第39話 オークの鼻水スープ
「すごーい!」
マティヴァさんは口に両手を当てて驚く。
素直に驚いたり褒めたりしてくれるのが、この人の魅力的なところだ。
おかげで、他の冒険者の視線も集まってしまったが気にしない。
「そして、これ」
最後に取り出したのは特大の魔石。
その大きさに驚きの声を上げたのはシオンだった。
「これって……クイーンの魔石じゃない!? クイーンスライムの魔石は手に入りにくいって有名なのに」
「シオンさん解説ありがとう。これも、この子が倒しました」
オウカの頭に手を乗せる。
「実力はここに示した通り、経験も俺が積ませました。これならEからでもさほど問題ないのでは?」
「うーん」
「いいんじゃないか?」
悩むマティヴァさんの後ろから、一人の男が現れた。
オールバックにした赤い髪に、赤い瞳。軽装備でスラっとした見た目ながら、その眼光は威圧感がある。
「ぎぃちゃん」
「ギルドマスターと呼べ」
ギルマスか。会ったのは初めてだ。
俺たちを品定めするように赤い瞳が動く。
「条件を満たして昇格試験を受けたいのだろ? なら受けさせればいい。自身の実力もわからぬものなら死ぬだけだ」
「それで構わないですよ」
俺とギルドマスターは、互いに口角を吊り上げた。
「それじゃあ、オウカちゃんはEランクで登録するね」
「ご飯!」
結構時間が掛かってしまった。好きなだけ食べさせてやろう。
***
空いた皿が1枚、また1枚と重ねられていく。
オウカは見た目に似合わず結構な量の食事を平らげていた。
その食いっぷりと、先程の魔石の件のせいか、俺たちのテーブルの周りには野次馬が群がっていた。
俺自身もお腹が空いていたが、テーブルに積み上げられたのはほとんどオウカのものである。
食べているのは日替わり定食。
本日のメニューは不死鳥の唐揚げ、妖精の翅サラダ、オークの鼻水スープである。
おかしいのは名前だけで、中身はいたって普通の食材で作られている。この食堂のメニュー考えてるのは誰だ……。
「おー、ぼっちがいるじゃねえか」
唐揚げを貪っていると、木杯を片手にしたおじさんが寄ってきた。
足元はふらふらで口は酒臭い。
いつもここで酒を飲んでる冒険者である。
「なんだなんだ? ぼっちが珍しく女の子を侍らせて。便所飯はどうしたぁ!」
「寄るな鬱陶しい。こんな時間から酔ってるんじゃねえよ」
伸びたままの髭を寄せてくるので、頭を掴んで制止する。
その光景を見ていた冒険者たちが悪ふざけな声で「いいぞいいぞ」と煽り始めた。
「寂しいこと言うなよお。お、キズナリストが増えてるじゃねえか。ぼっち卒業かよお。俺が誘った時なんか断ったくせによお。女の子ならいいのかよお」
このおじさんはいつも誰かに絡んでいる。この場ではおなじみの光景である。
この会話もお約束みたいなものだ。
だから、俺自身はなにも気にしていなかった。
しかし――
「離れてください」
突然、おじさんの眼前――瞳の数センチ先に指先が二つ。
ご飯を食べていたはずのオウカが、いつの間にかそこにいた。
「ご主人様が嫌がっています。これ以上絡むのなら攻撃します」
冷たく、低い声での警告。
その場の空気が凍る。
まさかオウカが行動するとは思っていなかった。
これも奴隷契約のせいなのだろうか。
「げぷ」
「締まらねえ……」
オウカの口から満腹の証が出たところで、おじさんは酔いが冷めたのか「わ、悪かった悪かった」と言ってそそくさと去っていった。
まあ、うん、ごめんねおじさん。
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