第1話 6章
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芸能事務所、五光プロデュース内は、トップアイドル且つ、最強クラスのファイターである紅露りぼんの話で持ちきりだった。
「ところで、松野さんは?」プロデューサーがマネージャーに訊ねた。
「実は……少し外出しています。一人の時間が欲しいというので。次の仕事は午後ですし、それまでには戻るという約束で、外出させました」
「君がそう判断をしたんなら、それでいいだろう。それにしても、あの紅露りぼんがね……」
『紅露りぼんが、アイドルを辞めるかもしれない』
テレビでも、芸能アイドルとは距離を置いているネット世界においても、その話題で持ちきりだった。彼女の闘波が恐ろしいほどまでに強力であることが世間に知れ渡ったがために、アメリカからスカウトが来たのだ。しかし、それはアイドルとしてのスカウトではなく、闘波研究の協力者として……つまり科学者たちの被写体としてだった。
闘波を科学的に検証する試みは、アメリカのみならず、世界中で行われていた。各国のファイターの何人かは、その闘波を人類の発展に役立てようと協力していた。しかしながらアイドル活動を辞めたファイターの闘波は、全盛期を十とするならば、一程度の微弱なものになり、十分なデータは取れず、研究の進捗は芳しいものではなかった。もっとも、この摩訶不思議な力のデータを十分に採ったとしても、進捗の程は未知数だったが。
多くのファイターの中で、紅露りぼんが選ばれたのは、彼女が可能性の塊だったからだ。
中国に伝わる気功を操る者は、ちょっとした力で相手を数メートル吹っ飛ばす。闘波は、このような気功の延長線上にあると考えられていた。気功の科学的検証が、いまいち成果を上げられなかったことを考えると、ファイターの研究に関しても同様だろうというのが、一般論だった。しかし、以前行われた、りぼんVS詩鶴の試合にて、りぼんは空中に浮いた詩鶴の足首を、帯状になった闘波を使って掴み、そのまま振り落とすことをやってのけたのだ。これは、気功とは全くの別物であり、今までの闘波の常識を打ち破ることだった。これは、闘波が物理法則に干渉したことを意味しているのだ。
『彼女が発揮した力は、新たなエネルギー誕生に繋がるかもしれない』そう期待する声も少なくなかった。アメリカ政府や科学者たちは人類の発展のために、なんとしても彼女を招いて、協力を仰ぎたかった。
しかし、その協力は犠牲を伴っていた。彼女がアメリカに渡るということは、彼女が属しているグループの解散を意味している。仮に解散しなくても、芸能活動を、今までと同じように行えなくなるといことは明白だった。
りぼんは、人類の発展を取るか、一緒に活動してきた仲間や、応援してくれているファンを取るかの選択を迫られていた。これほど奇妙な天秤を目の前にした人間は、そう多くはないだろう。りぼんは、確固たる信念を持って、片方の道を選んでいた。
詩鶴は、受け取った手紙を読んでから、心が落ち着かなくなった。私は、どうして、あんなにも彼女を嫌っていたのだろう。どうして、彼女を幼稚であると見下していたのだろう。詩鶴は、彼女の手紙を読むことで、自分の弱さが浮き彫りになっていくのを感じた。
手紙には、このような文が書いてあった。
『松野さんは、その大恩人に似ているのです。松野さんは、常に正しさを求めている。
都合のよい立場に身をおいて、安心しようとしないから、いつも苦しんでいるように見えます。
彼女の真剣な表情は、その自身に対する厳しさに裏付けられたものなのだと思います』
とんだ見当違いだ。詩鶴は思った。私はそんなに立派な人間じゃない。手紙に出てきた彼女の恩人――手紙では匿名で『Aさん』となっていた――のように、自分の弱さを反省することができなかったのだから。
