なんだったら、罪も増やしてください

 




 ホテルに戻ると、警察の人間が増えていた。


 早希は食堂で、友人たちに付き添われ、年配の刑事に、陸はそこから少し離れた本棚付近で、中本に話を聞かれていた。


「中本さん」

と亮灯が声をかける。


「少し、陸と話がしたいんですが、よろしいですか」

と言うと、


「まあ、まだ連行したわけじゃありませんからね」

と言い、立ち上がって、席を譲ってくれる。


 自分よりも亮灯に対して話す方が、口が軽くなると思ったのかもしれない。


 亮灯は陸の側に立ち、テーブルにそっと手を置いた。


 亮灯の長い指先に惹かれたように、陸が顔を上げる。


「ひとつ、訊きたいことがあるの」


「心配しなくても、深鈴ちゃんたちのことは喋らないよ」


「ありがとう。

 でも、そのことじゃなくて」


 亮灯は靴音をさせ、テーブルの周りをゆっくりと回ると、陸の前に腰を下ろした。


 間を持たせることで、軽く威圧するように。


「ねえ、ひとつ、おかしなことがあるのよ、陸」


 陸は上目遣いにこちらを見ている。


 なにかやましいところのある子供が親を窺うような仕草だった。


「早希さんに言われて、少し早めにこのホテルに来て泊まってたわね」


「ん。

 ああ、遅刻しないように。


 それと、ウォーキングが趣味なのは、ほんとなんだ。

 それでだよ」


「最初は早希さんの指示通り、みんなに羨ましいと思われるような、爽やかなキャラを演じていたせいかもしれないけど。


 一人で居たあんたが、浅海さんに全く声をかけてなかったのは、ちょっと変かなって思ったんだけど」


「人をケダモノみたいに」

と陸は苦笑いして誤魔化そうとしたが、腕を組んで椅子に背を預けた亮灯は、


「……ケダモノでしょ」

と、今見たものを黙っている代わりにと、自分に迫ってこようとした陸を睨む。


「いやー、浅海ちゃんは、タイプじゃなかったんだよー」


「私たちが来た最初の日、貴方は私たちに話しかけてきて、一緒に話してたけど。


 転がり落ちた死体と載せていた車について訊きたいと志貴に言われた途端に逃げようとした」


「逃げようとはしてないよ。

 自分に関係ないと思ったから、去ろうとしただけだよ」


「でも、貴方の性格なら、首突っ込んでくるところよね」


「……なにが言いたいわけ?」


「陸。

 他にも私に隠してることはない?」


 私たちに、とは言わなかった。


 女好きの陸には、そういう言い方の方が効果があるだろうと思ったからだ。


「貴方が大したことじゃないと思っていることが、本当は大変なことかもしれないのよ。


 またなにか罪を背負い込みたい?」


「じゃあ、言ったら、この間の続き、やらせてくれる?」


「いいわよ。

 貴方が警察にもしょっぴかれず、先生と志貴から許可が取れるのならね」

と言ってやると、


「……他はともかく、志貴さんはちょっと」

と言う。


 さすが、野生に近いだけあり、勘がいい。

 誰が一番ヤバイ人間かわかっているようだった。


「浅海さんの力では、あの死体を動かすのは無理。

 浅海さんに頼まれて、貴方が死体を運んだんじゃないの?」


「なんでそう思うの?」


「他に適任の人が居ないからよ。


 早くに此処から泊まってて、力がありそうで、浅海さんみたいな美人の言うことをホイホイ聞きそうな男は貴方しか居ないわ」


「深鈴ちゃんの言うことも、ホイホイ聞いちゃうけどね」

と言ったあとで、陸は言った。


「死体だなんて知らなかったんだよ。

 白い布に包まれたものを見せられて、これを運んでって言われただけだよ」


「一回、白い糸をたどって行ったことがあったから、簡単に糸を見つけてあそこまで行けたのね」


「まあ、そうかもね」

と陸は否定しない。


「浅海さんが先生じゃなくて、志貴に泣きついたのは、単に、死因が知りたかったかしらね。


 浅海さんが、自分があの干からびた死体を殺したかどうか知りたくて、車に載せたのだとしたら。


 刑事の志貴からの方が死因を聞き出しやすいから」


「うーん。

 違うんじゃない?」


「えっ?」


「珍しく、深鈴ちゃんの推理、違うと思うよ」

「どうして?」


「浅海ちゃんが志貴さんに声をかけたのは、単に、志貴さんが格好いいからだよ。

 女子高生なんて、そんなものだよ」


「そ、そうなの?


 そう?

 そうかもね」


 意外とそんな単純なことなのかもしれない。


 そこは、素直に陸の意見を認める。


 陸はまた、うーん、と唸り、

「それはともかく、浅海ちゃんは、誰かに見つけて調べて欲しくて、あれを載せたってこと?」

と訊いてくる。


「じゃないかな、と思うのよ。

 そして、浅海さんの望み通り、あの死体の死因は、餓死ではないとわかった」


「なるほど。

 知能犯だねー」


 いや、結構、バレバレの作戦だけどね、と思っていた。


「では、あの死体の人を殺したのは誰なのか?


 ホテル内の人間かもしれないと思ったから、浅海さんは誰にも運搬を頼まなかったんじゃないかしら」


 此処は樹海だ。

 気軽なご近所さんなどない。


 疑いをかけられる人間は少ない。


 そして、犯人はもちろん、あの洞穴の存在を知っていたものだ。


 浅海に食事を運ばせていた人間もそう。


「まあ、なんだかわかんないけど。

 浅海ちゃんの無実が証明されたわけだよね。


 よかったね」


 あっさりそう言われ、気が抜けそうになる。


「……うん」

と言ったあとで、


「陸」

と呼びかけた。


「なに?」


「なんで、早希さんが貴方と結婚したがったのかわかったわ」


「へえー、ほんと」

と陸は嬉しそうに言う。


 なにかこう、気が抜けるというか。


 なに言ってんだ、と思うが、その緊張感のなさに、すうっと気が楽になる。


 陸はこちらを見て言った。


「じゃあ、深鈴ちゃんも僕のこと、好きになった?」


「なるわけないじゃないの、ケダモノなのに」

と亮灯は睨んで見せる。


 ちょっと一から考えてみよう、と思いながら、立ち上がり、


「中本さん、ありがとうございました」

と離れていた中本に呼びかける。


 すぐにやってきた彼に、

「この男、もうしょっぴいていいですから。

 なんだったら、強姦罪もつけて」

と言うと、えーっ、なんでーっ、と陸はわめいていた。





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