4.かわいい花嫁さん
「はい」
呼び鈴を数回鳴らして、漸く玄関が開いた。現れたのは、怜悧を宿した双眸の長身の男だった。
「アンリ・スタンフォードです。これからお世話になります」
「ああ、君が…」
男は頭にリスをのせた小柄な少女を見下ろし、呆気にとられた。このチビで華奢な童顔娘が花嫁候補だと?見た目と年齢のギャップがありすぎる。これで十八とは。せめてヒール靴でも履けばいいのに。彼女の漆黒の瞳と髪は、東洋人を思わせるものがあった。
しかし、リスが一緒とは考えもしなかった。届いた荷物にあった空の檻は、こいつのだったのか。それにしても……。
「プッ」
リス似の少女がリスを連れている光景に、吹いたディックは、慌てて咳払いでごまかした。こんな少女を送り込んでくるとは、あのタヌキ親爺は嫌味な性格をしている。
「ディック・ジェイスです、よろしく。…待たせて悪かったね。客が来ているもので」
得意の営業スマイルで、少女を招き入れた。
ディック・ジェイスを見た瞬間、世間一般で言う「いい男」の分類に入ることは、アンリでも判断がついた。アッシュブラウンの髪は短く整えられ、だらしなさがなく、洗練された大人といえる。おまけに背が高い。一八〇センチ以上あるかしら。外に出たら女性たちが放っておかないだろう。この人が自分に手を出す確率は〇と断言できる。自己安心したアンリは、美男(イケメン)に釘付けになっているリグル二世と玄関ホールに入った。
一階エリアの簡単な説明を受けたアンリは、上階へ誘導する男の背中を追った。二階は大雑把に、探偵事務所、居間、プライベートルームに仕切られているという。
「この階までは、人の出入りがあるけど、大丈夫?」
「あっ、はい、大丈夫です」
後ほど丁寧に、全階案内してくれるとのこと。一気に三階の踊り場まで上がった。ディックは右廊下一番目の西部屋の前で止まった。
「ここが君の部屋になる」
室内には既に家具が配置され、バイブリーから送った荷物の山も運び込まれていた。
「親爺の見立てだから気に入らないかもしれないけど」
「すごい」
嘗て貴婦人が愛用していたような書き物机、メルヘンチックなデザインの壁時計、シシリー・バーカーの妖精画、ベッドテーブル上の丸みを帯びたキノコ型ランプ、クラシカルな鏡台など、その部屋は少女にとって理想の品で飾られていた。
「素敵、とっても素敵。…前の部屋より断然素敵です」
アンリのキラキラした表情を目にしたディックは、何とも言えぬ温かい不思議な感覚に包まれた。数秒後、彼女に名前を呼ばれ、我に返った探偵は「事務所にいるから、何かあったら呼んで」と告げ、退散した。客人が待つ事務所へ足を速める中、ディックはアンリに魅入ってしまったことに戸惑いを感じていた。久々に人の純粋な笑顔を目にしたから、珍しく見えただけだろう。そう心に訴えるが、事実上の失態に溜息がこぼれ落ちた。それにしても、あの親爺に若者心を掴むセンスがあったとは意外だ。
ディック・ジェイスが去ってしまうと、アンリはベッドで大の字になった。父親の口から、ディック・ジェイスの名が出た時から、既聴感(きちょうかん)を抱いている。なんで私、あの人を知っている気がするんだろう。
「ふはぁー」
今になって新生活への実感が湧いてきた。
「始まったね、リグル。……あれ、リグル?……どこ?」
アンリは、視界から消えたリグル二世に関しては今は問題にせず、父親に到着報告のメールを送った。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
スマホからドラマ『シャーロック』の着メロが流れてきた。父親からの電話であった。
「アン、無事着いたか。…ディックくんに挨拶させてくれないか」
「訪問客が来ているみたいだから、今は代われない」
「なら、またにするよ。…どうだ、うまくやっていけそうか?」
「ここに着いて、まだ半時間も経っていないのよ。そっちこそ、テオンとはどうなのよ。――そうだパパ、…私とディックさん、前に会ったことある?」
