第三章28話:目覚 - from the Past -


 ◆◆◇



 意識が、急激に浮上する。


 暗い海に沈んだかのようだった自分の主観が、一気に日の当たる場所へと引き上げられる感覚。


 それは、誰かに後押しされているかのような、そんな感触で―――




 ◇◇◇





「う、わぁぁぁぁぁあああ!?」



 ―――夢から覚めたフィアー・アーチェリーは、絶叫と共にその身を起き上がらせた。

 目に映るのは、白い天井。



「おわぁ!?」


「え、あ、戻って、きた?」


 そして傍らでフィアーに倒れ込むようにしていたリアはそれに驚愕、起床。

 二人の叫び声は共鳴し、辺りの廊下へと響き渡った。


「どどどどうしたのフィアー!?身体痛い?それとも……あーどうしよ!?」


「あれ、リア……じゃあ、さっきまでのは……」


 ……フィアーは混濁する意識のなか、目をこすり、室内を見渡した。先程まで見ていた数多の光景、そのすべてがまるで無かったかのように、辺りは穏やかその物だ。


 あぁ、思い出した。ここは確か、行き倒れていたトールが運ばれたのと同じ騎士団駐屯所の医務室だ。


 そう気付いたフィアーは次に、シーツやかけぶとんを触ってみる。

 その感触もまた、確かに現実のもの。


 自分は夢から覚め、現実に帰ってきたのだ―――フィアーはそう考えた。


 ……だが首をもたげて産まれるのは、それとはまったく別の考え。


(ただの夢……じゃ絶対にない、あの光景は間違いなく、前にも……)


