第725話 『歌劇 魔弾の射手 序曲』 ウェーバー
やましんが、初めて、日本語で聞いたオペラなのです。
中学生時代です。
なんだか、すっごく、印象的でした。
言葉がわかる、と、いうことは、やはり、大切な事なのです。
しかし、その後、外国製オペラを日本語で上演するのは、あまり進展しなかったようで、原語上演が主流になります。
これは、演奏者の意向が強かったのか、聴衆なのか、演出家なのか、学者さんか、評論家なのか、とくに、確認したことは、ありません。
オペラだけではなく、たとえば、ラテン語の宗教音楽も、一般大衆がみな意味を理解できたかたかというと、そうではないわけで、ミサ曲でも、英語版や、ドイツ語版や、また、日本語の讃美歌集が作られるなど、してこられたわけです。
また、原語演奏だと、やはり、対訳が大切になります。
もちろん、勉強して、わかるようになるのが一番よいわけなんですが、みんなに、才覚や、余裕があるわけではないし、さまざまな、選択肢があって、良いわけです。
ただ、そういうわけで、対訳ツキのオペラのCDは、費用がかさむので、お高くなります。
対訳本だけ、一冊持っておくのが、よいのですが、とくに、オペラは、メジャーな演目以外は、そもそも、対訳がない場合も、たくさんあります。
お金がない場合や、そうした場合は、自助努力しかないです。
やましんは、わけわからず、聴いてることがほとんどなんです。
最近は、対訳みる元気もないし。
まあ、この、『魔弾の射手』は、メジャー作品で、人気もありますから、比較的、その気になれば、聞きやすいオペラです。
序曲も、単独で、人気があります。
むかしは、中学校の観賞曲目だったと思いますが、最近は、存じません。
久しぶりに聞いてみました。
懐かしいです。
て、ことは、最近は聞いてないと、いうわけです。
カール・マリア・フォン・ウェーバー先生(1786~1826)は、名高いわりに、ちょっとした、空白地帯かもしれないです。
良く聴かれる曲目が、わりに、限られています。(専門家と、マニアは、いつも、別です。)
社会学者の、ウェーバー先生と、おまちがいなく。(間違わないですよね。ちなみに、『音楽社会学』という、やましんには、日本語でも意味がわからない、むつかしいご本がありますが、巻末にある、音楽理論の解説が、すごく、役に立ちます。)
で、そのなかでも、この作品が、やはり、一番手なのは、確か。
森に響き渡るホルンが、あまりにも、印象的ですし、じゅわじゅわします。
モーツァルト先生の、奥さまとは、いとこどおし、にあたるのだったような。
・・・・・・・・うつ 🌲🌲🌲🌲 うつ・・・・・・・・・・・・・・
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