13.イウと塔の侵入者

「番人さん、ねえ、寝てるの?」

 塔の屋上にひっそりと建つボロ小屋を訪れたイウは、真夜中であるにもかかわらず力いっぱい戸を叩いた。返事は無い。

 もう一度ノックをしようとイウが拳を振り上げたとき、扉が大きく開かれた。

「番人さん!」

 そこには、背が高く、獣の頭骨を模した仮面を着けた男が立っていた。

「あのね、今――」

「誰かが来た。そうだろう」

 イウは頷いた。塔の堅牢な守りを超えて、武装した人間が入り込んだのだ。

「無益な事を。ここには奪うものなど何も無いというのに」

 塔の番人は呆れたように首を振り、階下へと歩き出した。イウもその後に続く。

「君はここで待っていると良い」

「一緒に行くわ、当然ね。何かあっても、番人さんが守ってくれるでしょう?」

「嫌なものを見ることになる」

「何が嫌かは、私が決めるわ」

 番人はそれ以上何も言わなかった。イウは彼の外套がいとうの裾につかまって、階段を下りていった。


 急ぐでもなく、かといってぐずぐずするでもなく、番人とイウが数十階分の階段を下りたときだった。二人の前方から大音声だいおんじょうが響いた。

「見つけたぞ、化け物!」

 見れば、抜き身の白刃を番人に向け、今にも飛び掛らんといきり立つ人影が立っている。声からして男だろう。いかにも堅固そうな分厚い鎧に身を固め、顔のつくりは分からない。

 侵入者は、番人の陰に立つイウを見て言った。

「人の子をかどわかし、隷従させ、ほしいままにしているという噂は真実であったようだな。人に仇為す化外けがいの者よ、貴様に恨みは無いが、ここで俺に討たれるが良い」

 男の言葉に、イウはキッと眉を吊り上げた。

「失礼しちゃう! 私は私の好きでここにいるんですからね!」

「哀れな……。心まで飼い馴らしたか、外道め」

 侵入者は憤怒の視線を番人に向けた。番人はそれを意に介さず、淡々と告げる。

「お前。ここにはお前の望むものは何も無い。早々に立ち去ることだ。去る者は追わない」

「俺を盗人と侮るな! 化け物から受ける恵みなどない。俺が欲しいのは貴様の首。誇るに足るいさおしとその名誉だけよ」

 番人は答えない。

 業を煮やした侵入者は雄たけびをあげ、切っ先を構えて番人へと突っ込んできた。

「イウ、下がりなさい」

 がっちゃがっちゃと鎧がやかましく鳴る中、番人はイウを自分から離す。彼の言葉にイウは頷き、ととと、と数歩下がった。

「もらったあッ!!」

 大上段に振りかぶった侵入者は、番人の頭目掛けて刃を振り下ろす。

 びう、と風斬り一閃。渾身の力をこめて確かに斬ったと思った剣は、しかし、塔の番人の身体に触れる寸前で静止していた。

「だから言ったろう。ここにはお前の望むものは何も無いってね」

 番人は侵入者の額に手を置いた。

 男は一度びくりと身体を戦慄わななかせたかと思うと、派手な音を立てて前のめりに倒れた。鎧兜の隙間から、じくじくと血が溢れ出る。

「殺したの」

 イウが尋ねた。

「うん」

 イウは侵入者の血液が広がる様を暫く眺めて言った。

「埋めなきゃね。置いたままじゃあ腐っちゃう」

「あとは僕がやるから、イウは小屋で待っておいで。お茶でも飲もう」

「分かったわ! 火を焚いておくわね」

 イウは笑顔で走り去る。

 彼女の姿が見えなくなったのを確認して、番人は死体の傍らに膝をついた。

「お前の望むものは何も無いけれど、お前の存在は無駄じゃない。僕はね、お前のような者が来るのを待ち望んでいたんだ」

 そう言って番人は死体の鎧に手をかけた。

「なにせここでは金属は貴重なものだからね」

 番人は手際よく鎧と剣を剥ぎ取って、死体を丸裸にした。潰れた果実のような死体は、明り取りの窓から外に投げ棄てた。

「さて戻ろう。そろそろお茶がはいる頃だろうし」

 塔の番人は戸棚に隠しておいた砂糖菓子のことを考えながら、小屋へと階段を登っていった。




〈了〉

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