手紙には様々なエピソードが書いてあった。どれもりぼんとAさんによる哲学的命題を交えたエピソードだった。その中で、詩鶴は『自分の勝てるフィールドでしか勝負しないこと』が心に引っかかった。彼女が手紙の中で、このエピソードを挿入したのは、彼女自身にも思うところがあったからだろう。それは詩鶴にとっても堪えるエピソードだった。胸が苦しくなり、立っていられなくなったほどだ。
詩鶴は、昔、父から聞いた話を思い出した。
『よく教師が生徒に教えるような、歯が浮くような道徳的な美徳は、信用するに値しないよ。もちろん、道徳的であることは大事だけど、信じ込むことは害悪のほうが大きいからね』
それはどういう意味かと尋ねると、父はこう答えた。
『道徳ってのも、ひとつの策略に過ぎないってことだよ。それも今日では、疫病のようなものだ』
父は、それからいくつかの哲学書や倫理学書を渡してくれた。私は、その本を熟読して、父が何を言いたかったのかを理解した。父は『普通の親は、子供にこんなことを教えようとしないだろうけど』と言っていたが、あえて娘の私にこれを教えたのは、私を堕落させないためだったのだろう。
ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェが批判した『ルサンチマンの価値転換』。自分が到底敵わない絶対的強者に対し、全く別の土俵にに引っ張り込むことによって――すなわち価値転換を行うことによって――勝利を収めるという奴隷道徳の一揆。ニーチェは、これに陥っている西洋社会を問題視した。りぼんの手紙にあった、相手より優位に立つために、社会的弱者であることを利用してしまったAさんもこれを利用していた。彼女が偉大なのは、そのような行為を恥であると自覚し、反省しているところだった。では、私は……今までに、このような価値転換を行ったことはなかっただろうか? 詩鶴は、自問自答した。
私も、そんなことがあった。……いや違う。ずっと、今に至るまで、私は卑怯な振る舞いをし続けているじゃないか。
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詩鶴は一つずつ思い出していた。自分が空手をやり始めた本当の理由を、目を瞑って振り返った。
私は……
私は……格闘技というものを愛していた。
心技体を鍛え上げることによって、相手に打ち勝つことが神聖さを伴っていると感じたからだ。
強いことで勝利することができる。結果が純粋に評価される。
その絶対的評価が、とても健全に思えたという理由もあって、私は格闘技を美しいと思ったのだ。
では……
『どうして私は空手を続けることができなくなったのだろうか?』
空手には美徳がある。それを信じていたのであれば、誰がどうなろうと私は空手を続けられたのだろう。高校生最後の大会で、因縁のライバルと戦えなかったこと。優勝しても、全く満足できなかったこと。その空虚な気持ちが、私を空手から遠ざけた。
今になって理解した。素行が悪くなっていったのも、武人から離れ、堕ちていくことに快楽を覚えてしまったのも、単純な理由だった。
私はそもそも・・・・・・最初から、真剣に空手と向き合ったことなどなかったのだ。
私は、何度も男勝りだと言われた。粗野というよりも暴力的だった。可愛らしい趣味も持つことができなかった。
テレビのヒーローばかりに憧れていたから……少女漫画の良さが全くわからなかったから……クラスの女子と関わることができなかった。だからと言って男子とも仲良くなれなかった。母さんも父さんも、こんな私を嫌っていると思ってた。二人は「やんちゃでもいい」と言ってくれたけど、そんな言葉をわざわざ口にさせてしまったことが、私の胸に引っ掛かった。だから、私は出生から否定されてるように思えた。心が落ち着かないというか、自分が存在している理由に疑問を思う――当時は、そんな単語は知らなかったけど――アイデンティティの喪失だった。小学生低学年にして、そんな心を持ってしまっていた。どこか浮いている私は、とにかく落ち着ける場所を探していた。今思えば、『女の子らしくあれ』という考え方は、時代錯誤も甚だしい、教養に基づかない思考なのだが、人生経験の浅い小学生にとって、同じクラスの同性の誰とも、趣味や性格を合わせることができないことは苦痛であり、死活問題なのだ。
