卒業式 2

 校長先生の話が終わり、卒業証書授与式へと移る。まずは6年1組の生徒達からだ。


 最初の生徒の名前が呼ばれた。すると体育館全体に響き渡るような大きな声で「はい」と元気よく答える。

 続いて壇上へと続く花道を駆け上がり、その場に一礼、校長先生に一礼、卒業証書をうけとり、また一礼をしてステージの端から退場する。


 主役の生徒は、背筋から指の端までピンと伸ばし、歩き方はややぎこちない。

 練習ではこんなことは無かったのだが、やはり本番だと何かが違うのだろう。

 よく漫画などでは緊張すると、右手と右足を同時に前に出すという表現があるが、その現象をこの目で見られる事が出来た。

 この歩き方は本来なら大失敗に値するだろうが、その様子も保護者の方々には微笑ほほえましく映っているようだ。和やかな小さな談笑が、後ろの保護者席から聞こえてくる。


 ところで、最近の小学生ではこの授与式を省く所も多いらしい。時間が掛かりすぎるとの理由かららしい。

 確かに生徒数の多い小学校では大変そうだ。しかしここは片田舎の小学校なので人数は多くない。

 ひとりひとりに十分な時間をさき、式はゆっくりと進んでいく。



 やがて1組の生徒達が授与を終わると、我々2組の番となった。


 ちなみに名前は出席番号順に呼ばれる。

 体育の授業の時のように背の順でなくて助かった。

 仮に背の順だとしたら、私は6年2組の最後尾を努める、つまり6年生の最後の生徒という事だ。

 小学校の卒業証書授与式の最後が私では、なんとも締まらない事になってしまうだろう。



 名前の呼び出しは着々と進む。知り合いが次々と呼ばれていく。

 ようたくん、せいりゅうくん、きりんちゃん、ゆめちゃん。


 彼らはそつなく儀式をこなしていく。

 これらは実に簡単な作業だが、私の番が近づいてくると自然と緊張がやって来る。手に汗が浮かんできた。



 そして、のりとくんの番になった時だ。思わぬサプライズが起こった。

 他の生徒と同じように礼をして、校長先生から証書を受け取る時だ。校長先生が動かない。

 それまで校長先生は流れるように証書を渡していたが、ピタッと時間が止まったように立ち尽くしている。


 すると少し間を置いて、うぐいす嬢からアナウンスが入った。


「のりとくんは、昨年の文部科学大臣賞、絵画部門で金賞を受賞致しました。皆さん拍手をお願いします」


 卒業生、在校生、保護者の方々から、一瞬どよめきが上がり、それはすぐに盛大な拍手へと変わる。

 拍手喝采の中、のりとくんは卒業証書を受け取った。その様子は、何とも照れくさそうにしている。

 この事自体はとても素晴らしい事だと思う。


 しかし、なんということだろう。私はあのうぐいす嬢の声の主を知っている。

 あれは桐原さんに違いない。

 確認する為に振り返って保護者席を見ると、案の定、空席が一つだけ目に入る。先ほどまで腰掛けていた桐原さんの姿は、そこには居なかった。



 あの『文部科学大臣賞』への作品のエントリーは桐原さんが勝手に行ったものだ。

 まあ、そのおかけで受賞ができたのだが、もしかしたらあの受賞の一件は、桐原さんの手柄の一つだという事を、保護者の方々に誇示こじしたいのかもしれない。


 これはいけない、『文部科学大臣賞』を表彰した人物はもう一人いる。銀賞をこの私が受賞しているのである。


 あのアナウンスは、私の時にもやられる気がする。

 ただでさえいい大人が小学生の卒業証書をもらうのだ、そこにこんなアナウンスまでされてしまっては恥ずかしい事この上ない、どうにかして中止させたい。


 なんとか逃れる方法を考えてみるが、一介いっかいの生徒が、この卒業式をどうこうできるわけもない。

 時間が過ぎ、順番がくると名前が呼ばれ。私はしょうがなく進み出る。


 ステージに上がり卒業証書を受け取る時だ、本来なら証書を差し出す校長先生の動きがゆっくりと止まってしまった。

 卒業証書は目の前だ、証書をかっさらうように奪い、すぐにでも壇上から降りたいが、そんな乱暴な事はできるハズも無い。


 しばらくすると、案の定、アナウンスが大音量で流れる。


鈴萱すずがやさんは、昨年の文部科学大臣賞、絵画部門で銀賞を受賞致しました。皆さん拍手をお願いします」


 周りから一斉に拍手が上がる中、私は卒業証書を受け取った。

 本来ならこの受賞も誇らしい出来事なのだが、子供が金賞を取ったと知れ渡った後に、大人が銀賞だとなんともバツが悪い。

 恥ずかしくて顔から火が出そうな勢いだが、冷静さを装い、普段どおりに歩みを進め退場をする。

 だが、壇上から降りるときに気がついてしまった。この時は右手と右足が同時に前に出ていてしまっていたようだ。


 やがて全員が卒業証書を受け取る。

 そして、我々卒業生を泣かせる為の演目が始まった。

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