第21話信用取引

 午前八時には村跡地へと着くように、森を出発する。

 野菜娘を乗せたゴーレムが、野菜や根菜、果物を詰め込んだスライム・ボックス搭載の、リアカーを牽いていく。

 ゴーレムと狼の死体を掛け合わせたような、四足歩行で動物の如く動く、フレッシュ・ゴーレムも試運転させている。

 新鮮な死体の動物型ゴーレムは、速度や行動が遅いものの、狼と同じ動きが可能だ。

 擬人化したゴーレムを乗せれるし、銃火器の運搬用としても使える。

 ちなみに、擬人化したゴーレムは、ランドという呼称で呼んでおり、男女共に頑強な鎧を身に付けているので、壁役も可能だ。

 鎧ような衣服と肌は一体化しているので、その上から更に鎧を身に付ける事も出来るし、擬人化していないゴーレムを、身に纏う事も出来る。

 入れ子式だから、まんまマトリョーシカだ。

 まぁ、ランドが身に纏った状態で、ゴーレムを擬人化したが、流石に擬人化はしなかった。

 衣服や家具なんかは擬人化したのだが、分解した板とかは魔力があっても、適用外のようだ。

 リアカーも擬人化してあるが、車型と人型を選べるようにしてある。人や荷物が乗っていると、人型にはなれないが。

 茶髪で整備士のような作業服を着ていて、俺の趣味で女性にしてある。どうせ比率的にも女性が多いし、今更男性を増やしてもなぁ……。

 リアカーのような擬人化キャラも、基本的に魔力で動くので、魔力を回復させる外部装置があれば、保守点検を自分達で行わせる事だって出来るだろう。


 しかしながら、武装が整った人員が居ても、町から町や村から村への移動には、常に危険がつきまとう。


 モンスターや盗賊が現れるからだ。特に人間の盗賊は厄介だ。

 事故だろうと殺したり、傷つけたりする事が、許されていない。

 自然災害に見舞われていても、助ける義務をギルドが、冒険者達に課しているのだ。なんでも、カードを通して過去を覗けるらしいので、傷害や殺人は出来ないとか。

 しかし、これにはカード所有者の、言動や行動までしか記録出来ず、頭の中までは分からないのだと。

 つまり、如何に芝居や演出が上手いかで、あと一歩で助けられたが、間に合わなかった。という体裁が繕えるのだ。

 ギルド側もよほど嘘臭くなければ、黙認するらしい。それくらい、人間の盗賊が鬱陶しいし、自分達の生活も掛かっている。

 人間一人に行商の馬車を止められ、村が深刻な状態に陥った事もざらだとか。

 亜人が人間のふりをしている場合も、当然ながらある。


 ただし、モンスターが人間を殺すのは勝手だ。モンスター以上亜人未満の存在に、人間を追い払うように仕向ける事も許されている。

 当然、擬人化した野菜や果物が、人間を殺そうが何も言われない。だって、元は植物だし、野菜の毒で死ぬ人間も居る以上、それを止める事は不可能だ。

 例えば毒キノコを間違えて食べたとしよう。それは毒キノコを食った奴が悪いのであって、毒キノコに罪は無い。

 擬人化の魔法陣は複雑だ。簡単でお手軽なように見えるが、人化、獣化、物化はとても難しい部類の魔法である。

 それを込めた魔道具を作ろうと思えば、それなりの才能がある魔法使いなら、誰でも作れる代物だろう。

 しかし、山吹色から教えて貰った人化の魔法は、微に入り細を穿つほど細かく作り込まれており、尚且つ強力な認識阻害を含む、幻術の魔法。

 ネフライトが山吹色に教えたが、そのオリジナルを造ったのは、過去の大魔法使いだという。古龍達の恩人でもあるその魔法使いは、現魔王よりも魔導に精通していたそうな。

 故に、俺と同等の擬人化の魔法陣を描くには、最低でも本物のドラゴンと、対等でなければいけない。

 しかも個人で挑み、気に入られる必要性まであるだろう。

 そんな事が出来る亜人は稀で、亜人すら人間と比べると創造性が低く、精霊が人間を保護しようと言い出す理由でもある。

 元人間である俺のような存在は、もっとレア度が高い。

 だが、調子に乗ると死ぬ未来しかないので、傍観者で居る事に変わりは無いだろう。

 異世界人や転位者すら、実力が無ければ保護区行きとなる。

 ドラゴンと対等だからと言って、俺が突出しているのではなく、ようやくスタートラインに立てた状態である。勘違いしてはいけない。

 ドラゴンと対等だから、同等の扱いを受けれる訳ではないし、強いから失敗してもいい理由にはならない。

 ヤッベェ、足元の薄氷が心許ないぜ……。

 異世界って、生きていくハードル高過ぎだろぉ。

 誰だよ、中世ヨーロッパ風だから、現代知識でチート出来るなんて、夢物語を書いたのは!


