第二章29話:蒼空 - Freed Sky -
―――マキエルが、食べられた。
その事実に、誰もが唖然とし事態を認識するのに時間を要した。
特に「ヘパイストス」の艦橋にいた面々にとっては特に衝撃の事実だ。
先刻まで直ぐ側に居た者が、突如逃げ出した上に還らぬ人となったなど、到底承服しかねる話だ。
―――そして誰もが驚きと悲しみに染まる中、そんな中でも一番激昂し、涙を流す少年が居た。
『―――テメェ!!!』
突如として格納庫の外から大きな声が響く。
拡声術式で発されたその怒号は、グレアのものだ。
見ると『
その手には巨大な錨。それを直ぐ振り下ろせるよう、肩に掛けながら機体を前進させている。
その声色は怒鳴り声に等しいものだ。
中にいる彼が怒りに打ち震えていることが、誰にもすぐにわかるほどにその声は強い怒気を孕んでいた。
―――大切な仲間の命を奪ったものを、赦せはしない。
そんな強い意思が、グレアを突き動かしていた。
『副団長を―――マキエルを、吐き出せェッ!!!!!』
刹那、尾による猛攻をくぐり抜けた『
それを受け、少し吹き飛ばされた魔蠍は直ぐ様その体勢を立て直し、修復された方の巨大な爪から煌々と燃え盛る火球を放射した。
『こ、のォ!』
それを間一髪で避けた『
『てめェだけは必ず潰す……!』
吹き荒ぶ暴風のなか、背部からの魔力放出により強引に姿勢を制御し、グレアは魔蠍との一定の距離を維持し続けた。
だが、その状態は魔蠍にとっては格好の的だ。
実質として動きを止めている状態の『
『くそっ……!』
そのことに気付いたグレアであったが、今さら回避などできはしない。
ここで中途半端に魔力放出を停止させてしまっては、暴風に煽られて横転、それこそ奴の格好の餌食となってしまう。
グレアが現在の姿勢を維持する決断をした、その瞬間。
―――蠍の尾針に、魔力弾が直撃した。
それを受け、魔蠍は目前のグレアから目を離し、自身に危害を加えてきたその対象へと標的を移す。
『―――!』
発砲し、魔蠍のターゲットとなったのはフィアーの『
魔力の抽出が完了し空となったカートリッジが煙と共に排出される。
『―――グレアさん、エメラダさん、左右から挟み撃って、あいつの脚を止めて!』
フィアーは銃に次弾を装填しながら、五体満足な『
『アイツは俺が潰す……!』
グレアはその指示に対して、特に返答はしなかった。
だが、右側面から回り込むように相手に接近していったことから、話を完全に聞いていないわけではないことはフィアーにはすぐに分かった。
『ほんと、周りのことが直ぐに見えなくなるんだから、男の子は!』
エメラダは口をこぼしながら、それに合わせるように左側からの接近を試みる。
『俺も……!』
そんな中ただ一機、指示を受けなかった機体がいた。
『
その半身は大きく損傷し、およそ戦闘が続行できるような状態ではないことは誰が見ても明らかだった。
『シュベアさんは船の近くで待機を―――』
『だが!』
そんなことは分かっている、とばかりにシュベアは反論しようとする。
『でも、今のその機体じゃ……』
フィアーのその言葉は正論以外の何物でもない。
マギアメイルとしての機能すら失いかけているような状態で戦闘に参加したところで、足手まといになるということはシュベアが一番分かっている。
『……!』
それでも尚、シュベアは戦場に赴くことを譲れなかった。
彼の胸のうちに眠る執念が、それを決して許しはしない。
―――今度こそ、彼女を守らなければ。
だが彼がそう考え、強引に機体を魔蠍の元へと向けようとした矢先、操縦席に通信が入る。
『シュベア、貴方の代わりにあたしが行ってくるからぁ、おとなしく待ってなさい!』
その声の主は、シュベアのよく知る人物だ。
『エメラダ……』
エメラダ・ゲヴェーア。この数年間、共に戦場を駆けた女性。
彼女はシュベアと出会った時から全く変わらない。
男好きの戦闘狂で、誰に対しても扇情的な言葉を選んで挑発するような言葉を向ける。
