どうせ、自分の命など……

 




 雨ですっかり冷えてしまった。


 まあ、キスひとつで殺されかけて、魂も冷え切ったが。


 シャワーを浴びて温まった亮灯が着替えて部屋に現れる。

 ホテルの女主人、綾坂が帰ってくると言うので、みんなでホテルに戻ったのだ。


 かつて、行き合わせた別荘荒らしに夫を殺された綾坂真奈美が。


 晴比古の部屋のソファに腰掛け、亮灯が言う。


「城島さんは、私たちが来て、私があのときの被害者だと気がついた。

 あのときからずっと私たちを見張っていたんですよ。


 私たちが居る間、城島さんは、ずっと中の仕事を手伝ってましたよね、配膳とか。


 でも、普段は、今日みたいに忙しい土日しか、手伝わないらしいんです。


 陸が覚えてました。

 私たちが来る前は、城島さんは食事の手伝いなど、中の仕事はしていなかったと。


 浅海さんもそれらしきことを言っていました。


 そして、やっぱりおかしいと思いました。

 スタッフがそんなに忙しいのに、なんで、ホテルの主人が戻って来ないのか。


 城島さんにはわかってたんですよね。

 浅海さんが死体を持ち出したときから。


 すべてが明らかになってしまうこと。


 なのに、それをわかっていて、見守っていた。


 普段は、みな、自分の仕事だけをやってるって言ってましたよね。

 車の管理はすべて城島さんがしているそうですから。


 あのトランクの遺体に気づいていたんでしょうが、そのまま放っておいたんでしょう。


 でも、心配で、街中まで、あの車の様子を見に行った。


 そこをOLさんたちに見られたんです」


「なんだ。

 あいつら、本当に見てたのか。


 志貴と話がしたくて、必死に記憶を再生してみたんだな。

 だったら、あいつの顔も役に立つな。


 ところで、浅海が今、死体を持ち出したのは、たまたまか」


「違うみたいです。

 そろそろ城島さんと綾坂さんが結婚するかと思って。


 城島さんのために、自分が犯罪者か確かめようとしたらしいです。

 義理の娘が犯罪者だなんて嫌だろうから」


「なんか……切なくなるな」


 その義理の父親こそが、殺人犯だったのだから。


「前からチャンスを窺ってたんでしょうが、そこへうまく、女好きで力のある陸が来たから」


「もういっそ、あいつが元凶なんじゃないのか」

と肘掛に頬杖をつき、呟く。


 此処へ来て起きたどの事件も陸が居なければ、始まっていなかったような。


「城島さんが、最初に、ちりんちりんの話をしてくれましたよね。


 私たちが余計な詮索をする前に、ありきたりな話をしておいて、それで印象を埋めておきたかったんじゃないですかね?


 私たちが人にその話を聞いたときのために」


「なにかの覚悟を決めて、綾坂さんを遠くにやってたようなのに。

 それでも、まだ、今の生活に未練があったってことか」


 それだけ城島は此処の生活で満たされていたということだろう。

 それがいけないことだと知りながら。


 晴比古は己れの仏眼相を見て言った。


「いるのかな、この力」

「えっ?」


「役に立つのか立たないのかわからない。

 事件は解決出来ても、人の心は救えてない」


 亮灯は立ち上がり、側に来ると、晴比古の手を取った。

 その指を大きく広げさせる。


「仏様はね、先生。

 水かきがあるんだって。


 とりこぼすことなく、衆生を救い、助けられるように。


 先生の手にも力がある。

 きっと、先生は人を救えるわ。


 まあ、手のひら広げてるだけじゃ、誰も救えないでしょうけどね」


 くすりと笑う亮灯から己れの手を取り返す。


「うるさいな。

 っていうか、勝手に手を握るなよ。


 また、志貴に殺されかけるから。


 お前、ろくでもない犯罪者を生み出すなよ。

 ああいう実直な人間が一番怖いんだよ。


 用意周到で、生真面目に犯罪を犯して、捕まりそうにもないから。


 今回だって、城島さんが来てくれなかったら、俺、死んでたぞ!?」

と訴える。


「迷いがなかったですよねー。

 私、ああいうときの志貴の目が好きなんですよー」


「的としては、幾ら綺麗でも、うっとりとは出来ないけどなっ」

と言ってみたが、亮灯はいまいち聞いていなかった。


 志貴はなにを心配することがあるだろう。


 志貴の格好よさの前では、自分の命など軽いもののようだった。


 



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