「なんだ突然?」
「名前に聞き覚えがあるような気がするの」
「パパが知る限り、一度もないはずだ。父親のアルフレッドとはあるがね。ママの葬儀の時、お前にアメをくれたおじさんだ。ケビン・コスナー似の、覚えていないか?」
もらったのは覚えているが、あの時は涙で視界が滲んでいたから顔までは。
「手紙は渡してくれたか」
「まだ」
「大事な手紙だから、早く渡すんだぞ。アン、盗み見るなよ」
「この封筒に機密情報が入っていると?」
「よく見破った、さすが我が愛娘。…分かったら、ちゃんと」
「心配しないで。国家の反逆者になるつもりはないから、ちゃんと渡します」
冗談を交した親子は笑い合った。
「別れて二時間しか経ってないけど、パパの声が懐かしく感じられる」
「パパもだ。…じゃあな。また掛けなおす」
「うん」
電話を切ったアンリは、荷解きを始めた。衣服類は箪笥とクローゼットに、八年前父親に買ってもらった永遠の恋人ホームズベアは箪笥の上へ置いた。トレードマークの外套、鹿撃ち帽も然ることながら、パイプを提げているところが、ホームズ好きを堪らなくさせる。デカぬいぐるみと抱き枕をベッドに寝かせ、本の収納に取り掛かった。ミステリー小説、ハードボイルド小説、ファンタジー小説、その他諸々といき、下段に大型本や図録を入れていった。ジャンルごとに綺麗に納まった棚を見て清々しい気分になった。ちょっぴり休憩。アンリは愛用のツタンくんの抱き枕に抱きついた。
今後のために、ツタンくんについて軽く説明をしておこう。ツタンくんとは、毎週日曜放送のアニメ「冒険王ツタンくん」の主人公。物語は、エプ国の王子ツタンくんが、王になるための修行の旅に駆り出され、仲間や敵と相まみえ成長していく、ハチャメチャ冒険ファンタージーである。キャラが可愛く、グッズ化もされ、大人の間でも密かなブームとなっていている。来年は、コヴェント・ガーデンに専門ショップができる予定。アンリにとっては、ホームズに引けを取らない大好きキャラなのだ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「なに?」
アンリは身をお越し、音の方向に目をやった。それは掛け時計が十六時を告げるものだった。小人たちが二パートに別れ、歌い出す。
「からくり時計だったのね。…すごい」
鐘を鳴らす小人はよく見るが、合唱するバージョンは初めてだ。結構な代物ではないのか。次第にアンリの顔が、いろんなことで蒼ざめていった。凝った装飾類の値段、耳に絡みつく祝福ソング、文字盤下の小扉から現れた頬を染めた花嫁と凛々しい花婿人形。人形が向かい合った瞬間……。
「ぎゃあああああああああ」
「キュルキュルキュル」
「悲鳴がしたけど、どうかした?…アンリちゃん?」
大奇声を聞きつけたリグル二世とディックが、部屋の前まで駆けつけた。アンリがドアを開けると、リグル二世が主人の胸に飛びついてきた。
「リグル!…びっくりした。どこに行ってたの?」
「彼には、尾行の才能があるよ。気づかないうちに事務所に忍びこんでいた」
「ダメじゃない」
「彼は君の元に、一目散に駆けつけたんだから、叱らないであげてよ」
リグル二世は、ディックからの褒め言葉に得意にならず「グルルル」と、唸っていた。いつもと違う反応の仕方に、アンリは眉をひそめたが、すぐその意味を理解し、笑った。
「どうかした?」
「ディックさんが、彼なんて言ったから、リグルは立腹ですよ。リグルは女の子ですから」
「そうか。…ごめんなリグル。あんなに勇敢で忠誠心の厚いリスが女の子とは思わなかったものだから。先入観で君を捉えてしまった罪深い俺を許してもらえないだろうか」
ディックが誤ると、リグル二世は機嫌を直し、彼の肩に移って首筋に体をこすりつけた。
「それで、奇声の原因は?びっくりしたのは、こっちもだよ」
アンリは、さっと顔を赤らめた。
