図画工作の時間 延長戦 1

 それは図画工作の写生をした、翌日の昼休みの事だった。

 昼食が終り、せいりゅうくんに誘われて校庭に出ようとした時だ。


 写生の時に同席をしたのりとくんが、自由帳を出してなにやら絵を描いている。

 のぞいてみると、そこらへんにあるものが手当たり次第描いてある。

 机、椅子、ランドセルに始まり、教室の風景や友達の様子、窓から見える町の風景などが描かれていた。


 私は気になったので声を掛けてみる事にした。


「のりとくん、絵が好きなの?」


「うん、好きだよ」


 その絵をみてふと思う。

 校舎の絵を描くときに、一番美しく見えるポイントにひとりでたどり着いたこの子は、美的センスを持ち合わせているはずだ。建物を描くコツを教えればこれは化けるかもしれない。

 私はこの子に対して、とある技術なら教える事ができた。もしこの子が望むなら、それを教えるべきだろう。


 そこで進言をしてみる。

「おじさんは建物の描き方なら教えられるけど、知りたい?」


「うん、教えて」

 すぐに元気の良い返事が返ってきた。


 それを横で見ていたせいりゅうくんが、冷やかしかどうか分らないチャチャを入れる

「それじゃあおっさんの事を『師匠』とよばなきゃ」


 悪乗りか、純粋なのかは分らないが、のりとくんはそれを受け入れた

「よろしくお願いします、ししょう」


 そう言われると、なにやら照れくさいモノがある。


 しかし、これでは昼休みにせいりゅうくんとは遊べない、断りを入れる必要がある。

「ごめん、のりとくんにちょっと教えるから、いっしょに遊べなくなってしまった」


 すこし渋い顔をしたせいりゅうくんだったが、

「わかったよ、おっさんだけしか教えられないだろうし、あきらめるよ」

 駄々をこねるかと思いきや、素直に聞き分けてくれた。


 こうして私はのりとくんに建物の描き方を教える事となった。



 まずは立方体を描く事を教える。

 現代の建物はほとんどが立方体の集まりで、これさえ描ければそれなりに絵として見えるものだ。

 さまざまな角度から見た立体的を見えるように描く練習をする。


 ただただ四角を描くだけの地味な作業だが、のりとくんは飽きもせず淡々と書き続ける。

 初めのうちは奥行きなどが含まれておらず、のっぺりとしたモノだったが。

 間違いを指摘するとすぐに理解をして、あっというまに上手くなっていった。



 この日からほんの少しの間、のりとくんに対してささやかな個人授業が開かれる事となった。


 立方体をマスターした彼につづいて遠近法やら、一点透視図法、二点透視図法、三点透視図法、パースの取り方など。

 さまざまな方法と法則を教える。のりとくんは、これら少し複雑なルールもすぐに覚えて自分のものとしていった。

 そして1週間もしないうちにほぼ教えることは無くなってしまった。とても短い師弟関係であった。



 そして再び写生の時間がやってくる。

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