ある日、くくるがクラスの男子にからかわれていた。おそらく、好きな子には悪戯したくなるというアレだろう。くくるは、一人静かに読書をするような子だったから、からかうターゲットにされたんだと思う。私はとっさに、そんな男子に戦いを挑み、コテンパンにしてやった。今思えば、あれは正義感からくるものでも、くくるを守りたいと思ったからでもなかった。単に自分の
結果的に、私はくくるに感謝された。くくるは、まさに「女の子」という少女で、私が持ってないものを全て持っているようだった。私は、そのとき悟った。
どんなマイナスの要素でも「理由」をつけて正当化することができる。それで価値を生み出すことができる。だって、私は自分の乱暴な性格によって、理想的な女の子を手にいれることができたのだから。くくるに対する独占欲の芽生えだった。
その後、私は教師に怒られた。だけど、いじめを阻止したという名目があったから、そこまで注意されずに済んだし、教師の評価が下がったとしても些細なことだった。自己評価が、とてつもないほどに上昇したのだから。
私がくくるのボディーガードを進んで行う度に、彼女は私を頼ってくれた。彼女は喜んでくれた。私に微笑んでくれた。とても女の子らしい彼女が、私の性格と体力を頼ってくれている。そこには、喜びしかなかった。いや愉悦だった。素敵な女の子になれなかった私が、自分自身を変えることなく、理想的な女の子を繋ぎとめているのだから。多くの女子や、私の性格を訝しく思う人たち――その中には両親も含まれていたかもしれない――に対し、復讐を果たしたようにも感じた。
私は、格闘技を習うことによって、己の中にある「乱暴」を「正義」に変えようと企んだ。それは精神を鍛えたり、邪念を消そうと思ったわけでもなく、単に外面の美化を図ったのだ。くくるだって、乱暴者に守られるよりも、厳格な武人に守られるほうが嬉しいだろうから。
空手は最高の格闘技だった。日本の伝統ある武術で、これを習っている者は厳格であるというイメージがあったからだ。くくるは、私が空手の道場に通うことを応援してくれた。両親も応援してくれた。これで私の醜い性質は、世間から肯定されたのだ。
私の無駄に優れた筋力や運動神経は、空手を学ぶことによって技へと変化した。ありがたいことに空手道場は、戦う相手まで用意してくれた。どんどんと強くなることで、私は肯定されていく。武人という外面が与えられたことで、私は皆に評価され認められたのだ。
くくるは聡明だったし、しっかり者だったから、いつまでも私に頼っているわけではなかった。彼女は彼女のフィールドで、交友関係を増やしていた。私はそれが面白くなかった。
くくるは、アイドルやタレントに興味を持っていた。アイドル事務所のプロデューサーを父に持つのだから、それは当然だった。彼女がコネで美少年アイドルの直筆サインを入手したという噂が広まり、女子の半分が羨望し、残り半分が嫉妬したということもあった。彼女が話題の渦の中心にいたこともあったのだ。
私はアイドルというものを好きになれなかった。それは空手のようなストイックさとは正反対の、異性に媚を売る商売であるし、何が優れているかもわからないのに人気が出てしまうような、胡散臭さ、不健全さを毛嫌いしていたのだ。
私は、心技体を鍛えることによって、ずっとくくるを惹きつけていくつもりだった。しかし、それとは全く別の要素が、彼女を惹きつけるのであれば、もう絶望するしかなかった。彼女が、とある男性アイドルを「素敵」と言ったときは嫉妬で震えた。くくるは私だけに依存していればいい。私だけを頼っていればいい。貴方が私を頼ってくれないのならば、私の存在理由はなくなるのだから。
私にできることは、もっと強くなって、結果を出し続けることだけだった。