正直、シュベアの好むようなタイプの人間ではない。
そんな彼女であったが、戦闘の腕は確か。シュベアもそこだけは買っており、背中を預けられる存在であるとは認識していた。
長い戦いの中で共に背中を預け合う中で、シュベアに心境の変化があったこともまた、事実だ。
だが頭のネジの飛んだ彼女のことだ、シュベアがそう思っていたとしても、相互理解は永久に不可能―――そう、思っていた。
『だいじょうぶ。貴方は、ここであの子を護ってあげて。大事な人なんでしょう?』
だが、今はどうだ。
その声は、これまでの彼女の飄々とした姿からは想像もできないほどに、優しさを秘めていた。
それはまるで以前から、自身の身を案じてくれていたかのような―――
『……』
『
エメラダが自身のことをどれだけ大事に思ってくれているのか、シュベアは今、誰よりも強く理解した。
しかも彼女は自分だけでなく、自分が守ろうとしているテミスの身まで案じてくれているのだ。
『―――分かった』
そんな彼女の言葉を無視することは、シュベアには出来なかった。
―――『
その去り際に、シュベアは一言呟いた。
『……すまん少年、任せた』
その言葉に、フィアーは大きく頷く。
『―――あぁ!』
シュベアへの合図と共に、フィアーは武器の残数を確認した後に改めて、眼前の魔蠍の姿を見据える。
先程までの戦闘で、随分と特殊弾を消耗した。
残る弾は三つ。それを撃ち尽くしてしまえば、後は手持ちのコンバットナイフしか武装はない。
『……』
『
3機が動けなくなるのも時間の問題。
―――つまりは次が、正真正銘最後のチャンスだ。
『……さぁ、行こう!』
フィアーは自分に発破をかけるように、声をあげる。
―――狙うは魔蠍、そのコアだ。
なんとか動きさえ止められれば、後はコアを砕くだけでこの戦いは終結する。
照準を、術式を使用せずに正確に合わせる。
何故照準術式を使わずにそうしたのか、フィアー自身にも分からない。
強いていうならば、これが最も楽に当てる方法だと直感したからだ。
―――まるでこのやり方に慣れてるかのように。
そうしてフィアーは相手の動きを予測し、相手がその足を動かすであろう地点へと―――
『喰らえッ!』
銃弾を放つ。
その弾は真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに蠍のコアへと直進し続ける。
魔蠍はそれを防ごうと、巨大な爪にてその身体を守ろうとした。
そしてその爪へと弾丸が着弾するその瞬間。
弾丸から一筋の閃光が走った。
《!????》
その閃光と共に、落雷のような音が辺りに響き渡る。
そう、これこそ
その名も「電流弾」だ。
それを不意に喰らってしまった魔蠍は、まるで身体に電流が走ったかのようにその身体を震わす。
《!!!!!!》
そして鋏と尻尾を明後日の方向へと振り回し、暴れるようにしてその場で横転する。
『右は私が捕らえるから、少年くんは左を!』
その隙を見逃さず、『
今の状態ならば、尻尾に狙い穿たれる心配もない。手足を拘束してしまえば、あとはコアに集中攻撃をかけるだけだ。
『俺に命令すんなッ!……アイツだけは、ぜってぇに潰す……!』
通信を受けたグレアはそう言いつつも、
エメラダの伝えた作戦通りに左側面へと回り込む。
そして、目前に迫る魔蠍の巨大な脚を前に、手にした巨錨を大きく振りかぶり叫ぶ。
『破砕術式展開、「オケアノス」、最大出力ッ!』
その言葉と共に、『
それと共に「オケアノス」の先端部分が変形。魔力で形作られた巨大な刃が展開される。
そして加速する『
『その脚、貰ったァッ!!!!』
その刃を、突き刺すように振り下ろした。
《!???!???》
蠍の脚が、大地に縫い止められる。
なんとかそれから脱出しようとする魔蠍であったが、いくら暴れようとしてもそれが抜けることはない。
だがそれでも魔蠍は暴れることをやめない。
そうして右の巨大な爪で錨を引き抜こうとした時、明後日の方角から声が響く。
『―――「アリアドネ」、展開』
