卒業制作 3

 設置場所も許可も下りて、卒業制作は無事にベンチを作る事へと決まった。

 ベンチは我が2組の提案だ。となりの1組からも何かしらアイデアを出したハズだが、うちのクラスの提案が優れているようで採用された。



 ベンチは1組で3つ、2組でも3つ、それぞれ作られ、小学校の前にある散歩道へと設置される。

 このタイプの椅子の作成は非常に簡単なのだが、作る上でまたひとつの問題が現れた。


 小学校での工作は、いずれも工作キットのようなものの簡単な組み立しかしない。

 そして小学生の授業では、ひとりの担任が全ての授業を受け持つ。工作の授業の担当も、もちろん美和子先生が行う。

 基本的なベンチの設計は教員が行わなければいけないだろう。


 ごくごく簡単なベンチの設計など誰でも出来そうだ。あまり難しい事はない。

 私は提案書を出すときに、シンプルなベンチの設計図をササッと書いて添えたのだが、どうやらこれがいけなかった。

 本格的な製図用紙に書かれた、ミリ単位の数字の入った設計図は、素人には手の負えないものに映ってしまったらしい。


 そこで美和子先生は、この問題を解決すべく、私に卒業制作の監督役を押しつけてきた。

 まあ、無理も無い。日曜大工など行わない人にこういった慣れない作業は難しいだろう。

 今の私は、作業現場で鍛えた大工仕事の腕と、建築士の勉強で培った設計の知識がある。このぐらいの監修は朝飯前なのでこころよく引き受けた。



 ところでベンチと言えば、安価で装飾などはほとんど付いては居ない物が多い。

 たまにそれらしい装飾がついているものもあるが、いずれも安っぽいプラスチックで出来ていて、残念な仕上がりがほとんどだ。

 これは卒業制作で我々にとっては記念になる特別な物だ、潤沢じゅんたくとは言えないが、それなりの時間と費用をかけて作る事が出来る。

 しかし複雑な物は、ある程度の設計の技術が必要だ。小学生には困難な作業となるだろう。

 だからといって、私が最初から最後まで全てを設計してしまっては生徒達の自主性をいちじるしく欠く。


 そこでまずは生徒達に、それぞれベンチのデザインを描いて貰うことにした。

 子供達の自由な発想を、なるべく設計に組み入れるようにするつもりである。


 1組と2組の子供達全員にプリントを配る、それには最もシンプルなベンチがサンプルが描かれている。

 ここに各々がデザインを描き込んで、その中から優れたデザインの物を作ろうという算段だ。



 プリント用紙が配り終わると、美和子先生からひとつだけ補足説明が行われる。


「作りたいベンチを描いて下さい。自分の好きなもので構いません。

 ただし尖った装飾は禁止です。怪我をすると危ないですからね」


「はーい」

 クラスメイト達は、元気のよい返事をする。


 小学6年生といえば、もうほとんど中学生だ。そして中学生になると厄介な精神的な疾病がある。それは俗に言う中二病というもので、この中二病はやたらと尖ったモノを好む特性がある。

 年寄りの多い散歩道に、鋭利なベンチは危険極まりない。

 子供達がデザインする上でこの忠告は必要だろう。



 美和子先生の説明が終り、ホームルールが終了すると、飛ぶように一人の生徒が私に近づいてきた。のりとくんだ。


「師匠、ベンチの設計で何かアドバイスはありますか?」


 この子は芸実的なセンスがずば抜けている。

 おそらく私が思いつかないような素晴らしいデザインを上げてくるだろう。

 だが、それ故に少しだけ心配になった。すこしだけ注意点を告げる。


「美和子先生は自由とは言ったけど、木材で曲線を作り出す事は難しい。

 もちろんプロの職人さんなら簡単やってのけるけど、小学生では無理だと思う」


「曲線はダメですか?」


「木を滑らかに曲げる為には、巨大な蒸し器にいれて湯気ゆげで暖めたあとに、道具を使って強い力を加える必要がある。

 ここには巨大な蒸し器も、力を加える道具もないからね。たとえ道具が揃っていたとしても、やはり経験の無い素人には手が出せないと思うよ。

 だから直線だけで設計しないと、たぶん作れないだろう」


「わかりました、アーチ状とかはダメなんですね」


「そうだね、曲線で作れるのは簡単な削り出しくらいで、せいぜい肘掛けぐらいだと思うよ」


「了解です、ありがとうございます」


 のりとくんは律儀に深々と頭を下げて別れた。


 危なかった、アーチ状に曲げ木の加工など、素人が出来るわけが無い。


 しかしこれは失敗してしまったかもしれない。

『あまり曲線を多用した複雑なものは作れません』

 などと、もうすこし詳細な条件を明示しておく必要があったのかもしれない。


 この心配は的中する。

 後日、クラスメイト達から数々のデザインが提出されるのだが、そのほとんどが使用に耐え得ないモノだった。

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