第8話
「さぁ、会議を始めようか」
この件にかかわった連中を集めると、俺は今回の計画の内容を説明することにした。
その中には、職人である妖精たちに紛れ込んでいた本物の諜報員の姿もある。
……今回の作戦には、彼らにもおおいに役立ってもらうつもりだ。
むろん諜報員たちはこちらに取り込み済みだし、そもそも第一王子の関与が俺に知られた時点で彼らに帰ることの出来る場所は無い。
今は必死に俺に取り入ろうと考えをめぐらせている最中だろう。
ぜひ俺のために全力を尽くしてくれたまえ。
「この計画でもっとも気をつけなければならないことは、第二王子の派閥に取り込まれることだ」
俺の言葉に、その場の全員が大きくうなずく。
第二王子がアンナを通じて俺を自分の派閥に取り込みたがっていることを知らない奴はこの場にいないはずだ。
自分で言うのも何だが、俺には奴らにとって都合のいい才能があるからな。
自惚れ? だとしても、俺はそう思われるだけの実績を残している。
それゆえに、この場にはムスタキッサは呼んでいない。
奴はアンナの信奉者であり、間接的に第二王子よりの人物だからだ。
「改めて念を押すと、ほぼ名目上になりつつあるとはいえ俺の上司である伯爵は王弟でもある公爵の派閥の一員だ。
それを無視して第二王子の派閥に手を貸せば、俺は即座に代官を首になっても文句は言えない」
とは言っても、それは第一王子の派閥に報復を勝手に行うことも許されない。
本来、このような陰謀劇は公爵あたりが対処すべき内容であり、俺個人がするべきことではないのも重々承知している。
「だからまず、公爵に話を通そう。 第一王子の手の者からちょっかいを掛けられたと知れば、あの化け物も黙ってはいられない。
そして、その上で報復活動を自分に一任してもらえるよう、説得をする」
「なんかぁ、難しいことしようとしているのねぇ」
「愚問だな、エディス。
世の中はすべからく複雑に出来ているのだ。
しかも、際限なくな。
シンプルに考えろなんて言えるのは、よほど無駄を避けることに長けた頭のいい奴か、よほどの馬鹿かのどちらかに過ぎない」
もしくは、疲れ果てて思考を放棄した人間であろうか。
「公爵を説得したら、まず最初に、このケーユカイネンで偶然出来上がった"魔物を引き寄せる香り"が盗まれたという情報を世間にばら撒く。
むろん、その制作方法は俺が全て消去したということにして……だ」
「お言葉だが、そんなものは信じない。 他の計画を考えるべきだ」
それはこちらに寝返った間諜からの言葉だった。
「そう思うだろ?
残念ながら、存在するんだよ、これが」
俺は懐から取り出した真っ黒な液体をちらつかせ、その間諜の顔の前で軽く振る。
十万本に一本といわれる五つ葉のクローバーから取り出したエッセンシャルオイルと、最近数が増えだしたマンドラゴラ、そして毒性の強い黒アザレアの蜜を原料にしたここでしか作れない逸品である。
「……化け物」
おい、ずいぶんと失礼なことを言ってくれるじゃないか。
まぁ、こんなものを作り出すのだからそういわれても仕方が無い部分はあるが……俺が直接作ったわけではないのでどうにも受け入れがたい。
「まぁ、いい。
本来は第二王子に少し加担するつもりだったが、あいにくと奴のことは嫌いでね。
どうせならば第一王子もろとも痛い目にあってもらうことにした」
「いいのぉ? そんなわざわざ敵を作るような真似してぇ」
「最初から奴は敵だ。
この場にムスタキッサを呼んでいない、その意味を考えろ。
で、次の策だが……さしあたって、第二王子の配下の人間に、少々身に余るような武器を与える」
その言葉に、ようやく俺が何をしようとしているかをうっすらと悟ったらしい。
目の前にいる全員の顔がみるみる青ざめてゆく。
「できれば、一人で大量に殺戮できるタイプがいいな。
迫り来る魔物の群れ、誰もが絶望にひしがれたそのとき、一人の英雄が現れる。
……やはり物語とはそうでなくてはならない」
「ク、クラエス……まさか?」
エディスの声は僅かに掠れていた。
「なぁ、エディス。 マッチポンプという言葉を知っているか?」
「知らないけど、少なくともクラエスが悪人だってコトはすごくよくわかった……って、いやぁぁぁぁ久しぶりの顔面砕きは心に来るからやめ……」
余計なことを口走る奴は嫌いだよ。
俺はエディスを物理的に黙らせると、椅子から立ち上がって大きく両腕を広げた。
「……さぁ、心躍るような物語を始めよう」
俺たちの平穏な明日のために。
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