その声はエメラダのものだ。
そしてその音声を認識すると共に、『
展開されたのは、蠍の尾のような武装ユニット「アリアドネ」だ。
そしてその尾は、一節毎に機体からパージされ、地面に散らばった。
『縫い止めるわよ、『
瞬間、地面に落着した尾型パーツの節より、緑色の光の線が走る。
その光の線は各パーツを、まるで糸のように繋いでゆく。そして全てのパーツが接続されたその時、その光の糸は指向性を獲得し、魔蠍の元へと超スピードで急接近してゆく。
蠍の右手に、光糸が巻き付く。
右鋏を拘束し終えた糸は、次に足、次に胴体と魔蠍の身体を縫い合わせ、拘束した。
『少年くん、今ぁ!』
エメラダの声に、フィアーは改めてその銃口を魔蠍へと向ける。
装填したのは先程放ったのと同じ「電流弾」。
だが、その攻撃の意味合いは大きく異なる。
そもそもこの電流弾という弾丸の強力さのその理由は単純、「大規模な術式を搭載した弾」であるためだ。
当然その発動には多量の魔力を必要とする。
弾丸サイズに充填された魔力だけでは到底足りるはずもないのだ。
その為この電流弾は、弾に充填されている魔力とは別に、「操縦者の魔力を必要とする」のだ。
「……」
だが、フィアーの身体には魔力はない。ならばどうやって先程の効果を発現させたのか。
答えは簡単、「既に貯蔵されている魔力を消費した」、だ。
そう、マギアエンジンに貯蔵されている循環用の魔力、それを強引に償却することによって、弾丸の効果の発露を実現させたのだ。
―――だがそれにも限界がある。
マギアエンジンは魔力を絶え間なく循環させることで稼働し続ける事実上の永久機関。
だが循環する魔力そのものがなければもはや機体の駆動も儘ならなくなる。
ましてや既に一発使用している状態だ、既に魔力は底を尽きかけているも同然。
―――つまりは、これを撃てば『
もしこれで、魔蠍を倒しきれなかったら。
「……」
フィアーの脳裏に一瞬、不吉なビジョンが映る。
動けなくなった自機。
身動きのとれないなか周りの仲間達が魔物に喰われてゆく光景。
いつ、見た光景なのか。フィアーには分からない。
頭が割れるように痛む。
諦めろと、誰かの声が脳裏で永遠にリフレインする。
―――だがここで撃たなければ、きっとまた後悔をする。
決断をしなければ守るものも守れない。
混濁する意識のなか、フィアーはそれでも決断する。
そしてもう二度と後悔をしない為、そして皆を守る為にその引き金を引いた。
『発、射……!』
銃口から、一発の弾丸が発射される。
その瞬間に機体は機能を停止。機体のモニタすらも何も写らなくなり、操縦席は暗闇に包まれる。
フィアーはグレアとエメラダを信じ、その瞳を瞑る。
「今度こそは、きっと―――」
どうか自身の放った弾丸が今度こそ、閉塞を打ち破る楔となりますように―――
そんな思いと共に、フィアーの意識はブラックアウトした。
◇◇◇
金色の弾丸が、『
その軌道は正しく正確。一直線に目標へと風を切って突き進む。
それに気付いた魔蠍であったが、回避しようにも『
そんな魔蠍には、巨大な鋏でコアを庇うことが精一杯だった。
―――そして弾は魔蠍の脳天を直撃した。
《!?!?!?!?!?!!!?》
鮮烈に発される稲光が、魔蠍の身体を循環する。
体内にまで走ったその電流は、その身体を絶え間なく焼き続け、ついに魔蠍はその動きを止めた。
仰向けに転がり、コアを庇っていた鋏からも力が抜ける。
『!』
その一瞬を、エメラダは見逃さない。
力の抜けた鋏を「アリアドネ」で拘束し、強引に動かすことでコアを露出させた。
そのことに気付いたグレアは、直ぐ様声を上げる。
『俺が止めを刺すッ!』
その言葉と共に、『
眼前には紫紺の宝石が埋め込まれた蠍の胸部。
それを前にして、グレアは怒りを露にし、全身から魔力を放出する。
『マキエルを殺したテメェには、アイツと同じ処に逝ってもらう……ッ!』
その言葉と共に、グレアの全魔力が『
―――それは拳だ。『
