社会の授業 3
戦国時代に興味をもって欲しいので、国営放送で制作された犬河ドラマ引き合いに出したのだが、子供達は見ていなかったらしく、まったく興味を引くことはできなかった。
「ほら、織田信長なんかはよく他の小説やマンガやアニメやゲームに出てくるでしょ? この時代は面白いよ」
なにか良いきっかけになればと思いこの発言をしたのだが、これがいけなかった。なかでも『ゲーム』この一言は致命傷だった。
この発言に答えるように、
「武田信玄ってキャラはメテオ降らせるんだよね」
そんな声が聞こえてきた、武田信玄はゲームのキャラではありませんよ、実在の人物です。
もちろん、メテオを振らせることは出来ませんよ。
「本多忠勝ってロボットだったんでしょ」
ロボットではありませんよ、生身の人間です。
「みなさん、ここに出てくる人は普通の人間ですからね。そんな事はできませんよ」
「このキャラ使ったことある。ビーム打つやつだ」
「この人、宙に浮くことができるんだよね」
「こいつ実は女なんだぜ」
などと言った声が聞こえてくる。
となりのキリンちゃんも話にのってきた、私に教科書差し出すように見せながら、ある一角を指さす。そこにはとある独眼竜の武将の名前がある。
「私もこの人しってる、日本刀6本持って戦うんだよね?」
「残念ながら、それはゲームのデザインで、現実では普通の人だよ」
「そっか、そうなんだ」
といって、しゅんとふさぎこんでしまった。慌ててフォローをする。
「でも三日月が乗っている兜のデザインは史実どうりです」
「そうなんだ、あんな兜あるんだね」
そういって笑顔を見せてくれた。そうなんです、あの非現実的な兜はなんと実在するのです。
教室は混乱したまま収束せず、チャイムがなり強制的に授業が終了した。
その後、給食と休み時間を経て、掃除の時間になる。
まだ戦国時代の歴史の授業の余韻が残っていて、男子は掃除をさぼりホウキでチャンバラをし始める。
せいりゅうくんと、ようたくんがペチペチとホウキで斬り合っていた。
「てりゃー」「うりゃー」「ザシュ」「やるな」
そんなかけ声か聞こえてくる。
それを見ていた私は一計を案じる。
「せっかく歴史の授業の後なのだから、武将になりきって名乗りを上げてみてはどうかな?」
「名乗りってなんなの?」
ようたくんが話しに乗ってきた。
「当時、戦う前には必ず自分の名前と出身と身分を相手につたえるんだ、例えば
『やあやあ我こそは、武蔵の国の
まあ、戦国時代に入って鉄砲が出てきてからは廃れてしまったようだけど」
「面白そうやってみる、どういうキャラがいたっけ?」
せいりゅうくんが話に食いついてくる。
「キャラじゃなくて、実在している人物ですよ。
チャンバラをやるなら、大名が戦いにおもむく事は少ないと思うから武将の方がまだ自然かな。
教科書には、羽柴秀吉、前田利家、柴田勝家、明智光秀の名前がでていたような……」
そういうと、せいりゅうくんは、
「じゃあ、俺様は羽柴秀吉だ」
ようたくんは、
「じゃあ、僕は前田利家でいいや」
こうして二人は対峙して、名乗りを上げる。
「やあやあわれこそは、羽柴秀吉なり、とっても強いぞ」
「やあやあわれこそは、前田利家だ、それよりもっと強いぞ」
なんともかわいらしい名乗りを上げて、二人はまたチャンバラを始めた。
おなじ織田家の家臣どうしが斬り合うのはいかがなモノかと思ったが、彼らは当主織田信長が亡き後、関ヶ原の戦いでやり合っていたので、ここはよしとする。
しばらく遊んでいたが、そろそろ掃除をしなければならない。
せいりゅうくんに、「そろそろ掃除をしようか」と言うと。
「俺様を倒してみろ、倒されたら言う事をきいてやろう」
と
日本刀で切ったら、間違いなく死んで、言う事を聞くなどと悠長なことは言っている場合ではないと思うのだ……
まあ、それはさておき、おっさんが本気でチャンバラをやるのも大人げない。
そこで私は策略を思いついた、彼らの大将になって言う事を聞かせれば良いのだ。