「おっ、約束通り来たか。時間は指定してなかったが、概ね許容範囲内の時間帯。遅れるよりも、早めに到着しようとする心構え。……物資を護衛する随伴兵に、積み荷もあるな」

「だから言ったでしょう? 容姿はエルフだけど、中身は異世界転生者だって」

「それでも、確認を怠る訳にはいかないだろう。強者ならば弱者の手本となるように、立ち振る舞わなければ」

「私は聞いてないわよ?」

「ニーソはやって来た当初から、既に強かったからな。強い奴にマナーを説くほど、俺も暇じゃないんだよ」


 わざわざ注意しても、相手が聞き入れず、潰し合いになったら本末転倒だからか。


「ご依頼の品です。確認をお願いします」

「……根菜や果物もあるのは?」

「野菜と言いましても、様々な種類があります。人参や大根は野菜でも根菜に当たり、キャベツやレタス、ほうれん草、玉ねぎ等が葉を食べる部分です。ちなみに、イチゴやスイカ等の果物も、広義では野菜の分類となります」

「ふーん。今挙げたのは無いようだが?」

「誠に申し訳ございません。品種の苗や種が無かったもので、用意出来ませんでした」

「それは、種や苗さえあれば、用意する事も出来ると言う事か?」

「はい。成長促進魔法の使用許可を頂けましたら、収穫時期を早める事も可能でしょう。味の方は多少落ちますが。勿論、普通に育てれば、品質を向上出来るように、勉強や試行錯誤も致します」

「ふむ……対価は何が欲しい?」

「私の存在を、秘匿してもらいたいです。難しいようでしたら、武器や防具、簡単な魔法の伝授でも構いません」

「ぷっ! 失礼、ふふっ! コリー、ゴメンッ!」


 ニーソが吹き出しつつ、突然走り去っていく。

 そして、かなり遠い所から、笑い声が聞こえて来た。


「笑われるくらい、おかしな要望でしたか……」

「いや、コチラの不手際だ。気を悪くしたなら謝ろう」

「いえいえ、老子は大丈夫ですっ」

「……それ、だいじょばない奴だ」


 いやいや、大丈夫大丈夫。ちょっと心が傷ついたけど、鋼のメンタルだからね。

 叩かれても延びていくだけ、延びきっても千切れるだけだから。

 歪なハートしてるけど、草だから腐らないし。


「えっと、対価がそれでいいのなら、コチラとしては構わない。……ニーソ、聞いてるか? 老子は生産ポジションでいいかな? わかった、弟子の相互補助に組み込もう」


 念話か何かで、ニーソと会話しているのだろう。


「老子。この後は予定とかあるかな?」

「……いえ、特に急ぎの用事はありません」


 そう応えると、コリーは積み荷に手を翳すと、一瞬でスライム・ボックスごと、野菜や根菜が消えた。


「納品を確認した。手土産が余分だったが、その真心には次の依頼、いや、一定期間の契約という形で応えよう。異存ないかな?」

「毎日は難しいですが、成長促進魔法を用いれば、週末限定となるものの、量だけは揃えてみせましょう」

「そちらの畑が大丈夫なら、使用してもらって構わない」

「ありがとうございます」


 良し。定期購入してくれるとは、ありがたい。


「細かいのはコチラが代行しておこう。存在を秘匿する以上、俺達がよく行く街には、来ない方がいいだろうからな」

「変な契約だったら、抗議致しますので、あしからず」

「ネフライトの友人を、裏切る事などしないさ」


 行商に関する手続きをしてくれるのか、騙されたと思って乗っておこう。

 機嫌を損ねて、死にたくはないし。

 時には思いきった事も、やらねばなるまい。

 話を詰めていると、ニーソが何食わぬ顔で帰ってきた。


「……いやー、すまないわね。対価にそんな事を要求する奴って、珍しい部類だったからつい」

「気にしてませんよ」

「ニーソ、土下座しろ。気にしてないって言葉を鵜呑みにするなよ?」

「申し訳、ございませんでした!」


 ニーソを闇魔法で沈め、半強制的に土下座をさせるコリー。

 あの、そこまでやらなくても……。


「さて、謝罪も済んだ事だし、これから老子に、あるお方の記憶を見せる。契約の根幹に関わる、重要な事だ。コレを見た事についてだが、他言無用は当然で、今後は後戻りも出来ないから、そのつもりでいてくれ」


 はぁっ!? な、何だってー!

 いや、記憶を見るだけで、俺が目立つ事が無くなるんだ。どんなヤバい記憶情報かすら、見当も付かないが、おそらくこの世界観に関する何かだろう。

 念押しするって事は、見せる事が確定しているとも取れる。

 逃げる機会を逸脱したので、今更ムリなんて、舐めた言動は聞き入れてくれないだろう。

 ……覚悟を決め、俺はリヤカーに座り、ニーソの持つ槍を握る。


「これは高弟であり、姉弟子が一人たるスバルから、貸し出されている成長記録。その記録を追体験する為に、記憶情報として師匠が再編したモノよ」


 槍に意識が吸い込まれていく。いや、逆だ。槍から記憶が流れているのか?

 これって気絶とか睡眠中にやるヤツじゃね!?


「師匠の名の下に、深く眠れ……」


 ニーソの声が聞こえ終わるか、どうかというところで、俺の意識は記憶の濁流に呑まれる――。

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