第八章 私はカナリア
第1話
――少し離れた街でおきた激甚災害級の魔獣の襲撃は、英雄の活躍によって無事に収束した。
そんな話が、ケーユカイネンの片田舎にも届く頃。
全ての黒幕である俺は、自分の執務室で優雅にアフタヌーン・ティーを楽しんでいた。
「結局、スパイとしてやってきた人たち全員解放しちゃうんだ?」
茶菓子の食べかすを顔中にくっつけながら話しかけてきたのは、いつもの駄目精霊エディス。
どうやら、俺が間諜を解放するという報告書を書いていたのを横から覗き込んでいたらしい。
「それ以外に何をしろと?
公爵からもあらかじめそれで構わないという言質は貰っている」
かの大騒動の原因は、第一王子の手の者が俺の管理する領地に間諜を潜り込ませたのが原因なのだが、彼らの処遇に関しては公爵からも殺すなとの指示が出ていた。
この件については俺も公爵の意見に賛成である。
「公爵の意向としては、こうだ……。
そもそも、彼らの本業は間諜ではなくて職人だ。
つまり、国の産業を担う財産と見なければならない。
いくら精霊たちのせいで彼らの技術が時代遅れになりつつあったとしても、この国にとってはまだ十分に財産といってよい存在だ」
ゆえに、彼らをくだらない内輪もめによって罪人として処理すれば、国としての力が低下するだけに過ぎない。
「それに、ここからは俺の意向になるが……職人たちの持つ美意識や文化というヤツは、けっして色あせることは無い」
そう、最新技術がすべからく良いとは限らないのである。
特に、俺のような物書きにとってはインスピレーションの源泉にもなりうる、貴重な財産なのだ。
「へー ふーん」
だが、エディスから返ってきたのはおそろしくそっけない。
さてはこいつ、人の話を聞いてない!?
「人に話しをふっておいてその興味なさそうな反応はなんだ、この駄精霊。
机の上に腰をかけてクッキーを齧るな駄精霊。
俺より遥かに年上の癖に、なんという行儀の悪さだ駄精霊。
そもそも、お前の分のクッキーはもう食い終わっただろ」
見れば、奴の皿にはクッキーの食べかすですら残っていなかった。
お前……さてはさらに残った粉まで舐めたな?
なんて
「んふふふ、愚問なのですよぉ、クラエス。
何故クッキーを食べるか?
それはそこにクッキーがあるからなのです!!」
……なんという妄言!?
「まさかとは思うが、それで哲学か何かのつもりか?
あいにくとソレは戯言というのだ」
そう告げながら俺がクッキーの皿を取り上げると、エディスはこの世の終わりのような顔でその皿の行方を目で追い始めた。
「ああっ、あたしのクッキー!?」
なにがあたしの……だ。
最初からお前のじゃないだろ、このいやしんぼめ。
「話を戻すぞ。
開放する以外の処分についてだが、無駄飯喰らいを牢獄で飼うような趣味もないから幽閉など論外だ。
処刑するにも、最近は人権擁護を飯の種にしている宗教家が鬱陶しい。
やつらに目をつけられると、うちの領地のイメージが悪くなる」
そう。 無駄飯喰らいはエディス一匹で十分だし、我が領地は美と癒しをテーマにした観光で成り立っているのだ。
この夢の国の裏側を客に見せても、きっと何もいいことは無い。
「そんな事はどうでもいいから、返してよクッキー! あたしのクッキー!」
「……その言い草は俺に対して極めて失礼だぞ、エディス」
「えー なにー よくわかんなーい! それよりも、クッキー! クッキー!」
「つまり……貴様にはおしおきが必要だということだ」
俺は残っていたクッキーをつまんでエディスの前にちらつかせると、奴が飛びかかろうとした瞬間に引っ込めて、自分の口の中に放り込んだ。
うむ、肉桂の香りが程よい、見事なシナモンクッキーである。
「あぁぁぁぁぁぁ!? く、クッキーが!?」
よし、今だ。
クッキーを失って硬直した瞬間、俺は手を伸ばしてエディスを捕獲した。
「この人でなし! 冷血漢!! 鬼! 悪魔!! 顔面クラッシャー!!」
「パーヴァリさん、ちょっとこの駄目精霊をしばらく遠ざけておいてくれないか?
仕事の邪魔なんだ」
俺は建築担当の地の精霊であるパーヴァリさんを呼ぶと、この邪魔者の処分を押し付け……もとい、相手をしてもらう事にした。
いつもなら頭を握りつぶすところだが、最近は頭を砕いても次はどんな新しい顔になるのかとワクワクされるだけなので意味が無い。
「あきゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
厳つい甲冑を憑坐とする地の精霊は、俺からエディスを受け取ると、そのまま悲鳴を上げる駄目精霊を屋敷の外へと引きずってゆく。
たぶん迷宮でも作ってエディスを脱出ゲームに放り込むんじゃないだろうか?
先日設計図を作っていたしな。
だとしたら、数日は静かに過ごすことができるだろう。
エディスの悲鳴がだんだんと小さくなってゆくのを聞きながら、俺は再びペンを走らせるのであった。
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