ep4

 壁を揺らすほどのエネルギーは何処から来ているのか。私達はロベルトの家に住み込み、究明を試みたのだが分からず。

 だが、ロベルトと生活をしてきて分かったこともある。

 ロベルトは日が昇ると同時に壁に体当りし、夜になると家に戻る。その間、休憩することはない。雨の日も風の日も毎日それを日課とし、30年以上この生活を続けているらしい。

 そのため、ロベルトは周辺の村では有名人。力持ちということもあり、たまに村人に大工仕事や逃げた家畜を戻すといった雑用を頼まれ、その報酬として食料等を恵んでもらっているようだ。

 以前、村人がロベルトに会いに来た際に彼について尋ねたのだが「詳しくは知らない」「俺が子供の頃から壁に当たっていたからもう30年はあんな感じだ」といった回答しかなく、ロベルトが壁に当たり続ける理由などは不明のまま。

 「このままではいけない」とは思うのだがロベルトが作る料理が美味い事に味をしめ、何だかんだ一週間も滞在してしまった。


「は・はい。で・出来たぞ」


「うひょー! 美味そうだな! いただきます!」


「... ...」


 兵士である私達がこんな怠惰な生活を送っていて如何なものだろうか... ...。


「うん! 美味かった! しかし、ロベルトは料理がうめえな! 一体、どこで教わったんだ?」

 

 ものの数秒でスープを綺麗に平らげたナインスはまだ食事中であるロベルトに気を遣う事なく話しかけ。


「れ・レイラにお・教えてもらった」


「レイラ?」


 ロベルトはにやけ顔で尋ねるナインスの質問にすぐには回答せず、口を付けていたスープをテーブルの上に置き、何やら暖炉の傍にある棚から一冊の本を取り出し、中身を開いて見せてくれた。


「れ・レイラ」


 ロベルトの太い指が指す写真には20代前半の綺麗な女性が椅子に座り写っていた。

 そして、その横には兵士の格好をし、同じく20代前半の凛々しい顔つきをした男性が。

 

「なんだ! これ、若い頃のロベルトか! 今と全然違うじゃねえか!」


 そりゃ、年も重ねて来ているので若い頃と違って当たり前だ。

 しかし、人には年の取り方というものがある。

 それを考えればこの写真に写っている青年から毛むくじゃらの大男になるのは成長というよりも進化に近い... ...。いや、身なりからみると退化か?


「今、この女性はどこにいるんだい?」


 私はまるで友人に語りかけるような口調でロベルトに尋ねる。


「れ・レイラはと・とおい所に行った」


「遠いところ... ...」


 伏し目がちに話すロベルトの雰囲気を察して、私はマズイ事を聞いてしまったと少し反省。この写真を撮ってから数十年は経っているし、ロベルトの家に女性が住んでいたというような痕跡もない。

 ロベルトの心のデリケートな部分に触れてしまった事に対し、自責の念を感じていると横で聞いていたナインスが。


「なんだ? 死んだのか?」


 とストレートな言葉を投げかけ、私はそんなナインスに対して「ちょっと! ナインス! デリカシーってものを君は知らないのか!」とナインスの肩を軽く小突いた。

 ナインスの発言をノーガードで耳にしたロベルトは心に傷を負ったのではないかと思ったのだがロベルトは普段通りの口調で。


「い・いや、死んでいない」


 と発言をあっさりと否定。


「じゃあ、今、何処にいるんだ?」


 とナインスが再びロベルトに質問を投げかけると。

 ロベルトはスッと立ち上がり、玄関ドアを開け、外に出る。

 会話の途中でいきなり外に出たロベルトの奇天烈な行動に私達は困惑したが、彼の後に続く。


 ロベルトは満天の星空の下、壁の方を指を差し。


「あ、あそこ。む・向こうにれ・レイラいる」と______。


「壁の向こう側?」


「う・うん」


 壁の向こう側には何があるのだろう。

 これは人類全ての謎で、幾度となく議論が繰り返されてきた。

 ある学者は「壁の向こう側は何もない」と言い、政治家は「壁の向こう側には金銀財宝がある」と言い、宗教家は「壁の向こう側は神がいる聖域」と何やら統一感のない答えを星の数ほど積み上げていたのだが実際のところ壁については何も分かっていない。

 どれくらい前に建築されたのか。そもそも、これは誰かが作ったのか。作ったとしてもどうして? 何のために?

 壁の調査を王より任命された時、ナインスはどう思っただろう。

 少なくとも当てのない旅を命じられて嬉しい感情は抱かなかったに違いない。

 しかし、私は違った。

 この壁の調査に心躍ったのだ。

 

「なあ、もしかして、ロベルトは壁の向こう側に行こうとしているのか? その恋人に会えるかもしれないと思って」

 

 ナインスがロベルトにそう尋ねるとロベルトは小さく頷いた。

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