第五章 ◆


 ライラが〝さいご〟だと選んだのは、広場の隅にあったベンチだった。遮るものが何もない席こそが、何よりも必要だった。耳を澄ませば、すぐに彼の足音が近づいて来たのだ。

「ライラ」

「さっさと座れ、阿呆」

 息を切らしたレイドがライラの左隣に座る。本当に、何年ぶりにか、男と女は二人きりになった。どちらも、何も語らない。星屑がじれて落っこちそうなくらいに静かだった。

「僕は――」

「――あやまるな」

 レイドが目を見張った。ライラの口元に一筋、血が流れていた。それでも、彼女は笑っている。満足そうに、笑っているのだ。

「あやまるな」

 もう一度言う。レイドは今にも泣き出しそうなほどに顔を歪め、眼球の隙間から血の雫を涙のように流したのだ。二人の身体は徐々に、崩壊しつつあった。何故か? ベルエオが、二人の魂を現世に支えていた存在が消滅したからだ。二人は、ソフィアに殺された。そして、配下になることを条件に命を繋がれた。そして今、二人は徐々に、死につつあった。止めるすべはない。もとより、止めるつもりもない。

「レイドよ。私は、今日と言う日が迎えられて良かった。お前が愛した妹は、あいつのお陰で護られるだろう。ベルエオのような凶者も去った。そして、お前が隣にいる。他に、何も望むものはない」

 ライラがレイドの手を握る。

 レイドがライラの手を握り返す。

 二人は今、やっと答えを得たのだった。

「ライラ。僕は、貴女を愛しています」

 唐突に言うものだから、ライラは目を丸くする。そして、ついつい吹き出してしまったのだ。

「ちょ、ちょっと、何がおかしいんですか? 人が折角、勇気を振り絞ったのに」

「くくく。すまんすまん。だが、とうとう告げてくれる日が来るとはな。ふふふふ。嬉しいよ、レイド。私も、お前を愛している。お前が一緒なら、冥府への旅立ちも恐くはない。地獄の鬼とだって、対峙できるだろうさ」

「そりゃあ、鬼より怖い竜を倒した男に喧嘩を売ったのだから、当然でしょうね」

 一頻り笑い、二人は無言のまま見詰め合う。視界が霞む。音が遠い。匂いを感じない。手が冷たい。

 だから、焦げるほどに胸が熱いのだ。

 二人は、どちらともなく顔を近付ける。まるで、最初から〝そう〟決まっていたかのように、口付けを交わすのだ。

 肩を寄せ合い、瞼を閉じる。馬鹿みたいに眠い。少しだけ、眠ってしまおう。不思議なほどに、苦痛はない。ひょっとすると、今夜の出来事は全て夢ではないのだろうか? もしかしたら、起きたらホテルのベッドかもしれない。『そろそろ起きないと、朝食の時間に間に合いませんよ、ライラ』と、呆れ顔のレイドが起こしてくれるかもしれない。

 あの日のように、星が二人を見下ろしていた。

(それはきっと、素敵、だな――)


 ――手を繋いだまま、二人は愛しく淡い夢を〝みた。


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