27.旧い宿敵の渾名

「すっかり日が暮れてしまったな」

 ジャッキールは、西の空で輝く三日月を見上げながらため息をついた。

 彼は、朝から、昨夜の続きでハダートやジートリューと打ち合わせを行い、しかるべき行動を指示していた。慣れぬことをしたし、ずいぶんとしゃべったせいか、なんとなく疲れてしまったものだ。ハダートはあのとおりの男で、彼はもう慣れてしまっていたし、ジェアバード=ジートリューは、名家出身の将軍の割には驕りもなく、比較的気さくな人物ではあったので、居心地は悪くなかった。が、仕事の内容は、かつてラゲイラ卿の下を去ってから、流浪の生活をし、いまや似合わぬ堅気生活を三ヶ月ほど続けている彼にとっては、久々の大仕事でもあったのだ。今まで隊長職を何度も経験している彼ではあったが、この空白期間というのは意外に大きい。

「まあ、サッピア王妃屋敷をはじめ、関連のあるところについては、うちの奴らに見張らせてはいるんだがな。どうせ、今回のもあいつらの差し金だし、裏では何かしら糸引いてるだろうからよ」

 と、ハダートは言っていた。

 ジェアバード=ジートリューとハダート=サダーシュは、ザファルバーンの七部将と呼ばれる主力将軍の中でも、特に特別な役割を負っていた。ジートリュー将軍は、現在のエレ・カーネス朝以前からの地元豪族であり、彼自身が持つ兵の数は将軍達の中で最も多い。警察権に関してもかかわりがあり、今回の捜査についても表向きの指揮を執る立場だった。一方で、ハダートは、諜報を司る将軍である。手飼いの配下を使って、裏から情報を取得し、各所の動向を探り、必要があれば情報を霍乱し、操作する。彼ら二人は一般的には仲が良くないとされているが、それも、ハダートが噂をわざと流布されているからでもある。

 ジャッキールを含めて三人で打ち合わせをした結果、ジートリュー将軍は表向きの捜査と王都内の兵士の巡回、要人の警護態勢について強化することにしたが、ハダートは、逆に地下組織にすら影響を持つとされるサッピア王妃の裏のつながりを牽制に出ていた。

 ハダートは、どうやら自分の配下に命じて、サッピア周辺を厳重に警戒しているようだった。

「あの女狐の子飼いの連中は、うちの連中とはちょっと一族の系統が違ってね、あんまり仲が良くないもんで、あちらの内部事情はわからねえんだが。ただ、通常あいつらは五人一組で行動することが多いらしいから、それ以上の人数が集まっていれば、こっちも把握ができるようにしてる」

「では、そうしたやからが、また何かことを起こすとすれば、ごく少数で動くということか」

「ああ。あいつらにどんな思惑があるかわからねえが、例の暗殺未遂事件の時も、現場では、ごく少数の人間しか動いていなかったようだ。まあ、失敗した際に、ごちゃごちゃ人間いて捕まっちゃたまらねえしな。エルナトってヤツについては、あいつらと行動を共にしている可能性が高いと思っている。個人の暴走に見せかけておけば、始末する時に楽だし、尾行の能力や情報の取得について、奴らの協力がないと説明のつかない部分があるからな。しかし、問題はサギッタリウスのほうだな。まったく動きがつかめねえ」

 サギッタリウスのことについては、ジャッキールも彼らに情報を提供したものの、どうも情報がつかめていないようだ。

(あの男は、現地の市民生活に溶け込むところがあるからな)

 と、ジャッキールは、顎をなでやった。彼の知るサギッタリウスは、彼自身と同じく、あくまで周囲から浮いた存在で、異質な空気を持つ男ではあったが、彼とは違って人を拒絶することはない。むしろ、表面的には人を惹きつけるような部分もあり、素朴で無邪気な部分が、彼の剣呑な部分を隠してしまうこともある。その為、表面的には自分よりうまくやっているところがあったと、ジャッキールは回想していた。

(しかし、どこに? やつの性格を考えると、性急に行動することはないとは思うがな)

