第10話 伏見の恋人と革命3


 そんなある日、伏見一輝は間由愛と再会した。


 由愛は一輝と同じ志を持った同士だった。由愛もまた、障害者が恋愛をできる環境を求めていると主張しながら全国を回り、とある講演会で共演することになった。


「久しぶりだね。元気だった?」

「もちろん元気よ。あ、それとも『相変わらずの脳性まひだから元気なわけないじゃない』って言った方が良かったかしら?」

「元気そうで何より。」

「ええ、どうも。」

「それで…… 今日は旦那さんは?」

「あれ? 聞いていないの? もう別れちゃったわよ。」

「聞いていないよ、そんなこと。まったく君は相変わらずだなあ。ボクがいつまでもいつまでも君の動向を気にしてるなんて思っているなんて。」

「それはつよがりね。」

「ちょっとだけね。……それで、どうして旦那さんと別れたの?」

「あなたも相変わらず…… デリカシーがない人。」

「でも、話したいと思っているんじゃないのかな?」

「ちょっとだけね…… あの後ね、アタシ結婚して出産までしたのよ。ちゃんとした元気な子。脳性まひは遺伝しなかったわ。」

「それはおめでとう。」

「……うん、ありがとう……かな? でもね、夫はアタシのヘルパーをしていた若い子と不倫していることがわかったのよ。それが原因で離婚することになったのだけれど、そんな夫にどうしても息子を渡したくはないと訴えたんだけど、『君はこれから先、どうやってこの子を育てていくつもりだ。』と言われて何も言い返せなかったわ。アタシは夫に息子をとられてまた一人ぼっちになった。夫には新しい奥さんを本当の母親だと教えて育ててほしいと言ったわ。だってそうでしょう? 自分の親がこんなだなんて、できることなら知りたくないわ。」

「さみしいか?」

「そりゃあ、まあね。」

「じゃあ、またボクと一緒になる?」

「冗談。あなた、まだアタシに未練タラタラなのね?」

「まさか、単なるあわれみだよ。」

「そうね。アタシももっと素敵な新しい恋人を見つけないと……」

「ああ、お互いにね。」


 それだけの言葉を交わして二人はまたそれぞれの道を歩み続けたという。


 そもそもこの日本という国は世界的に見ても随分と恵まれた国だと言いきれる。しかしそれでも国民の幸福度は極めて低いのだという話をよく聞く。それらは単にこの国の国民が幸福すぎるからだと僕は思う。

 毎日が幸福にあふれているからこそ、その幸福に麻痺しきってしまい、普通程度の幸福を幸福だとは思えなくなっているに過ぎない。


 ―――幸せだから普通の幸せを幸せだと感じることができない。


 ―――何でもできるからこそ、何がしたいのかが見つけられない。


 伏見をはじめとする障害者はできることが少ないからこそ、その中からできることを選ぶ。だから迷うことが少なくて良いのだ。だから彼らの幸福度は我々健常者とたいして変わらない。








*************************************



そこに書かれていた過去はわたしが聞いたことのなかった物語。何度か聞いたことはあったがそのほとんどを教えてくれたことはなかった。ましてや崇くんがこれほどまでに赤裸々な話を聞いていたとは思いもしなかった。

 しかしそれは、崇さんが伏見さんの性の処理をひそかに手伝っていたということもあるだろうけれど、それだけではないと思っている。伏見さんはわたしをはじめ、ヘルパーやボランティアの女性を女として見ていたからなのだろうと思う。



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