8. O.sinensis嬢の殺意

「思うに、僕は君の為に死ぬのだろう。O君、だがそれは決して悲嘆に暮れるようなことではないし、僕もそのことで君に恨みを抱いたまま死ぬこともない。だからどうか安心して僕を縊殺くびりころしてくれ給え。O君、それこそがあなたの宿命なれば、僕は甘んじて君による死を受け容れよう」

 Hさんは私の耳元でそう呟きました。

 私はと言えば、彼の首筋に腕を絡め、喉元にかぶりつくように抱擁を交わしたまま、Hさんの言葉に耳を傾けていたのです。今や私とHさんは分かちがたく結びつき、たとえ如何なる力自慢でも容易には引きはがせないような有様です。

 私には、彼の浅黒く艶やかな肌に触れ、膚下はだのしたで蠕動する肉のざわめきを聴くのは至上の喜びです。しかしHさんにしてみれば、きっと私のようなものは余計者。いずれ高く飛翔する筈であった水鳥の足に絡みついて、群れを落伍せしめるかずらのごとき存在でしょう。

 現に、彼は私のせいで命すら落とさんとしているのですから。

 

「O君、O君、そこにいるかい。やあ、もう目が開かない。触覚もどうやら役に立たないようだ。O君、声だけが頼りなんだ。聞かせてくれ、さあ」

 Hさんは喘ぎ喘ぎ、身をくねらせて私を探します。こんなにも激しく抱きしめているというのに、彼には私が隣にいることすら分からないらしいのです。

――あるいは、私の抱擁のせいかしらん。

 しかしもはやこの腕を解くことは叶いません。私の腕も、足も、乳房も、胎も、すべてHさんの身に食い込み、根を張っているのですから。

 そんな様子ですから、私は彼に末期の水を呉れてやることも、甘い欺瞞の睦言を交わすこともできませんでした。

 その代わり、私はまだなんとか動かせるくびを伸ばし、「O君、O君」と呼ばい続けるHさんの唇に私の唇を重ねました。

 Hさんは一度大きく目を見開くと、ふっと笑って目を細め、私と舌を絡めたまま息絶えました。私は哀しみのあまり硬く瞼を閉じたまま、私の腕の中で次第に冷たく、硬くなっていくHさんを感じながら、永い微睡まどろみに落ちたのです。

 

  *  *  *


 暑いわね、と思ったその時、私はHさんのすらりと長い肉体から芽吹き、盛夏のただ中のむっとする大気へむくりと頭をもたげました。

 仰ぎ見れば頭上には燃えさかる太陽。

 足下にはかの愛しきHさんの亡骸が横たわっています。

 私は自慢のほっそりとした子実体を揺らして考えました。

「私は私である私になる為に、私であり私ではない私をこの地に満たさねばならぬ」

 そうして一度、善い風が吹く刹那を見計らって体を震わせ、私は頭頂部から無数の胞子を吐き出したのです。

 またいつの日か「O君」と呼ばれるときを夢見ながら。

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