 ジャッキールは、舌打ちした。

「よりによって面倒な時に飛び込んできおって! あの蛇男!」

 そういえば、今日はあいつらはどうしただろうか。と、ジャッキールは不意に気がかりになる。何か行動する時は、絶対に連絡しろ、とは言ったし、いきなり妙な行動は取らないだろうとは思っている。ああ見えて時々暴走するシャーだが、冷静なリーフィや用心深いゼダが一緒なら、そのあたり、先走った行動はとらないだろうとは踏んではいた。

 リーフィから話をきいたところによると、意外にゼダが彼を気にしてくれているようだという。同年代の友人……、といっていいのかどうか、彼らの関係はよくわからないが、まあ、同年代でそれなりにお互いを知っているものが、何かと気にしてくれているのはいいことだろう、とジャッキールは考えていた。

(まあ、そうとはいっても、今日一日、姿を見ていないのはそれはそれで気になるな)

 今日はリーフィも休みだといっていた。ということは、どうせ今はシャーの仮住まいになっているゼダの隠れ家か、リーフィの家で夕飯でも食べるようなことになっているだろう。いや、ラティーナがいるということは、人通りがまだ多いし、むさくるしくないリーフィの家の方が可能性が高いか。一度顔だけ見に行くか。

 ジャッキールは、そう考えて、リーフィの家のほうに先に足を向けていた。かつては、リーフィの世間体などを考えて、人目をはばかるように彼女の家を訪れていて、かえって不審者然としていたジャッキールだったが、最近は以前と比べると普通の態度だった。それは、シャーやゼダが平気で彼女の家を訪れていることや、近隣住民には職場の仲間が多いことなどから、リーフィの性格も知られているらしく、大して気にされていないことがわかったからでもあった。

 リーフィの家についた彼は、扉を軽くたたいて声をかけてみた。が、返答はない。中に灯もともっていないようだし、留守だろうか。まだ遊びに行って帰っていないのか、それとも、隠れ家の方にでもいるのだろうか。

 ジャッキールがそう考え、帰ろうかと思った時、不意に彼の名を呼ぶ声が聞こえた。

「ジャッキールさん、遅いと思っていたら、やっぱりここに来てたのね!」

 と、薄暗がりから駆け寄ってきた女は、リーフィだった。おっとりしている彼女にしては珍しく息を切らせていて、どうやらここまで走ってきたようだった。ジャッキールは何かあったのかと気がかりになった。

「どうかしたのか? 何か……」

「いいから、中に入って!」

 事情を聞こうとしたジャッキールだったが、リーフィは、扉の鍵を開けると、ジャッキールの意見も聞かずに彼を中に押し込んでしまった。ジャッキールが面食らっている間に、リーフィは息を整えつつ、少し外を気にした後、扉をがちゃりと閉めた。

「な、な、何が……」

 ジャッキールは、完全にあせった様子になっていた。大体、ジャッキールは、普段は室内でリーフィと話す時ですら、よほど秘密の話でなければ部屋の扉を少し開けておくような男なのだ。それに、そもそも、女性がやや苦手な彼は、女子といきなり対峙すると、あがって挙動がおかしくなってしまうのである。それが、こんな風に室内に二人きりにされてしまうと、混乱して頭が状況を把握できなくなってしまう。

 そんなジャッキールの様子に気づいているのか、それとも意図的に無視しているのかわからないが、リーフィはため息をひとつ。

「よかった。ずっと家で待っていたのだけれど、ずいぶん遅いし、もしかしたら、ここに寄ってくれているのではないかと思って、急いできたのよ」

「あ、ああ、そ、それは、すまなかった」

 ジャッキールは、まだ状況がよくわからないのだが、とりあえず、どうやら待たせたらしいのでそう謝っておいた。

「そ、それはそうと、俺を捜していたということは、何かあったのか?」

「ええ、ラティーナさんがさらわれてしまって、シャー達が二人で追っているところなの。それで、貴方にも手を貸して欲しくて」

「何!」

 ジャッキールは、ようやく、我に返った。

「相手は? 複数か?」

「私も話は聞いていないのだけれど、黒い服の集団で、そうね、私が見た時にいたのは、五、六人かしら。十人もいなかったわ。ちょうど私やシャーが酒場から離れた時に押し入ってきて、彼女を人質にとって、そのまま逃げてしまったの」

