第3話
……やつらが、来る。
パイヴァーサルミにある領事館の中で、俺は机に突っ伏すような体勢でそのときを待っていた。
「むー なんかいつものクラエスらしくないよぉ。
なんというか、狩られてきた猫?」
「それを言うなら借りてきた猫だ。
しかも微妙に用法が間違っている」
エディスは俺を励まそうとしているのかもしれないが、あいかわらず的外れな言動にツッコミをいれずにはいられない。
もっとも、やつに"慰め"だの"労わる"という感情が存在するのかも怪しい限りだが。
「クラエス様……ベストのボタンがひとつズレておりますニャ」
「……すまん、ムスタキッサ」
俺が上半身を起こすと、お茶を入れていたムスタキッサからそんな指摘がとんできた。
まったく……俺らしくない。
こんなに落ち着かない気分は、もしかしたら生まれてはじめてかもしれない。
「それにしてもぉ、クラエスにも苦手なものがあるんだねぇ」
「そうだな。 言われてみれば、俺は家族というものが大の苦手だ。
実際、俺の生まれた家なんてひどいもんだぞ? 思い出すだけでエディスの顔が五回は粉砕できる」
「……うわぁ、その例え方だいっきらいー」
俺がそのまま襲い掛かるとでも思ったのか、エディスはあわててムスタキッサの背中に隠れた。
そして、そのムスタキッサのさらに向こう……部屋の入り口にも近いところからは、テレサとアンナの声が聞こえてくる。
「でも、むしろこういう人間らしいところがあったほうが私たちはホッとしますけどね」
「同感だな。 まぁ、ほかに女がいて子供までいるというのはどうしようもなく腹ただしいが」
余計なお世話だ。
お前らの都合なんか知ったことか。
俺が心の中でぼやいたそのとき、リーンと甲高い呼び鈴の音が鳴り響く。
……ぐっ、胃が痛い。
「クラエス様、どうやら客人がいらしたようですニャ」
「そうか……」
俺はかろうじて平静を装うと、その場から立ち上がって客人のいる部屋へと向かうのだった。
会談の場である客室に行くと、そこにはすでに護衛らしきエルフの戦士が並んでいる。
そいつらを視線で押しのけて中に入ると、まだ幼い銀髪のエルフの兄妹が俺を待っていた。
「初めてお目にかかります、父上。
ラウリ・クラエス・アハマヴァーラと申します」
「同じく、ヘリナ・クラエス・アハマヴァーラです」
簡素ではあるが、洗練されたしぐさで二人は俺に一礼してみせる。
ちなみにラウリが息子で、ヘリナが娘だ。
その怜悧な表情は大人びており、まだ七歳だというのにすでに愛らしいというより美しいという言葉が似合ってしまう。
その母親譲りの美貌を抜きにすると……なるほど、その雰囲気はまさに鏡で自分を見ているようだ。
「遠路はるばるようこそ……といいたいが、用件を聞こうか?
ただ肉親に会いたいからという理由では、成人もしていない長の血筋が森の外に出してもらえるはずもあるまい」
悲しいかな、俺の口から出たのはそんな血の通わぬ言葉であった。
生まれて一度も顔を出したことのない薄情な父親としては、彼らから愛されている自信がないのである。
けっして愛情を感じないわけではないが、温かい言葉をかけて拒絶されるのが恐ろしいが故の……言い訳じみた自己防衛のための言葉だ。
そして案の定、ラウリはその幼さに似合わない貼り付けたような笑みを浮かべて大きく頷く。
「さすが父上、ご明察です。
僕とヘリナの役目は、この地で捕獲している病魔の研究とその制御方法ですね」
その言葉に、俺は落胆すると同時に安堵していた。
いろんな意味で言葉通りに受け止めるほどおろかではないが、家族としての会話よりも事務的な話のほうが気楽なのである。
「あのランプについては三年前にしばらく研究していたので、この僕が誰よりも詳しいと自負しています」
……三年前って、お前の歳はいくつだよ。
あぁ、常識はずれではあるが、俺の息子ならありえる話か。
俺の血を引くだけあって、頭のまわりかたがほかのやつとは違うのだろう。
「つまり、ここへは研究にきたと?」
「それだけではありませんが、大きな目的のひとつですね。
早速ですが、話にあったこの地の図書館を利用したいのですが?」
「わかった。 早急に手配をしよう」
別に親子として会話するのでなければ、俺としても特に問題はない。
一抹の寂しさがないといえば嘘になるがな。
だが、そのときである。
「ありがとうございます……これで世界征服にまた一歩……」
「今、何か妙なことを言わなかったか? 世界征服?」
ラウリの口から漏れた不穏な台詞に思わずパシのほうを見ると、奴はあわてて視線をそらした。
「妙? いいえ、何も妙なことなど言ってはおりません。
優れた者が劣ったものを支配するのは当然のことですし。
あぁ、父上もすぐにこんなくだらない役職からは解放してさしあげますよ」
おい、お前ら……俺の息子にどんな教育を施した!?
見回すと、エルフたちは全員が顔を引きつらせたまま、かたくなに俺の顔を見ようとしない。
どうやら、俺の息子はかなり妙な育ち方をしてしまったようである。
子育てに参加してこなかった俺に文句を言う権利はないのだろうが、これはエルフ共を恨まずにはいられなかった。
「ラウリ、お前とは一度親としてじっくり話しをする必要がありそうだな」
「はい、父上! この大陸を己の思うがままに動かしたというその智謀について、ぜひお話をお聞かせください!!」
かくして……我が子からキラキラとした尊敬のまなざしを浴びながら、俺は自らの罪をどう清算すべきかについて、ひたすら頭を悩ませることになったのである。
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