「目に毒なものをいろいろ見た結果、生じた事故です」
「?」
「もう、解決しました。ただの虫です」
あのからくり時計は、外させてもらおう。一時間ごとに、あの曲と光景と向き合う精神力はない。
「真因は追及しないでおくよ。でも、一人で処理できない事は、遠慮しないで言ってね」
「はい」
「お茶にしようか。君もどうだいリグル」
リグル二世はディックの肩で、上機嫌に一鳴きした。二階の居間に招かれ、ディックに紅茶の種類を訊かれたアンリは、「アールグレー」と答えた。
「ミルクと砂糖は?」
「ミルクをお願いします」
その返事でディックは、部屋を出て行った。リグル二世と残されたアンリは、呆然と立ち尽くす。自由に寛いでと言われたが。部屋中央、入口側に一人掛けのソファが二つと、テーブルを挟んだ奥に共用ソファがあった。一人掛けを選び、座ったアンリは、淑やかな石目調の壁紙に囲まれた室内を見渡した。ソファ群の南側真横には三二インチの薄型テレビがあり、その右側にDVDが納められた三段棚が置かれていた。部屋の左隅では、可憐な螺鈿細工が施されたホールクロックが凛とした存在感を放っていた。そして、北側のマントルピースの上には、大波に揉まれる三隻の船に、富士山の構図の浮世絵が飾られていた。
マントルピースの脚元に雑誌が落ちていたので、拾いにいった。『クライム・マガジン』の名前を捉えると、アンリの脳裏に閃光が走った。
「思い出した、ディック・ジェイス。六月号に載っていたニューヒーロー」
顔写真はなかったので確信はもてないが、名前と職業が一致する人物はそうそういないだろう。
「あの人が…ね」
「おまたせ」
ディックが盆を掲げて戻った。紅茶とレモンケーキがテーブルに並べられた。
「いただきます」一口目はストレートで。
「あちっ」
アンリは慌てて舌を引っ込めた。
「大丈夫?」
「はい」
彼女は手元でぐらついたカップを両手で支えた。二口目はミルクを加え、ちびちび啜った。そんなアンリの様子に、ディックは口元を綻ばせた。この子、仕草で子どもっぽいな。
「我慢して飲むことないよ」
「大丈夫です」
紅茶とケーキを味わう二人は、会話をするべきではと思うも、どちらも話題を振れずにいた。アンリは父親以外の男性と二人きりで向き合うのは初めてだったし、ディックもこの歳の少女を相手にした例がなかった。
(アンリ・スタンフォードに関しては、プロフィールでリサーチ済みだ。年齢:十八歳。出身:バイブリー。父親はイギリス、母親は日本人で、六年前交通事故で他界している。進学先:ロンドン大学。専攻:犯罪心理学。趣味:映画鑑賞。好きなタイプ:ホームズとジェームズ・ボンドを足して二で割った人物)
(家族やティティとならすんなり会話が始められるが、初対面の人物といったい何について語ればよいのやら。コミ障に陥ったように言葉が浮かんでこない。やだ、息苦しくなってきた。…そうだ)
「ディックさん、これ、父からです」
アンリは部屋から出る際に、持ってきた手紙を渡した。ディックは手紙の封を切って、拝読した。
ディック君へ、
娘を受け入れてくれてありがとう。アンリは気立てが良く、芯のしっかりした子です。あの容姿と性格から、変な虫がつく心配はそうないでしょう。唯一欠点があるとすれば、まだ生身の友達がいないことです。
(生身?って人間のことか。…俗に云うぬいぐるみが友達というやつだな。リグルは生友(なまとも)に入らないのか?――この子、いろいろ残念な子なんだな。ん?あのタヌキ、嫁の貰い手がつきにくい娘なら手っ取り早いと宛がったわけか。…クソッ)
――少々変わった娘ではありますが、どうかあの子の良き友、相談相手になってあげてください。アンリの将来まで気遣って頂き、ジェイス家の皆様には感謝しても仕切れません。お父上によろしくお伝えください。
追伸
軽く触れ合う程度なら一向に構いませんが、交わるのだけは、大学を卒業するまで我慢ください。
デレク・スタンフォード
