パンやの娘さん 1

 とある日の昼休みの事だった。

 クラスの中ではおとなしい、ゆめちゃんが私の元へやってきて、封筒を差し出してきた。


「これを読んで下さい」


 そういって手渡された封筒は、ピンク色をしていて猫だかウサギだか分からないキャラクターが描かれていてかわいらしい。

 それだけではなく、なにやらハートマークの模様まで入っている。これはもしかすると、恋文というやつではなかろうか?


 私は人生においてこのようなものをもらった事はなかった。

 しかし初めてもらった相手が小学生だとは…… 年齢でいうと父と子ほど離れている。

 これはどうしたらよいものだろう? もたついていると、このやり取りを見ていた男の子が冷やかしの声を上げる。


「ゆめがラブレターわたしてるぞ」


 そうすると野次馬たちが『なんだなんだ』と集まってくる。

 しかし、ゆめちゃんはそれに臆することなく、


「今、中身を見て下さい」


 と、せっついてきた。



 無下むげに突き返すのもなんだろう、断るにしろせめて中身を見てからにしよう。

 そう思い封筒を空けると、そこにある手紙は恋文とは正反対の、数字が事細かに書いてあるリフォームの見積書だった。


「なにそれ?」

 野次馬の子が私への手紙を覗き込んで、意味が分からず聞いてきた。


「リフォームの見積書かな、これは」


 その台詞をきくと、まわりの野次馬たちは興味を失い、何事も無かったかのように散っていった。


 私もなんとか気を持ち直し、書類の内訳うちわけをのぞいてみる。

 どうやらかなり大がかりなリフォームで、代金の合計は270万円とある。


「この見積書はなあに?」


 なぜこのような書類を持ってきたのか、ゆめちゃんにを聞いてみる。


「うちの店でイートインスペースを作りたいんだけど、高すぎてできないの。

困っていたら、お兄ちゃんが『それなら、鈴萱すずがやさんに聞けば』と言われたので持ってきたの」


「ゆめちゃん家は何かお店をやっているの?」


「駅前でパン屋をやってます」


「そうか、さすがにこの書類だけだと分らない事が多いから、一度話しを聞きに言ってもいいかな?」


「うん、いつでもいいよ」


 今日の予定は空いているな、こういう事は早いほうが良いだろう。

「じゃあ、今日の放課後はどうだろう?」


「うん、まってる」


 こうして放課後に、ゆめちゃんのお店に行く約束を交わした。

 しかし270万円という金額は少し高い、トイレ付きの離れぐらいなら建てられそうな値段ではある。

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