第四章27話:離別 - Disjoining -


 ◆◆◆


 そこは、赤鳳騎士団の艦「アティネ」の食堂だった。


 村近辺へと停泊中に突如として巻き起こった戦闘。

 そのなかで、民間人であるリア・アーチェリーには事情も知らさぬままに、艦の騎士達は一様に警戒態勢に入った。


 だがこの慌ただしさに、マギアメイルが出撃したともなればリアも事情を察することはできる。

 きっと……反乱軍と騎士団の戦争がまた始まったのだ、と。


 ……フィアー達は近隣の村へと使節にいった。

 当然、このことと無関係ではないはず。

 そして彼の性格上、身近で戦闘が起きれば「誰かを助けたい」という思いに駆られることは、想像に難くなかった。


 フィアーは、優しい人だから。

 周りが苦しんでいるのに、自分が何もできないことに、耐えられない義弟だから。


 そんな彼が、わたしは。


「みんな、戦ってるんだ。フィアーも、グレアさんも、エルザさんたちも……」


 それに比べて、自分の役立たずなことったらない。

 単なる運送屋。マギアメイルには武装のひとつもなくて、安全なときに物を運ぶしかできない。

 あるいは「運送屋」で敵のマギアメイルに蹴りを見舞うくらいはできるかもしれないが……他の軍のマギアメイルを差し置いて、戦力になるか怪しい自分を出せなどとは、口が避けても言えない。


 ……フィアーみたいに、すごいひとじゃないのだから。


 でも。

 だからこそ、彼女は食堂にきたのだ。

 自分との約束と、直面した事態との間で葛藤しているであろう、フィアーの為。

 自分が何をできるか……それを、考えて。


「だから、せめてこれくらいは」


 そう誰にともなくつぶやきつつ、リアは炊いてあった米を握る。


 ……「オニギリ」。

 ワルキアでも生育されている穀物を炊いたものを、手で握り形を整えたものだ。

 以前に朝食としてフィアーに出した際、なかなかに評判がよかったメニュー。


 戦いから帰ってきたら、彼にこれを食べてもらおう。

 疲れた身体にはやっぱり、すぐ食べれる美味しいものが一番。


「―――出来た!あとは保温庫にいれて……そう だ!」


 そしてリアはふと、紙とペンを手に取る。

 これが発見されるとき、自分が同席してるとは限らないし……なにより、他の人が作ったと勘違いされるかもしれない。

 恩を着せようなんて思わないけど、やっぱり気持ちは伝わって欲しいという欲はある。


 だから一言、メッセージを添える。

 心からの感謝と、自身の名前を記して。


 そしてリアはしたためた張り紙を皿の手前にそっと置く。

 これをみたら、皆はどんな反応をするだろう。

 できたら……笑顔が見られると嬉しい。

 そんな思いと共に、リアは拝むように手を合わせ、そして願った。


「フィアー、みんな……どうか、無事で―――」


 だが。

 ちょうどその時、リアの背中。

 食堂の入り口から、軍靴のような足音が響く。

 誰かが見回りに来た?戦闘中で、皆が皆手一杯な様子だったのに?

 そのことに違和を抱いて、リアが振り向こうとした瞬間。


「―――!?」


 彼女の視界が、真っ暗になる。

 口も開かない。声を上げることも構わず……徐々に意識が、暗転する。


 だがそのなかで、聴力だけは最後の瞬間まではっきりとしていて。


「……目標、確保した」

「―――!、――――――」


「悪くは思わないでくれ、リア・アーチェリー。これも全てエレボス様の……」


 男の声。

 それが真っ暗で、潰えそうないしきのなかに、ひびいて。


「―――貴方の、■■の命令なのだから」



 ―――その言葉を聞き終えるのと同時に、彼女の意識は暗黒のなかに埋没した。




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