 あれは幻覚かもしれない。だが、絶対に過去にあった出来事。

 フィアーにはそんな謎の確信めいたものがあった。その判断をさせたのは、自分の奥底にそんな過去の残滓が、いまだ刻まれているからなのかもしれない。


「とにかく、お医者さん呼んでくるから!無理せず横になっててね、絶対だよ!」


 怪訝な顔で考え染むフィアー。それを尻目に、リアは小走りで人を呼びに外へ駆けていく。


 ―――その姿は、幻覚のなかの『妹』と、いやに重なってみえて。


「……っ、うん……」


 それをただ、見送るフィアー。


 リアが去った後。

 医務室のなかは、落ち着かないまでの静謐が支配する。


 フィアーはそんな誰もいない空間のなかで、頭を抑えつつ夢の、過去の記憶のなかの出来事を可能な限り反芻する。


「……ッ」


 朧気ながらも、浮かび上がる記憶。

 しかしその抽出には、いちいち鋭い頭痛を伴うようで、フィアーは頭を抱えながら考えこむ。


「そうだ、あのマギアメイルに、乗って―――」


 ―――そうだ、確かに自分は戦っていた。

 この世界とは全く違う場所……おそらくは、水晶界ではない世界。そのような光景を見たことは、今までの夢ではなかった……はずだ。

 こんな夢を見るなんてもしかしたら、自分は記憶を取り戻しかけているのかもしれない。そんな風にも思えた。


 だが、夢のおかしな点はそれだけではなかった。

 途中途中で何か、よく聞き覚えがあるような声が頭に響いていたことだ。


 あれは記憶のなかの会話ではないように思える。

 過去に夢で出会った「ヴィオレ」と名乗るあの女性の声ともまったく違う男性の声。

 誰かに脳へと介入されたかのように脳裏に響いたあの声。あれは一体なんの……いや誰の、声だったのか。


「……でも、はっきりした」


 多々の疑問が浮かぶが、それだけではなかった。

 解決した疑問……疑惑もあったのだ。


 自分が「魔龍戦役」と呼ばれた戦いで、どうしてああも戦えたのか。

 自分自身はマギアメイルになど乗ったこともないのに、直感で動かし方が分かったことがずっと疑問だったのだ。だが、その答えは至ってシンプル。


 ……記憶を喪う前も、鎧で魔物と戦っていたから。


 それはただ、それだけのことだったのである。

 ある種、腑に落ちた部分はあった。初めて魔物をみたとき、皆が「まもの」と呼ぶ存在を、自分はどうして「モンスター」と読んでいたのか。


 きっと、それも記憶を失う前に覚えていた名詞だったのだ。

 自分は「外」の世界でも鎧に乗って、化物を狩っていた。ただそれだけ。


 ―――それがどうしてこの世界に来ることになったのか。


「……」


 一息ついたフィアーは真実への糸口を探るため、更に深くにまで記憶を掘り起こそうとする。

 時間をおけば、また靄がかかったように引き出せなくなってしまう気がしたからだ。

 僅かでも切れ端が掴めたのなら、いけるところまでは手繰り寄せたい。そう思った。


 無意識のなかで意識を暗転させた瞬間の、あの情景。

 そして、あの言葉。


 <キミはこれから英雄になるんだ。あの大地に、最初に調査に赴いた偉大な英雄だ!>


 ……それ以上は、どう頭を捻っても思い出せない。

 いくら頭を抑えたところで、映るものなんて視界にちらつく日付と時間の表示くらいのものだ。


 とにかく、今回夢で得た知見こそ過去の自身を紐解く鍵だ。

 指針は改めて定まった。トゥルース遺跡へと向かい、この断片を必ずや繋ぎ合わせて自分自身を取り戻す。

 それがきっと、自分がこの世界で果たすべき役割の、その

 彼はそう改めて決意すると、一息つく。

 自棄に身体が疲れている。ずっとウンウン唸っていたのだから、そのせいかとも考えたが。


「……あれ?」


 だが、そこまできてようやく思い至ったのは記憶や夢とは別の疑問だ。


「そもそも、ボクはなんで……」


 ―――なんで、自分は医務室なんかに運び込まれているのか。

 そうだ、過去も大事だが、トゥルース遺跡にいけばどのみち活路が開ける。むしろ今大事なのは直近で、何が起きたのかではないのか。

 リア達のことだって心配だ、反乱軍の攻撃は、トールはどうなったのか。


 フィアーは生まれた多数の疑問を解決するため、今度は喪う前の意識、その記憶を思い起こす。



 ―――突如巻き起こったワルキアへの反乱軍の襲来。

 そんななか自分は避難誘導をしつつ、借り物の民間用マギアメイルで宿屋の娘レイナの救出へと向かったのだ。


 だが、襲い来たマギアメイルを一機を仕留めたのちに、もう一機に撃墜され、満身創痍に。


 ……そして、エンジの造った新型のマギアメイルに搭乗して、出撃した。


 そうだ、そこまでは確かだ。 起動したマギアメイル『異訪者ストレンジャー』で、突撃して、一機のマギアメイルに掴みかかって。

 

 そのあと……その後は。


「……あれ?」


 その後は、どうしたのだったか。

 ……まさか、そこで倒れたというのか?


「えぇ……」


 だとしたら、あまりにも情けない。

 あれだけ勇んで出撃して、すぐに気絶して他の人に助けてもらっただなんて。


 ため息と共に頭を抱えるフィアー。

 そんな落胆を振り払おうと、不意に腕など至るところにに取り付けられた魔道具に意識を向ける。


 フィアーの知識によるところの、点滴に近い処置。

 パックに詰められていた液体が鮮やかな緑であることから、なにか薬品の類いであることがわかる。


 そして彼の目に次に映ったのは、指がすっぽり収まりそうなくぼみとボタンが取り付けられた、四角い箱。


(……なんだろ、これ)


 フィアーはふと、好奇心に襲われてそれに指を近づける。


 人間、ボタンがあれば押したくなるのは世界共通の真理だろう。

 なに、病床の近くに置いてあるものだし、危険はそうはあるまい。

 胸のうちのこのもやもやした気持ちを晴らすには、自身の好奇心を満たす他にはないのだ。


 そうしてフィアーは、その機器へと指を翳す。


 ―――しばしの、沈黙。

 魔道具は静かに発光するが、そこから数秒間、一切の音沙汰はなかった。


(どうせ、なにも起きない)


 ……好奇心に駆られて押してはみたが、結果などわかっている。

 魔道具は、魔力によって起動するのだ。


 そして自分には魔力というものが一切ない。結局のところ、起動させることなんてできない―――





 <魔力感知:起動>


「え……!?」


 起動、した。

 しかもなんといった?魔力を感知、自分から?


 フィアーは自分の行動の結果を、信じられないといった様子で見守る。

 一体、自分の身になにが起きているのか。もしかしたら、あの機体に乗ったことで?



 そんな困惑に襲われている最中も、魔道具は不気味に起動を続ける。


 ―――そして、ついにその「結果」を弾き出す。





 <魔力検査結果:規定値以上の汚染を確認>


 <浄化措置推奨>




「……なんなんだ、これ」


 汚染?それは、確か魔物の魔力の―――





「フィアー、入るよ!」


 ―――扉の外から聞こえる、リアの声。


 フィアーは慌てて、つい魔道具のボタンをもう一度押す。

 すると幸いにも現れていた表示はリセットされて、元通りのなにも表示されていない状態の魔道具へとその姿を戻していた。


「……あ、えっと、うん」


 それを確認すると、汗を拭いフィアーは答える。


 すると扉が開き、二人の人物が部屋に入室してくる。

 一人は当然リア。そしてもう一人は看護婦めいた服装の女性で、おそらく医師なのだろうとフィアーには分かった。


「だいじょうぶ?起き上がって……」


「あ、あぁ……うん、だいじょうぶだよリア」


 ……なんとか、平静を保とうとする。

 表情にはでなくても、動揺は挙動や心拍から伝わってしまう。特にリアとはそこそこに長く、親密な仲だ。本気で隠し通さなければすぐに見抜かれてしまう。


「では、検査しますねー……あぁ、でもフィアーさんは魔力がないんでしたっけ、魔力検査は不要ですかね?」


 看護婦の女性はフィアーの傍ら、先程彼が押したボタンのついた四角い魔道具へと手を伸ばす。


「うーん、でも念のため……」


「―――いや」




「大丈夫、ないものを検査しても仕方がないし」


 結果を知っているフィアーは、それを断固として拒絶する。

 ……勿論、眠っている間に検査された可能性はある。だが、もしされていたとしたら、魔力が汚染されてるなんていう人物をこんな普通の医務室に置いておくだろうか。


 その拒絶は、そんな直感からのことだった。


「……そう?でもあれだけの魔力を浴びたんだし、もしかしたらって……」


「心配してくれありがと、リア。……でも、本当に大丈夫なんだ」


「……」


 リアはなにかを言いたげにしていたが、それを飲み込むようにして頷き、席を立つ。


「……わかった、じゃあわたし外で待ってるね!終わったらテミスに呼ばれてるから、一緒にいこ?」


「あ、身体が大丈夫そうなら、だけど……」




「ううん、大丈夫。むしろずっと寝てたからか身体がバキバキで、少し動きたいくらいだから……いて」


 フィアーは肩を回して健在ぶりをアピールする。

 ……鈍い痛みが響く。何日寝たきりになっていたのかはわからないが、関節があまりにもこっている。


「では、検査始めますねー」


「はい」



 そうして、検査が始まった。


 幸いにも魔力の検査はされず、血液や脈拍などの処置を終えると、軽い問診。

 それも終えると、「また数日後に改めて問診を」との言伝とともに開放されることとなったのであった。


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