高校一年生のときの鹿島さんとの出会い、そして敗北したときのこともよく覚えている。彼女に負けたことはとても悔しかったけど、ライバルに相応しい相手の登場に、私は嬉しく感じた。だけど、今になって思う。彼女はライバルに相応しくなかった。いや、私が彼女のライバルに相応しくなかったのだ。あのときは、心技体の向上を志す同志の登場を喜んだのだが、それも自己欺瞞だった。私が本当に喜んだのは、『自分の立場』に箔が付いたからだ。
彼女のような強大な相手が現れたことで、私は少年漫画の主人公のようなポジションを得た。それだけが嬉しかったのだ。私は『客観的に見て、私がどのように映るか』ということしか興味がなかった。救いがないことに、私はそのことを自覚せず、あくまでも自分は誠実でストイックな武人であると自負していた。空手を始めた俗物的な動機のことなどすっかり忘れて、自惚れていたのだ。
だから、齟齬が生じた。鹿島さんが空手を辞めて芸能界入りしたと知ったとき、歯車が壊れた。
裏切られたと感じて、勝手に恨んでしまった。彼女のいない大会で優勝しても全く嬉しくなかった。全国大会を辞退した。そして素行が悪くなってしまった。全て自己欺瞞が原因だった。
私を主人公とする物語で、大事な場面でライバルポジションを担っていた彼女が、アイドル業が忙しいという、くだらない理由で退出したのだ。
私は、物語の主人公を演じていられなくなった。嘘で着飾った『松野詩鶴の生き様』という物語が、綻び始めた。
嘘に嘘を塗り固めて生きてた私は、あくまでも武人を自負しながらも、どんどんと落ちぶれていった。私の精神を支える最後の砦、優しい親友、くくるが安全網だった。
クリンゲルさんから、鹿島さんがファイターになった本当の理由を聞かされたとき、私は動揺していた。彼女の正真正銘の武人らしさに気圧されたからだ。
何も知らずに軽蔑してしまったことによる罪悪感が私を動揺させた。しかし、動揺した理由は、それだけではなかったのだ。他の理由もあったのに、それに今の今まで気づくことができなかった。
彼女の失踪を知った私は、ファイターを志した。失踪した鹿島さんの消息を調べるには、それが一番だと思ったからだ。
世界レベルの危機を救いたいという正義心もあった。もちろん、調子に乗ったアイドル連中を倒してやりたいという恨みつらみや、格闘技を知らない小娘相手に負けるはずがないという自惚れもあった。様々な要因が私を突き動かしたけど、今になって、本当の理由がわかった。
今までのような見せ掛けの武人ではなく、鹿島さんのような本物の武人になりたい。それが、私がファイターになった真の理由なのだ。
自分の弱さを見つめるのが嫌で、ずっと押し隠してきた心。それを口にしてしまうと、今までの自分の恥部を認めてしまうから秘めていた気持ちだ。
私は、武人に憧れていたんだ! 鹿島さんのような、本当の武人に! 自己嫌悪に陥って、自分を見失っていたときでさえ、彼女に憧れていたのだ。心の奥底で、尊敬していたのだ。
彼女は私をライバルだと認めてくれた。私は、それに応えたい。本当の意味で応えたいのだ。そう思ってもいいほど立派な存在として、彼女の隣に立ちたいんだ。だから私は、ファイターをしているんだ。
「私は、もう、自分の弱さから逃げない」
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くくるは、今、アパートにいるだろう。いざ、ここに来ると、思い切りのよい詩鶴も二の足を踏んだ。しかし、迷っている場合ではないのだ。
紅露りぼんの手紙は、自己欺瞞で隠蔽していた私の弱さを暴いた。私が誠実にあろうとするならば……私が強くあろうとするならば……懺悔せねばならないだろう。そうしなければ、私は前に進むことはできないのだから。
りぼんは、常にそうあろうとしたからこそ、あれだけ強くなったのだ。リングで彼女と戦ったとき、私は
ただ、『懺悔する』ということは、今まで美化してきた自分の像を崩壊させることなのだ。もし、本当の醜い私を知ったのならば、くくるはどう思うのだろうか?
