第830話 『『ドレスデン協奏曲集』からト長調 seibel213』 ハイニヒェン
この作品さんに代表していただきましたが、第2楽章が、たいへん、じゅわじゅわだったから。
この協奏曲集は、ラインハルト・ゲーベルさまの録音で広く知られるようになったとのことですが、なかなか、面白いです。
ハイニヒェン先生(1683~1729)は、前項のゼレンカ先生が活躍した、ドレスデンの宮廷で カトリック教会の楽長さんになった方。
しかし、ゼレンカさんより年下なのに、かなり早く亡くなりました。
そこで、カトリック、プロテスタント双方の楽長さんが相次いで亡くなったけど、楽長さんの地位は、なぜか、ゼレンカ先生にはやってこなくて、さらに若い、当時人気だったらしい、ハッセ大先生(1699~1783)が、楽長さんとして、やってきた。ううん。
ハイニヒェン先生は、弁護士の資格があり、その方面で活躍していたが、作曲もやっていたらしく、音楽学者さまでもあったようで、通奏低音に関する論文を出版したりもなさったそうです。
さらに、イタリアに留学したあと、ケーテンで大バッハ先生と同僚になり、さらに、ドレスデンに移り、楽長さんになった。
このあたり、やましんは、事実関係はわからないけど、長く、ドレスデンにいたゼレンカ先生が、どう思っていたのか、ちょっと、興味深いな。
それにしても、現代日本の、専門家とマニア以外には、おそらくあまり知られていない、ハイニヒェン先生ですが、なにか、ヘンデル先生風な趣もあったり、あの手この手で、楽しませてくださるところは、さすが、実力者、というところなんでありましょう。
ついでに、やはり、大バッハ先生と、ヘンデル先生、テレマン先生が、いかにすごかったか、とも、思います。はい。
あ、すごい人は、当時のヨーロッパには、ほかにもいらっしゃいました。
たとえば、イタリアの、ドメニコ・スカルラッティ先生は、大バッハ先生、ヘンデル先生と同い年です。(1685年生まれ)
フランスには、クープラン先生(1668~1733)や、ラモー先生(1683~1764)たちが、いました。
・・・・・・・・う 🎖️ うつ ・・・・・・・・・
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