「交換条件や場所の指定は?」

「条件については、シャーから聞いていないわ。ただ、場所は、星の女神様の第二神殿だと。あと、このことは誰にも言うな、助力を求めたら彼女を殺すといわれているって……」

 ふむ、と、ジャッキールは唸った。

 なるほど、ハダートの言ったとおり、彼の配下が牽制しているため、相手も少人数で動いているようだ。彼らの目的については、ジャッキールには図り損ねる部分はあるものの、再び神殿を指名したことや、拉致したのがラティーナであることは、やはり、「シャルル=ダ・フール」を炙り出す為である可能性も高い。特にラティーナの命が懸かっているとなれば、一段と慎重な対応が求められる。言外するなと言うことは、将軍達の助力を排除する目的なのかもしれない。

 今までの事件にかかわったエルナトも、もちろん、関与しているだろう。元々サッピア側は、エルナト個人の暴走に見せかけたい思いもあって、彼を騒動に駆り立ててきたのだから。

(とはいえ、相手は十人以下。危険には違いないが、ヤツも一人ではなくネズミと同行している。それなら、不幸中の幸いだな)

 ただ、リーフィが、自分に助けを求めにきたということは、それなりに厄介な状況なのだろう。思わず腰の魔剣フェブリスの柄に手を這わせつつ、彼は頷いた。

「わかった。俺も、第二神殿に向かうようにしよう。王都の南方にある寂れた場所にある神殿のことだな」

「ええ、そうよ」

「わかった。リーフィさんは、安心して、ここで待っていてくれ」

 ジャッキールは、外に出ようとしたが、待って、とリーフィに呼び止められた。

「シャーが、貴方に渡してって。コレを預かってきたの」

「俺に?」

 見れば、なにやら、派手な布で包まれた手のひら大のものだ。リーフィが握り締めてきたと見えて、ぐしゃぐしゃになっている。ジャッキールが結び目を開くと、中から手紙が出てきた。

「これは?」

「わからないわ。私、中は見ていないから」

 ちらりと目を走らせると、青の将軍殿との文言が見えた。ジャッキールはこの時点で、中身をすでに予想できたらしく、急に眉間にしわを寄せつつぱらりと紙を開く。ざっと目を走らせて、彼は皮肉っぽく笑った。

「ふっ、相変らずだな」

 思わずそうつぶやくと、リーフィがきょとんとした顔で小首をかしげた。

 ジャッキールはそれに気づくと、リーフィに手紙の最後にある崩し字の部分だけを見せた。さすがに青の将軍だけで、彼の正体がばれることもあるまいが、シャーとしては彼女にその中身を読まれたくはないだろうと、彼は考えたのだった。

「これは、リオルダーナの文字? かしら?」

「ああ、これは古い文字だ。リオルダーナ人でも、この文字を使う人間は早々いない。これはな、とある男の本名を書いたものだ。ヤツが手紙の末尾にコレを書く時は、本気だということでな」

 ジャッキールは苦笑する。

「まあ、ヤツなりの必殺の予告というわけだ」

「果たし状ということかしら? シャー、その手紙を読んでから様子がおかしかったけれど」

「そうだろう。しかし、今、ヤツがそのような状況だとしたら、コイツの呼び出しに応じている暇はないだろう。残念ながら、今夜は空振りだな」

 ジャッキールは、何の気なしにふらっとその言葉を口にした。

「間の悪いヤツよ。蛇王へびおも」

蛇王へびお?」

 リーフィは、はっとして口に手をやる。

「ジャッキールさん、今、”蛇王”って言ったの? その挑戦状の主が”蛇王”さん?」

「あ、ああ、昔、俺のつけた渾名あだなだ。ヤツの本名は、不吉すぎて呼ぶに不便だったからな……」

 ジャッキールがリーフィの真剣なまなざしにやや気圧され気味に答えると、リーフィは、珍しく急いた様子で言った。

「その人、体の大きい、髭の立派な人ではないかしら。目が大きくて、鼻筋が通っていて、弓矢がとてもうまいリオルダーナ人、そうではないの?」

「あ、ああ、そ、そうだ」

 そういうと、リーフィはやっぱりそうだったのね、と納得した様子になり、心配そうな表情を覗かせる。そんな彼女を、ジャッキールは怪訝そうに見やった。

「それはそうと、何故リーフィさんがヤツのことを知っているのだ?」

「さっきまで一緒にいたの」

「何?」

 ジャッキールの片眉がひきつり、細い目が見開かれる。

「シャーと今、一緒に神殿に行っている人が”蛇王”さんなの!」

「何だと!」

 ジャッキールは、元々顔色の悪い顔をさらに青ざめさせ、手の中の手紙を握りつぶした。



 *


 神殿の中には煙が入り込み、宵にさしかかったこともあって、かなり視界が悪くなっていた。

 エルナトは、いつの間にか姿を消しており、広間にはクロウマと彼の部下の三人がラティーナを守りながら潜んでいる。裏手に回った二人が戻ってこない、ということは、やられたと考えていいだろう。

 いきなり悲鳴が上がり、クロウマの隣にいた部下の一人が射抜かれて倒れた。

「三流だな。詰めが甘すぎる」

 クロウマは、はっと顔を上げる。いつの間にか、逆光を浴び、正面の門の下に弓を携えた大男がたたずんでいた。

「貴様」

「昔、東方で戦ったザファルバーンの狗どもはこんなものではなかった。飼い主の質が悪ければ、飼い犬の質も悪いか」

「黙れ。よりによって敵と手を組むとは。貴様の異名もしれたものだったな」

「ははは、面白いことを言う」

 にたっと口を広げて彼は笑った。

「そもそも、俺の実力を見誤ったのはそちらのほうだ。俺は、標的を必ずしとめるといったが、お前達は信用しなかった。それならと、金を返し、静かに立ち去るつもりだったが、あまつさえ刺客を差し向けて消そうとはな。いや、どうせそんなことだろうとは最初から思っていたが、差し向けてきた刺客の質が低くて実に退屈だったものだ。俺は退屈を嫌う性分でな。お前達よりも、あの小僧の方がよほど面白い。それだけでも、宗旨替えの理由にはなろうぞ? ん?」

 視線を斜めに下げながら、そう確認するように言う。

「戯言を!」

 その瞬間、不意にザハークの背面から黒い影が飛び掛った。しかし、彼は一瞥もせずに持っていた弓で薙ぎ払う。影が着地して態勢を整える間に、ザハークは弓を収め、右手を剣の柄に伸ばしていた。

 ちら、と、白銀の光が輝いたと見えた瞬間、再び飛び掛っていた影は斜めに斬りつけられてその場に倒れ伏した。その手並みは鮮やかで、彼の外見にそぐわぬ流麗さすら漂わせていた。

「まだ俺の実力を理解していないらしいな。ずいぶんと甘く見られたものだ。だが、俺ももう容赦はせんぞ」

 抜いた曲刀をきらりと光らせつつ、ザハークは、静かに微笑み、顎をしゃくった。

「クロウマ、貴様自身が来い」

 はっと、クロウマは、反射的に腰の小刀に手を置いた。

「俺は貴様が一番強いと見たぞ。いちいち配下をけしかけていたのでは、知らぬうちに全滅しかねん。そろそろ、貴様が来い!」

 クロウマは、初めて彼に戦慄した。静かに殺気を湛え、そこにたたずむ彼の威圧感は、普段の彼の言動からは想像できないほど冷たく重い。その重さをどうにか払いのけ、クロウマは、彼をにらみつけた。

「言われずとも!」

 クロウマは、腰の小刀を抜き、ザハークに飛び掛った。

 


