こうして、都市伝説って広がっていくんだろうな

 

 いっそのこと、晴比古先生に全部話してしまおうか。


 言うだけ言って、晴比古はお食事処に戻っていってしまい、ひとり残された菜切は、廊下をウロウロしていた。


 紗江さんは入院してしまったし、どのみち、もうあまり時間は残されていない気がする。


 お食事処の藤色の暖簾を見ながら、菜切は心の中で絶叫していた。


 なんでもうちょっと追求してくれないんですかっ、晴比古先生ーっ!


 そしたら、僕、喋ったかもしれないのにっ。


 晴比古に言ったら、知るか、と言われそうだな、と思いながら、なおも菜切は廊下を意味もなく歩き回っていた。


 なんだか、これってあれみたいだな、と思いながら。


 異性に追いかけられると嫌だけど、追いかけてこなくなると気になる、みたいな。


 最早、これは恋だろうか、と思ってしまうくらいに。

 菜切は、晴比古がふたたび、あの暖簾をくぐって自分の許に来てくれることを願っていた。




「……なにやってんですか? 先生」


 戻ってきた晴比古は、暖簾の側の壁から、廊下を窺っていた。


 深鈴は、晴比古の側に行き、なにをやっているのかと訊いてみたのだが、しっ、と言われる。


「見ろ。

 菜切が俺に話を聞いて欲しくて、ウロウロしている。


 あと一息だ」


 晴比古は暖簾の向こうの廊下を見て、にんまり笑う。


 ……悪党だな、と深鈴は思った。


 菜切さんの手を握ったら、犯罪者特有の闇が見えたようだけど。

 先生の方が真っ黒な気がするんだが……。


 いっそ、自分で自分の手を握ってみたら、どうだろうか、と思いながら、深鈴はバイキング形式になっているデザートを取り、席へと戻った。




 夕暮れの光はまだ残っているのに、少し雨がパラついてきたようだ。


 天気雨か、と思いながらも、定行は傘も差さずに、あの仏像群を眺めていた。


 五百羅漢に見えるとあの連中は言っていた。


 確かに。

 こんな天気の日には、そんな風に見えなくもない。


 雨を受けて石像についた苔が生き生きとしていた。


 木製の仏像が消えたという場所を見る。


 その辺りは晴比古が草を抜いてくれていたのだが。

 そこだけ、穴が空いたようになっていた。


 仏像の下になっていたので、日が当たらず、草も生えず。

 仏像の重みで土が沈んでいたのだろう。


「……何処から来て、何処へ行ったんじゃろうな」


 その仏像のことを考えていると、誰かが後ろから傘を差しかけてきた。


 ハルだった。


 校長をしていたときと変わらぬ厳しい顔で言う。


「来たところに帰ろうとしてたんだろうよ」


 小雨パラつく夕陽の中のハルの顔を見ていた定行は言った。


「惚れるわい……」


 ハルが、は? という顔をする。


「後ろから傘とか差しかけられたら、きゅんと来るじゃろうが。

 こんな年寄りを籠絡してどうしようと言うんじゃ、ハルさん。


 あっ、何処へ行くんじゃ、ハルさんっ。

 待ってくれっ、ハルさんっ!」


 ハルさーんっ! と叫びながら、年寄りとも思えぬ足取りのハルを追いかけた。




 明日の朝まで宿には行かなくていいんだが。


 俊哉は部屋のベッドに寝転がり、暇だな、と思っていた。


 志貴さんも先生もすぐに帰っちゃったし。

 客として、宿に行ってみようかな。


 ……嫌がられそうだな。


 副支配人の、見るからに、嫌そう~な顔が頭に浮かんだとき、スマホが鳴り出した。


 寝たまま、とったのだが、繋がった途端に、叫び声が聞こえてきた。


『出たーっ!』


 なにが? と思いながら起き上がる。


『俊哉さんっ。

 出た出たっ!


 例の鍾乳洞っ』


 鍾乳洞? と思っていると、

『先生とやらに教えてあげてっ!』

と何人かがスマホの向こうで叫んでいる。


 どうやら、昼間、晴比古たちと話していた女子高生の兄たちのようだった。


 晴比古が彼女らに幽霊タクシーの話を聞いたせいで、兄たちは肝試しな気分になったらしく、鎧武者が出るという鍾乳洞に行ったようだった。


『出たんですよっ、俊哉さんっ。

 先生とやらに早く教えてあげてくださいっ』


 いや……、先生、怖い話を探してたわけではないようなんだが、と思いながらも、せっかくかけてくれたので。


「ありがとう。

 伝えておこうな」

と答える。


『いやーっ。

 びっくりしましたっ。


 途中で翔太の奴が転んで、懐中電灯が転がったんですよ~っ。

 そしたら、鎧武者が出たんですっ』


 その後ろから、翔太のものらしき声がする。


『違うよ。

 祇園精舎が出たんだよっ』


 ……祇園精舎が出たってなんだ?


『祇園精舎ですよっ、俊哉さんっ』


「ちょっと待て、お前ら。

 話を整理しろ」

と言ってみたのだが、余計に、わあわあ言い出した。


「わ、わかった。

 俺が晴比古先生には言っとくから」


『お願いします、俊哉さんっ。

 先生に退治してくださいって言っといてくださいよっ』


 退治ってなにを……?


 祇園精舎を?


 それに、先生は、祈祷師とか霊媒師じゃなくて、探偵なんだが……と思いながら、わかったわかった、と俊哉は繰り返す。


「ともかく、お前らはもう近づくなよ、危ないから。

 今日はもう家帰って寝ろ」

と言ったら、はいっ、と聞こえては来たが。


 まあ、恐らく、帰りはしないだろう。


 興奮冷めやらぬまま、喫茶店か何処かで、しばらくこの話を繰り返してるのではないだろうか。


 それも相当デカイ声で。


 ……こうして、都市伝説って広がってくんだろうな、と俊哉は思った。



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