その瞬間、魔蠍の脚に突き刺さったままの錨の中で破砕術式が起動。その効果が全て、『
『俺の拳、喰らいやがれェッ!!!!!』
グレアの全魔力を込めた渾身の拳が、魔蠍の宝玉へと直撃する。
その怒りに満ちた拳は、ゆっくりと、しかし確実にその美しい宝石の体表を貫く。
そしてその手首まで拳が沈みこんだ瞬間、黒く染まる宝石状の器官は無惨にも崩壊、辺りへと砕け散った。
―――その瞬間、辺りが明るい光に染まる。
辺りを覆っていた砂塵が吹き飛び、暗かった空には宝石と同じようにヒビが入っていく。
そして砕け散った破片のその先、そこに映った空はどこまでも澄みきった鮮やかな蒼色だ。
そして辺りには晴れた空、昼光に照らされた砂漠の風景が広がった。
『やった、のか……』
『やっぱり、あいつがあの空間を……』
誰もが、薄暗い閉塞とした空間から解放されたことに安堵を覚える。
『待って、そいつまだ!』
『!?』
瞬間、死したかと思われた蠍の身体の一部分、槍が如き鋭い尾針。
その最後の一刺が、無情に放たれる。
『
三機のマギアメイルは戦闘での損傷、そして魔力の消耗から、行動をすることが出来なかった。
発射を止めることが出来なかったのだ。
―――鋭き尾槍は恐るべき速度で、「ヘパイストス」へとただ突き進む。
死に体の蠍による、執念の攻撃。そこに込められているのは、ただただヒトへの殺意のみだ。
怠惰なる怨念の結実が、ついに船を貫く。
―――そのはずだった。
『――
最後の一撃と砂航船「ヘパイストス」、その間に翠色の隻腕の鎧が割って入る。
超過展開した強化術式によってその硬度を増した装甲に、ついにその一撃は着弾した。
『ぐ、うう…………ッ!!!!』
ゆっくり、ゆっくりと、装甲の体表が火花を散らせながら削り取られる。
胴体部分でその攻撃を受けた『
「シュベアおにいちゃん!?」
「ヘパイストス」の格納庫より、テミスの声が響く。
『―――今度こそ、護ると誓った……!』
「―――!」
それと同時に、死骸と化した魔蠍の甲殻が、徐々に紫光の粒子へと分解され始める。
当然放たれた尾も、それに伴って粒子化を始めた、が。
その攻撃の勢いは、消滅するその瞬間まで衰えることはなかった。
―――『
操縦席を保護する胸部装甲も、もはや限界だ。
「おにいちゃん!」
魔蠍の胴体が完全に消滅し、尾も既に先端部を残すばかり。
『あぁ、やっと―――』
シュベアがそう呟いたその時、ついに魔蠍が消滅した。
―――だが完全に光と消えるその瞬間、その最後の瞬くような瞬間に、その攻撃は装甲を貫通した。
そして『
―――広大な砂漠に、爆音の残響が響き渡る。
魔力爆発と共に、機体の四肢が辺りに落下する。
そして脇腹付近を深く、深くまで削られ、ついには操縦席の露出した『蛮騎士』の胴体も砂上へと無惨に転がった。
「そんな、そんな……!」
その壮絶な光景を目の当たりにしたテミスは、思わず崩れ落ちるようにして、地面にへたりこんでしまった。
その目は悲しみに塗れ、空のように透き通った蒼色に煌めいている。
そして少女は、ゆっくり、ゆっくりと、瓦礫と見紛うばかりに損傷したマギアメイルの傍らへと、その足を進めていくのだった。
―――こうしてここに、デリング大砂漠における不可思議な空間閉鎖事件、そしてワルキア皇女誘拐事件は、一見の落着をみた。
◇◇◇
操縦席で意識を喪いかけていたシュベアは、眠りにつく最後の瞬間、一つの光景を見る。
「――――!」
それは、少女の泣き声だ。
自分の傍らに少女が寄り添い、涙を流してこちらに呼び掛けている。
―――あぁ、今度こそ守り抜けた―――
―――人々は確かに刻んだ。自らの内に溜め込んだ怨念に、ついに復讐を成し遂げた一人の騎士の姿を。
そして彼も、その姿、その光景を深く魂に刻み込んだことだろう。
誰よりも深く恨み続け、そして誰よりも大切に思っていた、復讐相手の皇女の涙を。
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