岩に頭を直撃された程の衝撃が走った。こんな屈辱的な手紙を受け取ったのは初めてだ。恥ずかしさと怒りで腹が煮えくり返った。――クソ親爺ども。
このあからさまな消し様では、「良き友」が「良き夫」の修正後であることが窺える。地味に散らばったフレーズが刃の如く胸に突き刺さった。こんな手紙、早く抹消してしまいたい。
「手紙には何と?」
瞼を抑えるディックを見て心配になったアンリが声をかけた。
「単に君を頼む…とね」
笑みをつくろえたディックは、少女に覗かれない内に手紙を畳んだ。
「ごめんなさい。父が甘えてしまったばかりに」
「いや、元は親爺が提案したことだから」
「「はぁぁー」」
同時に能天気な父親に対して溜息をついた二人であった。
「今夜はリッツでディナーの予定だから。君の歓迎会だって、オヤジがはしゃいでいたよ」
「リッツ!高級ホテルの?」
そこで歓迎会とは、ジェイス氏はお節介焼きなだけでなく太っ腹な人でもあるのね。しかし、着ていく服が…。
「これ、親爺から」
ディックはティーセットをどけて、大きさの異なる四つの箱を置いた。
「これを、私に?」
アンリは小さい箱から順に開けていった。靴、バッグ、ショールといき、四つ目の大きな箱の中身を出した。現れたのは、腰にリボンのついた品の良い淡いピンクのドレスだった。
「うわぁ」アンリは感嘆の声を上げた。
「サイズは合いそう?」
ドレスを体にあてがってみる。
「はい、ぴったりだと思います。でも、どうしてサイズを」
「君のオヤジさんに聞いたんだろう」
「そっか」
アンリの顔が拍子抜けした表情に変わった。
「お気にめさなかった?」
ディックは、少女が父親からの贈り物をよく思わなかったのではと直感して訊いた。しかし、アンリはそれにかぶりを振って答えた。
「そんなことありません。私、家族以外からプレゼントを貰ったことがなかったので…戸惑っただけです」
この子、こんな素直な表情するのか。ディックは少女の嬉しさが滲み出た顔を見て真意と確信した。
「親爺に直接伝えて。この上なく喜ぶから」
「はい」
汚れないうちに、貰った物を仕舞った。 お茶を再開させたアンリは、自室から持ってきていたクッキー缶を開けた。
「昨日焼いた抹茶クッキーです。よかったら」
缶から甘い香りが漂う。家族以外に手作りのお菓子を振る舞うのは初めてなので、ちょっぴりドキドキした。
ディックは手に取ったクッキーを珍しそうに眺めてから一口齧(かじ)った。一度日本を訪れた時に抹茶という物を味わったが、あの苦味は好きになれなかった。クッキー生地に練り込んでどうなるものかと疑ったが、これはなかなかいける。
「とても美味しいよ」
ディックの反応にアンリは嬉しさで頬を染めた。ほんのり染まる少女の顔を目にしたディックは、クッキーを片手にまた魅入ってしまった。
クソッ、今日はどうかしている。こんな子どもに。顔立ちにエキゾチックさは見られるが、魅惑性は伝わってこない。素顔(すっぴん)、身だしなみの疎さから、温室で育てられ、俗世に染まっていない寡黙な田舎者の印象を受ける。したがって、一連の作用はタヌキ親爺にヘンな暗示をかけられていない限り、生じない事なのである。おそらく、電話越しに連呼された「お前の花嫁候補」が暗示言葉だったに違いない。
クッキーを齧るアンリとリグル二世を交互に見たディックは、口の動きまでそっくりな彼らに、また「プッ」となった。
「どうかしました?」
「いや、リスが二匹いるみたいに見えたもんだから。…可笑しくて」
ディックの口から素の言葉がこぼれた瞬間、アンリの肩がプルプル震え出した。
「ひどい、面白がって観察するなんて。見られることに免疫がない人間だっているんですからね」
アンリは顔を赤らめムキになった。自分がどれほど、人慣れしていないかを必死で訴えた。あまりの切実な訴えに、ディックはもっと笑いが込み上げた。温室育ちといえど、驚くべき子である。まだ、こんなのが生存していたとは。
