領主と吸血鬼21
まるで海に夕日が沈むときのように、赤い血だまりの中に眠っていくその表情は、何とも言えぬ黄昏の美しさがあった。
そんな彼女を見て、ジェフは感動した。
「素晴らしいです、クロワ様。
ミシェルお嬢様を作品にした後は、貴女が大切そうにしていたあのメイドを作品に加えましょう。永劫共にいられるのなら、貴女もきっと本望でしょう?」
その言葉が耳に入ったとき、ロアの中で、遠のいていた感覚がすべて引き戻されていった。
ぴくりと動いた彼女の指を見て、ジェフは少し驚いた。
「……まだ、この世に未練がおありで?」
ロアは血の気のない腕に力を込めた。
とうに痛覚は消えている。
けれど先刻の言葉だけは聞き捨てならない。
「どうして、立って……!?」
致命傷を負ってなお、そもそも立ち上がれないほど足を負傷しているはずなのに、その場に立ちあがったロアを見て、ジェフは震え、慄いた。
立ち上がったロアの眼は赤く煌めき、ジェフを射殺すような眼で見つめる。
「……貴様ごときに、私たちの永劫を語られてたまるか」
「喋っ………肺が、潰れたはずなのに」
ジェフの恐怖に応えるように、背後の4人の死人が一斉にロアに襲い掛かる。
ロアはそれを屈んで避け、カロライナから斧を奪った。
「!」
奪った斧で、ロアは彼女たちを一掃した。
その様はまるで人の心を持たない鬼のようだった。
目の前の光景に、ジェフは顔を引きつらせる。
その鬼は彼の前に立ち、低い声で言った。
「私が望んだ永劫は、貴様が作るような安物では決してない」
生まれながらに呪いを受け、その呪いのせいで親しい者を全て失った。
いつ死のうかと思った矢先に出会った少女に、卑しくも心を寄せて。
いつこの時が終わるのかと怖れながら、共にあるその時を愛おしんだ。
永劫なんてまやかしだ。
終わりが見えているからこそ愛おしく。
終わりが見えないからこそ恐ろしい。
そんな、何よりも大切だった時間。
『マリアが約束を破っても、私はマリアを嫌いにならないよ』
違う。ロア・ロジェ・クロワが本当に言いたかったことはそんな言葉じゃなかった。
……本当に、あの時言いたかったのは。
『マリアとずっと一緒にいられたら』。
彼女はジェフに斧を向ける。
その眼は完全に、
「死して懺悔しろ。貴様は私の尊い時間を奪った」
* * *
マリアとエレンがその倉庫に辿りついたとき、そこに生者はいなかった。
「……う」
倉庫の惨状を見たエレンは口を押える。
ゾンビの山もひどかったが、こちらもかなり凄惨だった。
白い服を赤く染めた少女の死体が4つ。風に吹き飛ばされたかのような、尋常ではない倒れ方だった。
最もひどいのは椅子の近くの血だまりだろうか。
明らかに致死量の血液が流れている。
そして、その血の匂いにエレンは覚えがあった。
エレンは傍らのマリアの顔を覗う。
言わずとも、あの血が誰の血か彼女も分かるだろう。
しかし、当のジェフ・ウロボスとロアの姿がここにないことがエレンには不思議だった。
「……ここで匂いは途切れているのですか」
マリアの問いに、エレンは頷く。
だからなおのこと、エレンには不可解なのだ。
マリアはすぐに踵を返した。
「ちょっとマグナス、どこ行くのよ!?」
「ここの後始末は頼みます」
マリアは刀を携え、約束の場所に向かった。
* * *
斧で胸を割られながら、ジェフ・ウロボスは即死しなかった。
神の気まぐれと言ってもいいだろう、彼は這いずる猶予を与えられたのだ。
彼は死臭が蔓延する倉庫を這い出て、令嬢が眠るアトリエへと向かった。
どうせ死ぬのなら彼女とともに。
彼がこの世で唯一愛した、何ものにも代えられない少女だ。
意識をもうろうとさせながら、彼は部屋のドアを開けた。
かけたはずの鍵がかかっていないことに彼はもう気が付かなかった。
「……あぁ」
部屋の真ん中で眠っていたはずの少女の姿がない。
逃げ出したか、連れ出されたか。
後者なら、恐らくここに彼女を連れてきたときすれ違った千鳥足の女の仕業だろう。やはり見過ごさなければ良かった。
彼はその場に倒れこんだ。
まだ微かに、彼女の髪の香りが床に残っている。
少し背伸びをした、大人びた花の香りだ。
もう数年もしたら、きっとこの香りに見合うレディになるだろう。
不思議と、彼女がここにいないことに安堵する自分に気が付いて、ジェフは笑った。
今になって彼女の未来を想うなど、馬鹿げている。
自身を嗤いながら、彼の意識はついに途切れた。
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