羽柴秀吉、もといせいりゅうくんに声をかける。
「羽柴秀吉の親方さまは誰だか知っている?」
「おやかたさま? なにそれ?」
「君主の事だよ、仕える人、現代に例えると上司かな。まあとにかくえらい人だ」
「ふーん、だれなの?」
「よくぞ聞いてくれた、私が第六天魔王、織田信長である」
「魔王? そんな人いたの?」
「いたよ、逸話だと
「すげぇ、カッコイイ、そのおやかたさまに仕えるよ」
それはかっこいいのか? 気味の悪い変人だとは思うが、私はあまり格好の良い事だとは思えない。
そんなやりとりをしていたら、クラスのなかでは大人しい、メガネを掛けたまさとくんがしびれを切らして注意してきた。
「ちゃんと掃除をやろうよ」
ここで私はすこし意地の悪い事を思いつく。
「ちゃんと掃除をしてほしければ私をたおしてみろ!」
それに、せいりゅうくんとようたくんも続く。
「たおしてみろ」
「えー」といって困った顔をしているまさとくんに、手で合図を送る。
どうやらそれに気がついたらしく、すこし
「てりゃー」といって斬りかかってきた。
私は「うわーやられたー」と、下手な芝居をうって膝をつく。
「おのれー明智光秀…… さあ、掃除をしますかね」
そういってみんなを掃除に促した。
あまりにも芝居が下手だったのかは分からないが、私を打ち破ったまさとくんも少し笑っていた。
せいりゅうくんは「かたきうちをしないと」とか言っていたが、
「それは掃除を終わってからね」そういって説き伏せる。
みんなで手早く掃除を済ませて、先ほどの話の続きをする。
「明智光秀ってすごい人だったの?」
まさとくんが少し歴史に興味を持ってくれたようだ。
「そうだね、日本を統一できたかもしれない人を討ったからね」
「ふーん、そうなんだ」
先ほど、明智光秀の役をしていたまさとくんが、少し得意げになる。
だが、世間一般ではむしろ嫌われ役として描かれる事が多いので、その事を伝えなければならない。
「でも世間では織田信長にすごい人気があって、不意打ちのような形で明智光秀は織田信長を倒したので、卑怯者としてあまり良く描がかれないんだ」
「そうなんだ」
「あと、明智光秀は織田信長を倒した後、天下を取るんだけど、あっとゆうまに他の武将に倒されるんだ」
「だれに?」
「誰だと思う? あててごらん」
「織田信長のあとに日本を統一した人って、豊臣秀吉だよね?」
ようたくんが鋭い意見を言う。これはヒントと言うか、もう答えそのものだ。
「でも豊臣なんて名前でてないよ」
まさとくんが反論する。
「羽柴秀吉って人と名前が一緒だから、名前かえたんじゃない?」
せいりゅうくんが、これまた正解を言う。
「それは名前でなくて名字ですよ、名前は法律で変更できますが、原則として名字は変更できません。そうですよね」
まさとくんが、私に同意を求めてきた。彼は意外と法律に詳しいようだ。
「そうだね、よほど特別な事情でも無い限り変更はできないよね」
私はあいづちを打った、確かに現代ではこれが正しい意見だ。
しかし
だがあえてそのことを告げない。
「それで、結局だれなんです?」
まさとくんが、正解をねだる。
「正解はつぎの歴史の授業の時、美和子先生から聞いて下さい」
「えー」「教えてよ」「ずるい」
子供達からブーイングがあがる。
「まあまあ、ほら、チャイムがなるよ、席にもどろう」
ほどなくしてチャイムがなり、ふてくされながら子供達は席についた。
私から語ってもいいのだがこの話をするのならば、すくなくとも2時間は時間をいただきたい。
しかしまさか、あそこまでゲームとマンガによって歴史が汚染されているとは思いもよらなかった……
でもよくよく考えてみると、私も戦国時代に興味をもったきっかけは、歴史シミュレーションゲームの『織田の野望 ~全国版~』あたりだったので、あまり人のことはいえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます