おまけ

※『ぼくらの冒険譚』Ⅲの「第三章 絆のかたち」読了後推奨。




 小気味いい音を立て、木の的が爆ぜる。同時に、男たちの歓声があがった。

「おおっ! すげえな、この弓矢!」

「本当に人の手だけでつくったのか? しかも、森で採れるものだけで? 信じらんねえや」

「はっはっは! おめえら、話のわかる奴じゃねえか!」

 体格のいい森の民の男が、外から来た狩人たちの肩を叩いて豪快に笑う。一方、狩人たちも、初めて見る異民族の弓の質のよさに、目を輝かせていた。

 子どものように無邪気に騒ぐ彼らを、ロトはなんとも言えない心地でながめていた。万が一にも巻き込まれないよう、十分に距離はとっている。何度目になるかわからないため息をついたとき、右隣に人の気配を感じた。

「あーあ。じいさんを刺激してるよ。ありゃ、日暮れまで離してくれないと思うよ」

 ロトは隣を振り仰ぐ。いつの間にか、女がひとり、立っていた。しばらく見ているうちに、彼女の顔を思い出す。確か、朝食前にゼクと話していた森の民だった。彼女もロトの視線に気づいたのか、彼に向かって悪戯っぽく笑うと、そのまますとんと腰を下ろす。

「はじめまして。あんたが、サリカが連れこんだっていう男だね」

「どうも。なんか色々引っかかる言い方だけど、おおむねその通りだ」

 誤解を招きかねない発言に顔をしかめる。それでもうべなうと、女は喉を鳴らして笑った。わざとやっているとしか思えない。けれどもロトは文句をのみこみ、代わりにまったく違うことを口にした。

「あんたは、何かを調べてたのか? さっき、そんな口ぶりだったけど」

「……ああ、そのことね」

 女は弾んだ声を上げると、近くに伸びている枝をはじいた。

「ゼクと話してたとき、隣に男がいたでしょ? あいつと、あの狼の魔物たちの行き先を探ってたんだ」

「探ってた、って……でも」

「少し前まで、あそこにいなかったんだよ。魔物狩りの連中に荒らされてね」

 女の声に、わずかな毒と気まずさが入り混じる。ロトは、彼女と遠くではしゃぐ二人を交互に見た後、再び彼女に目を戻した。

「で、あの狼たちは森の奥にある屋敷の地下に棲みついていた。使われなくなって久しい建物だったからか、一階の床に大穴があいててね、そこから入りこんだんだろうけど」

 話し声は、何事もなかったかのように続く。耳を傾けていたロトは、けれどそこで、感心の声を上げた。

「屋敷の地下って。よく、そんな場所を思いついたな」

「思いついたんじゃない。教えてもらったんだ、屋敷のそばにいた子どもたちに」

 女は声を立てて笑った。は? と目を丸くするロトに、楽しげに語って聞かせる。四人の子どもたちに出会ったこと。彼らはあろうことか、そのてられた屋敷に忍び込み、狼たちと交戦したのだと。青年はあんぐりと口を開ける。呆れて物も言えなくなっていた。

「色々とどうかと思うけどね。うちの連れは、おもしろかったって言ってた。……特に、あの金髪三つ編みの女の子が気になるって言ってたな。まあ確かに、剣をぶらさげた女の子なんてそういない」

「なんだそりゃ……」

 ため息混じりに呟いたロトは、けれど次の瞬間、凍りついた。思考が痺れて、止まる。

 金髪。三つ編み。帯剣。その言葉から、ある一人の少女の像が導き出される。ロトは、恐る恐る女を見た。

「なあ。そいつのほかには、どんな子がいた? 短い茶髪の、気が弱そうなガキとか、いたか?」

「え? うん。あとは変わった顔立ちの長い髪の女の子と、やたら体格のいい刈り上げ頭の坊主が一人」

 ロトは、沈黙する。しばらくの無の時間の後、わきあがってきたのは、たとえようもない熱と脱力感だった。最後の一人は知らないが、残る三人には覚えがある。――時たま便利屋に顔を出す、そして彼が勉強を見てやることのある二人と、最近幼馴染に会いにいった際、成り行きで一緒になった一人だ。

「あ、あいつら……っ!」

 気づけば、叫びともうめきともつかぬ声が迸る。それが自分のものであると、遅れて気づいた。

 頭痛がしてきた気がする。ロトは頭を押さえた。ちらりと女をうかがえば、目を丸くしている。

「なに? ひょっとして、知ってるの?」

「…………ああ」

「そりゃびっくり」

 女はおどけてのけ反るが、ロトにはおどけている余裕もなかった。

 廃屋に、しかも屋敷といわれるくらい大きな建物に忍び込むのは、いくらなんでも危険すぎる。あの少女ならやりかねないから、忍び込んだだけならまだいい。生きて帰ってきてくれたのだから、また無茶をして、と呆れて、それで終わりなはずだった。

 しかし、今回ばかりは話が違う。

 ロトは、その屋敷のことを知っていた。一部で幽霊屋敷だと騒がれていると、当の三つ編みの少女から聞いたのだ。そして、それを聞き――幽霊の正体を察したロトは、彼女に「行くな」と強く釘を刺したのだ。万が一にも子どもだけで忍び込み、魔物と交戦しては、無事では済まないだろう、と案じたために。

 それなのに――

「……今度来たとき、締め上げてやる…………!」

 ロトは、女がそばにいることも忘れ、呟いた。低い声を聞いていた女は、彼のまわりに渦巻く怒気に恐れをなして、たじろいだ。



 後日、件の子どもたちは『便利屋』を訪れた。その際、ロトから落雷のごとき説教を賜り、三つ編みの少女に至ってはこめかみを締められたのだという。



 おしまい。

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