー様を討ち取ったあの一幕、とても熱いものがありました。雪中戦も得意の鬼軍曹を凌ぐ、暗殺者の技の数々。本当にお見事でした。そしてそれが、二つの寮の明暗を大きく分けたと言っても過言ではありません。それから、あのホットチョコレート。本当に美味しそうでした。あとでレシピを教えて下さいね。――さて、マッコイ様。MVPに輝いた方には〈可能な範囲内で、願望を一つだけ叶える〉というご褒美をお約束しておりました。マッコイ様は、何を望まれますか?」



 おみつにマイクを向けられて、マッコイはふと顔を上げた。いまだ納得がいかないという雰囲気を醸し出す〈第一〉メンバーの目に射抜かれた彼は一層申し訳無さそうに顔を俯かせると、すごく控えめにぼそぼそと言った。



「あの……。寮のキッチンを、もっと広くてしっかりとしたものにして頂きたいんです……」


「はあ!? そんなの、ここで願わないで上に稟議書提出すればいいだろうが!」


「したわよ! でも駄目だったから、ここでお願いしているんじゃないの!」



 しかめっ面のケイティーが呆れ口調で声をひっくり返すと、マッコイもしかめ顔で声を張り上げた。


 この〈裏世界〉にある百貨店は、死神寮のある広場から見ると一階建ての簡素な雑貨屋という風体だが、中は魔法で拡張されていて複数階建ての建物となっている。死神ちゃん達の住まう寮もこれと同じで見た目よりも実はずっと広く、住人の増減があるたびに魔法でリフォームされ部屋の数も変わる。そしてまもなく、その〈リフォーム〉の予定があったのだ。

 死神ちゃん効果による冒険者急増に合わせて、新年度にはどの寮にも新入りが入る。そのリフォームのついでに、キッチンも拡張して欲しい。――そのようにマッコイは上に掛け合ったそうなのだが、他の寮ではミニキッチンで事足りているのだから、〈第三〉のためだけにそのようなリフォームをするということは考えられないと課長に却下されてしまったのだとか。



「今まではみんな、たまにお料理するくだいだったから問題なかったのよ。でも、天狐ちゃんがお泊まりにくるときは決まってパーティーするようになったじゃない? そしたら、作るのも食べるのも一層楽しいと思えるようになった子が増えてね。結構な頻度で〈みんなでご飯〉をするようになったし、各々の自炊率も上がったのよ。おかげで、ミニキッチンだと不便で仕方がないわ、キッチン争奪戦が絶えないわで。――もっと広いキッチンだったら、ちょっとした譲り合いをするだけで全員が満足に利用できるようになるんですけれど。でも今のサイズだと、どうしてもそうはいかなくて」



 困り顔でフウと息をついたマッコイに、ケイティーは呆れ顔を浮かべた。



「曜日とか時間とか決めて使えばいいだろうが」


「もうしてるわよ。それでも不便なの」


「じゃあ我慢して、作る回数自体を減らせば?」


「それだと、アンタが『ご飯食べたい』って遊びに来ても、これからは作らずに追い返すことになるけれど」


「なんでそうなるのさ! マッコイのケチ! ていうか、寮の環境改善のためじゃなくて、自分のために願えよ!」


「自分のためでもあるもの! アタシはこれからも、気兼ねなくお料理を楽しみたいのよ!」



 ギャンギャンと言い合いを続けるマッコイとケイティーを、みんなは呆れ顔でぼんやりと見つめた。おみつは苦笑いを浮かべると、マイク片手に二人の会話に割って入った。



「もとを正せば、願いのきっかけは我がお館様なのですね。これは、責任をもって叶えなければと思うのですが、お館様、如何でしょう?」



 おみつがちらりと天狐を見やると、天狐はしょんぼりと俯いた。



「わらわも、マッコの美味しいご飯が食べられなくなるのは嫌なのじゃ。みなとわいわい言いながらお料理するのができなくなるのも嫌なのじゃ。――じゃから、〈四天王〉の権威を振りかざしてでも、死神課課長を黙らせるのじゃ!」



 天狐は顔を上げると、キリッとした顔で胸を張った。

 後日、どの死神寮のキッチンもとても広くて豪華なものとなった。最初は〈第三〉の勝利と〈お願いの内容〉を認められない〈第一〉のメンバーだったが、ひとたび広いキッチンを手に入れると、その便利さに彼らも心奪われた。



「あたしらがあまり料理をしなかったのって、よくよく考えてみれば〈キッチンが手狭だから〉だったよねえ。これは、マッコイ班長にお礼を言わなくちゃあいけないかもねえ」



 今日はお祝いに舟盛りだよ、と続けながら魚屋が豪快に魚を捌いた。その横で、他の面々も手分けしておかずを調理した。

 今まで、第一死神寮は軍隊的なまとまりはあったものの、反面、第三ほどの仲の良さやアットホームさはなかった。それが今、みんなで楽しそうにパーティーの準備をしている。まさか、キッチンひとつで互いの距離感がこうも変わろうとは、第一に住まう誰もが思わなかったことだ。



「やっぱ、〈同じ釜の飯を食う〉って良いよ、うん」



 とても楽しそうな住人達を眺めながら、ケイティーは嬉しそうにそう言ってニッコリと笑ったのだった。





 ――――胃袋を掴めば気持ちも掴める。そう考えると、キッチンってとても重要なものなのDEATH。

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