第21話 童貞卒業


童貞卒業



「ティナです。今日はよろしくお願いしますね。」

「ええ、マジか? めっちゃかわいいやん。ホンマにセックスさせてくれるんか?」

「ああ、でもこれは秘密ですよ。うちのお店、本来本番はNGですから。」

 伏見さんはデリヘル嬢ティナにすっかり興奮した。僕はティナさんに一通りの注意点を説明して「じゃあ、そのあたりをぶらついていますので、何かあったら電話してください。」とだけ言い残して家を出た。いつもなら24時間開けっ放しにしている家の鍵を外側からロックして近所をぶらついた。いつ何が起きて連絡が来るかと不安で不安で気が気ではなかったが、ようやくきた連絡には

《終わりましたよ》

だけで、少し拍子抜けした。まるで自分が過保護の親のような気分だ。

伏見一輝は満足そうな顔をしていた。その顔を見ただけであえて何を聞くまでもなかった。

ティナさんを見送りに玄関まで行き、そこで現金一万九千円を支払った。彼女は黙ってそのお金を一度受け取り、その中から三千円を返してきた。

「これは?」

「追加サービス分よ。」

「え…… でも……」

「今日はその…… 挿入する前に終わったので……」

「あ、ああ、なるほど……」


 その日、伏見さんは童貞を捨ててはいなかった。それでも表情は活き活きとしていて、彼女を呼んだことに後悔はなかった。


 明け方にボランティアを終えた僕は例の家の近所にある居酒屋へと立ち寄った。それほど店内はにぎわっていなかったが、

「どうぞ、ここ、空いてますよ。」

 と、カウンター席でひとり飲みしている女性に声を掛けられた。

「あ、今日はどうもありがとうございましたティナさん。」

 初めのうちはあまり関係のない世間話をしていたが、酒が入ってくると自然、話はそのことに触れてしまった。

「満足してたみたいですよ。」

「そう、それはよかった。それが聞けるからこそこの仕事はヤリガイ(・・・・)があるのよねえ。」

「で、大丈夫だったんですか?」

「色々と思い通りにいかないことはあったけど、たぶん工夫していけばどうにかなるんじゃないかと思った。こっちとしてもいい経験をさせてもらったと感謝したいくらいよ。今回はだいぶ溜まっていたらしくて挿入前に果ててしまったけれど、次の時ははじめのうちに軽く一回抜いておいて、後半もう一回勃たせてした方がいいんじゃないかな。まだ、彼は若いんだし、きっとそのくらいはだいじょうぶ。たぶん崇くんなんかよりもずっとタフだから。ほら、崇くんもヨメナカセ食べなさいよ。」

 ティナさんが自分が注文していたヨメナカセというなの牛の血管をこっちに寄せてくる。

 ふと、周りを見てなんとなく冷たい視線に気づいた。

「あ、あの…… ティナさん。話題を少し変えましょう。」

「あ…… それもそうね。でも、これだけはちゃんと言っておかないと……」

「なんですか?」

「あのね。あなたたちちゃんと彼のチンカス洗ってあげた方がいいと思うわ。アタシ、プレイの前にしっかりと洗ってあげるようにしてるんだけど、彼…… 包皮をむいたらもう、チンカスで真っ白だったわよ。ほら、障害のある人ってどうしても自分で洗えないわけだから周りの人がちゃんと洗ってあげないとダメよ。そのことが原因で病気にだってなるかもしれないでしょ。」

「た…… たしかに…… その件につてはすぐに対応するようにしておくよ…… だから……その…… 周りの視点がちょっと冷たい……」


 伏見さんのチンカスについてはすぐに対応にあたった。最初はみんな少し戸惑ったが、いざ始めてしまえばどうということはなくなった。伏見さんも包皮をむいて洗ってもらう時、非常にうれしそうだった。ただ、及川さんに『よくそこに気付いたわね。』と、言われた時、どうこたえていいか戸惑ってしまった。苦し紛れに僕は、

「いや、僕もよくたまるから……」

 なんて言ってしまったのは正直大失敗だった。『ふーん、そうなの。』と冷たく返した彼女が内心、何を考えていたのかなんて想像したくもない。



 しばらくして伏見さんは改めてまたティナさんを呼びたいと言い出した。

 伏見一輝は二度目のデリヘルで無事童貞を喪失したようだった。伏見さんはこの上ない幸せそうな表情をしていたし、ティナさんも喜んで追加料金を受け取って帰っていった。もはや本人に確認するまでもないだろう。


 それからというもの伏見さんがときどきティナさんを呼ぶようになったのは言うまでもない。

まあ、自分で稼いだ金をどう使おうと勝手なのだが正直月に二度目とは贅沢だ。そしてちょっとうらやましい。

 

 しばらくしたある日、ティナさんと明け方例の居酒屋で飲んでいる時、彼女は、

「アタシ、ボランティアに参加してもいいよ。どうせ昼はヒマしてるし……」


 願ってもいない申し出だった。彼女は父親のケアも経験があるし、おそらくシモの処理だって躊躇しないだろう。すぐにでも戦力になりそうだった。当然お願いすることとなった。


「あ、でもボラの時はアタシのこと〝ティナ〟って呼ぶのはやめてね。それは仕事用の名前だから。本名は〝柚木莉緒〟って言います。だから昼間は莉緒って呼んでくれたらいいから。」





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