「やらしい気持で見てたわけじゃないんだから、そんなに怒らないでよ」
子ども扱いされ、アンリは怒った。そっちがそう来るなら…。
「それを聞けて安心しました。そりゃ、ディックさんですもの、恋の未経験な女の子に迫るお人でないことは重々承知しています。でなければ、父があなた様に私(わたくし)をお預けになるはずありませんもの」
プライドの高い令嬢台詞を投げた彼女は、「これで失礼します」と言いソファを立った。
十七時半を過ぎた頃、ウィリアムが帰宅した。
「だだいま、ディック。花嫁さんは無事到着したか」
居間のソファで、夕刊を読んでいる親友に期待の眼差しを向けたが、返ってきたのは「ああ」という生返事であった。
「素っ気ないな。タイプじゃなかったか?」
「……」
ここで昼間の実態がこぼれれば、明日にはタヌキから式場のカタログが送られてくるに決まっている。したがって、何も話さないに限る。
「おい、一言も会話していないわけじゃないだろ?」
つれない友人にウィリアムは畳みかけた。
――十八時半に外出すると伝えられていたアンリは、リグル二世に食事を与え、下へ降りていった。二階の東の居間から明かりと話し声が漏れていたので、忍び足で向かっていった。
(お客さん?)
隙間から中を覗くと、ダークスーツに身を包んだ探偵と、同姿の長身男性が雑談していた。ディナーの顔ぶれはディックとその父親、自分の三人と思っていたが。ディック・ジェイスの父親にしては若すぎるから、近親者の一人だろうか?
様子を窺うアンリに気づき、男たちの会話が止んだ。ディックが入ってくるよう促した。
「紹介するよ。友人のウィリアム・マーカス・ジェーソン。これでもスコットランドヤードの刑事だ」
これでもは余計だとウィリアムはディックを小突いた。
「初めまして、アンリ・スタンフォードです」
軽くペコンと頭をさげた。
「よろしく、アンリちゃん。ドレス姿とってもいいね」
ウィリアムの差し出した手をアンリは握り返した。彼はディックと並んでも引けを取らない容姿の好青年であった。
「刑事さんがここに来たのは、ディックさんに捜査の依頼をする為ですか?」
「?」
アンリの問いにディックとウィリアムは顔を見合わせ、キョトン顔をした。
「ホテルに直行せず、寄っているものだから。それにヤードって聞いて、途端にレストレード警部やジャップ警部が馴染みの探偵に助言を求めに来た場面が浮かんでしまって」
アンリの驚くべき発言に、二人はお腹を抱え、ソファに座り倒れた。そして、床に足を打ち付けてゲラゲラ笑った。アンリは大人の思わぬ姿に面喰う。
「ひどい、そんな馬鹿笑いしなくたって」
「ごめん、ごめん、アンリちゃんがすごいこと言うから」
「君の創造力に関心したのさ」
笑わせること言った覚えはないんですけど。
「それなら刑事さんが、寄った目的は?」
「ディック、まったく俺のこと話してなかったのかよ。――それはですね、お嬢さん、ここが俺の下宿でもあるからですよ。今回貴女の歓迎会に同席のため、着替えに立ち寄ったのです。それと、一秒でも早くあなたを拝見するべく。
ちなみに私のことはウィルとお呼びください。以後お見知りおきを」
ウィリアムは茶目っ気たっぷりに、昔の貴族の真似をして、一礼した後、少女の手に軽く接吻するしぐさをしてみせた。
「そう…でしたの」
男二人と同居?ウソでしょ。聞いていないよ。…どういうこと、パパ!?アンリの脳内はパニック状態にあった。彼女のダメージは、幽閉されたメアリー・スチュアートやマリー・アントワネットの絶望感と重なっていた。きっと明日には白髪になっているだろう。彼らは善職者である前にオスなのよ。事故が起こったら絶縁だからね、パパ。
ウィリアムはディックの肩に手をおき小さく囁いた。
「なかなか可愛い子じゃないか。十年後が楽しみだな、ディック君」
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