ご来光 3

 アスファルトの道に別れを告げ、山道へと入る。

 夜の森はこちら側へ倒れてきそうな圧迫感があり、ひどく不気味だ。

 我々は、その暗闇に逆らおうと懐中電灯を点けるのだが、足下を照らすだけで精一杯で、遠くの方を照らそうとすると、頼りない光はあっという間に闇に飲まれる。


 不安を煽るのはそれだけではない。痛いほどの静寂が辺り一帯を支配していた。

 夏ならば虫の音色が聞こえ少しは気が紛れるのだが、今の季節、聞こえるのは我々の足音しかない。

 周りの沈黙に促されるように、自然と口数が減り、我々は黙々と歩いて行く。



 なだらかな赤土の道を進んでいく。しばらくすると、沈黙に耐えきれなくなったのか、せいりゅうくんが、

「俺様が一番乗りだ!」

 そう言って早足で歩き出した。


「僕も」

 それにようたくんも続く。


「足下に気をつけて下さい」

 美和子先生は警告を告げるのだが、二人は少し先に行ってしまった。


 この山道は整備されており、夜中であることを差し引いても十分に安全だ。

 全力で走ればさすがに危険だが、早足くらいなら安全だろう。


 私は二人を放って残された生徒達と、踏みしめるようにゆっくりと進む。



 しばらくすると、先に進んでいった二人の方から、

「うわっ」という控え目の声が聞こえてきた。


 何事だろうと近づくと、二人は棒立ちで立ち尽くしている。

 彼らの視線の先を見ると、懐中電灯の灯でお地蔵さまの顔が浮かび上がっていた。

 しかもお地蔵さま一体だけではない。暗がりの中からいくつかの視線がこちら側に向けられているのが伺える。

 そして誰が供えたのだろうか、綺麗な花がそこにはあった。苔生し朽ちかけたお地蔵さまの前に、真新しい仏花は違和感を覚える。


「怖い」

 怖がりなゆめちゃんがおびえて、となりのキリンちゃんの手を握る。


「そうですね、すこし不気味ですね」

 美和子先生が、ゆめちゃんとキリンちゃんの肩に手を添えた。


 せいりゅうくんとようたくんも怖がっているのか、身動ぎ一つしない。


 たしかに不気味だ。だが、ひとり違う反応を示した子供がいた。

 普段は大人しい、のりとくんがこの光景に興味を引かれたようだ。


「師匠、ちょっとスケッチしても良いでしょうか?」


 私はちらりと時計を確認した。

 余裕を持ったスケジュールを組んだので、日の出までかなりの時間がある。


「少しくらいなら大丈夫だよ、写生して行くかい?」


 そう答えるとのりとくんは。


「はいっ、ではスケッチします」


 リュックサックからスケッチブックを取り出すと、ものすごい勢いで絵を描きはじめる。

 私はのりとくんの写生を手伝うように、手元を懐中電灯で照らす。

 かなり絵の技術が上がっているようだ。不気味な地蔵の姿が紙の上に移されていく。


 感心して見ていると、視界の隅の方でせいりゅうくんとようたくんが動き出した。何か良からぬ事を思いついたらしい。

 彼らは音を立てないように静かに歩く、そして女性陣の後ろに回り込むと二人で、


「わぁっ!!」


 大声を張り上げる。


「ひぁー」「きゃー」「いやぁー」


 悲鳴が上がった直後「ベチン」という鈍い音が二つ上がった。

 美和子先生とキリンちゃんから平手打ちを喰らったらしい。

 せいりゅうくんとようたくんのほっぺたが赤く染まっている。


 人は寒さでも頬を染めるが、片側だけ偏って変色することはないだろう。

 まあ、これは自業自得としか言いようがない。



 ほどなくすると、のりとくんのスケッチが終わった。

「できました。ではいきましょう」

 満足そうな笑みを浮かべてスケッチブックをリュックサックにしまう。それなりの作品ができたらしい。


 我々は再び歩き出した。

 するといくらも歩かないうちに山頂に到着する。山頂には先客が何人かいた。

 彼らのお目当ても、もちろん初日の出だろう。同じ事を考える人は少なからずいるようだ。


 しかし、ここで私はひとつ気がついてしまった。


「もしかしたら、先ほどの悲鳴はこの人達に聞かれたかもしれませんね」


 そう、美和子先生に告げる。

 すると今度は美和子先生の頬が恥ずかしさのあまり耳のあたりまで真っ赤に染まってしまった。

 せいりゅうくんとようたくんの頬も、まだ片方だけは染まったままだった。

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