詩鶴は不安を感じた。彼女に蔑まれるようなことがあったら……いや、彼女はそんなことをする子ではないが、そうでなくても、彼女が一瞬でも寂しげな表情をしたら、私はどれだけ傷つくだろうか。想像するのも恐ろしい。くくるに拒絶されることは……死ぬようなものなのだ。
詩鶴は、葛藤しつつも、自分に見せかけでないプライドがあるのならば……と腹をくくった。長い間、ずっと承認欲求の権化だった私だけど、嘘ばかりだった人生だったけど、今、本物と呼べる気持ちがある。鹿島紅葉に対する尊敬の念、紅露りぼんと、彼女の恩人Aさんに対する尊敬の念は疑いようもない。そして、私の、この決意も本物のはずだ。
くくる、愛しいくくる。貴方に拒絶されることは、心が死ぬようなものなのに、それでも私は伝えなきゃいけない。自己欺瞞に気づいた以上、正さねばならないのだ。偽ったまま、貴方と同居する資格なんてないんだ。
詩鶴はドアを開けた。彼女は外出していなかった。くくるは、そこにいた。彼女は驚いていた。
「あれ? 詩鶴ちゃん? 忘れ物?」
「いや……くくる。ちょっと時間が欲しいんだけど……いい?」恐る恐る訊ねる。
「……うん」いつもと違う雰囲気の詩鶴を訝しく思いながらも、くくるは頷いた。
「私は、けじめをつけたいんだ。そして、くくると・・・・・・皆に向き合いたい」
「いったい何のこと?」
詩鶴は腰を下ろし、くくると向かい合った。
「聞いて欲しいんだ。私のこと……」
彼女は、手紙にあった、顔も知らぬAさんのことを思い浮かべた。彼女が病室で、紅露りぼんに真実を語ったとき―――私は、親切心からではなく、己を肯定したいためだけに、貴方を助けたのだ。と、語ったとき、どのような気分だったのだろうか。りぼんを相手に懺悔したとき、どれほどの勇気を振り絞ったのだろうか。
詩鶴は語った。紅露りぼんから受け取った手紙の内容。そして自分の過去の過ちに気づいたことを。詩鶴は白状した。小学生のとき、私がくくるを助けたのは、道徳というシステムを利用して、暴力的な自分をマシな人間に見せようとしただけなのだ。打算的な考えで行動しただけなのだ。声を振り絞りながら懺悔した。
くくるは驚いたが、怒りも悲しみもしなかった。
「ありがとう。ちゃんと話してくれて」と、くくるは言った。
「怒ってないの?」泣きそうな声で、詩鶴は尋ねた。
「まさか! 私は助けてもらって嬉しかった。何が理由だったとしても、私はいままで詩鶴ちゃんが一緒で、とても嬉しかったよ」
……救われた。詩鶴はそう思った。おそらく、Aさんも、このような気持ちだったのだろう。
「それに、私が詩鶴ちゃんにとって、そこまで心の支えになってるんだって思うと……嬉しいな」
くくるの慈悲に満ちた笑顔を受け、詩鶴はAさんと同じ立場に立てたのだと感じた。
詩鶴は、くくるを抱きしめたくなったが、なんとか堪えた。それより重要なことがあったからだ。詩鶴は自分を変えたかった。それには、くくるの助言が必要だった。詩鶴の視野を広げるのは、いつもくくるだった。自分が今まで嫌っていた闘波、アイドル性、そのような力と、どう向き合えばいいのか、心を整理しておきたかった。自己欺瞞から抜け出して、それからどうすればいいのか、彼女と共に考えたかったのだ。
はじめは手段だったかもしれない。自分自身を肯定するために、利用していただけかもしれない。それを自覚しながらも、やはり、自分は目の前にいる、彼女が愛しくてたまらないのだ。彼女が必要だと心の底からそう思うのだ。懺悔して、彼女と共にいる資格を得たと思うと、自分の気持ちが抑えられないぐらいに高ぶった。それをなんとか理性で押さえつけた。さらに、もう一歩進むために、詩鶴は、くくると共に話し合った。
『ファイターとはどうあるべきなのか?』『闘波と、どう付き合っていけばいいのか?』そのようなテーマで、二人して議論しあった。二人は、ある程度の答えを見つけ出すことができた。詩鶴は爽やかに笑った。
「ありがとう。道が開けたと思う」
詩鶴は、約束どおり事務所に戻った。彼女の顔を見て、マネージャーはほっとした。どこかふっきれていたからだ。
詩鶴はマネージャーに、先ほどキツく当たってしまったことを詫びた。
「本当に、ごめん。私の心配をしてくれたのに……」
マネージャーは「気にしなくてもいい」と言い、「何か得るものはあったか?」と問うた。マネージャー自身、紅露りぼんの手紙の内容に、色々と考えさせられたものだ。多感な詩鶴は、尚更だろうと思った。
詩鶴は、どうにかしてりぼんに会えないかと思った。無性に彼女に会いたくなった。直接話し合ってみたかった。彼女の事務所に行ったところで、彼女がいるとは限らないし、ほかの事務所のアイドルなど門前払いされるかもしれない。マネージャーに訊いても、ほかの会社のアイドルのスケジュールなどわかるわけがなかった。
「でも、彼女の生い立ちとか覚悟とか知ると、ちゃんと話してみたいと思うよな」と、彼はいった。
「うん」詩鶴は元気よく頷いた。
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