 金属のぶつかり合う音が響きはじめていた。神殿の中は、相変らず視界が悪く、煙が立ち込めている。その煙にむせかえりそうになるのを防ぐのに、シャーは手ぬぐいを口元に巻きつけていた。

 ザハークと別れてシャーは、神殿の中に入り込んでいた。ザハークは、正面から入るということで、シャーは裏手を引き受けていた。

「お前は忍び込むのとか得意そうだから、俺が正面から入って暴れている隙に娘を助け出すのだぞ」

 などと彼は言ったものだった。

 ザハークの性格を見れば、よくわかることなので、シャーはそのとおりに応じることにして、自分は、建物の裏の壁を少し登って、中二階の窓から入り込んでいた。

 すでにザハークは、戦闘を始めているらしく、かろうじて彼らしい人影が踊っているのがわかった。

(強いな)

 視界が悪いものの、ザハークの立ち位置もあり、先ほど彼に飛び掛ったクロウマの配下を斬り捨てた彼の一連の動きは、シャーにもきっちり見えていた。

(力もあってなんといっても速い。そのくせ、太刀筋は正確だ。あの流れるような動き、またジャッキールのダンナとは違った怖さがあるな)

 無意識にそんなことを分析しつつ、シャーは考えていた。

(もし、蛇王さんが敵に回ったとして……。あんな力でぶん回されたら、さすがのオレでも……)

 ふと、そんなことを考えつつ、シャーは首を振った。今は、彼は味方なのだ。そんなことを考えている場合ではない。今更ザハークに失礼ではないか。

(蛇王さんは、きっちり仕事をこなしてるんだ。オレは、今になって何を……)

 何を話しているのかまでは聞こえなかったが、ザハークが相手を挑発したのは知っていた。それは、シャーの為でもあるのだ。彼がラティーナを救出しやすいように、敢えて敵の注目を集める行動を取ってくれているのだ。

 シャーは、足音を立てないようにして中二階から降りると、祭壇の間を進んだ。最初に窓を覗き込んだ時の人数を信じるなら、相手は六人だ。そのうちの二人は外で倒し、残りの二人はザハークが先ほど倒している。ということは、相手は、二人で、そのうち一人とザハークが戦闘中である。ということは、後注意すべき敵は一人。

 最低でも一人はラティーナのそばにいると思われるので、彼女を助ける為には、その一人をいかに排除するかである。

 下に下りると、クロウマとかいう男がザハークにしきりに飛び掛っているのが見える。体格的な問題もあり、正攻法ではザハークにかなわない為、かなり変則的な動きをして惑わせようとしているようだったが、ザハークは相手の攻撃をうまく受け流しており、その態度には余裕が感じられた。

 シャーは、そっと周囲を見やる。祭壇があったらしい場所に、ラティーナが縛り上げられているのが見えていた。だが、周囲に彼女を見張っているはずの人影がいない。

 少し考えた後、シャーは、ラティーナのそばに早足で駆け寄った。ラティーナはぐったりとしていたが、外傷は見受けられない。何か薬でも飲まされたのだろうか。

「ラティーナちゃん、しっかりして」

 シャーは、短剣を抜いてラティーナの縄を切ってやりながら、小声で彼女にささやきかける。頬を軽く指でたたくと、うーん、と軽くうめき、かすかに目を開く。

「あれ、シャー?」

 ラティーナがぼんやりとした様子でつぶやいた。

「あれ、私……、ここ、どこ?」

「よかった。今助けてあげるから、もう少し我慢して」

 シャーが笑って、そういった瞬間、背後に気配を感じた。

「っと、きやがったか!」

 シャーは短剣を翻して、その一撃を受け止めた。姿が見えない時から、いずれ来るのは予想していた彼は、ごく冷静だ。

 覆面をした男が片手刀を手にして、そのまま突きこんでくる。しゃがみこんでいたシャーは、立ち上がりながら押し返し、ラティーナのそばから離れさせようとした。

 しかし意外に相手の攻撃が激しい。押し返しても数度、積極的に突きかけてきていた。面倒になったシャーは、相手との間合いに入るとそのまま蹴りをくれて強引に距離をとる。そして、短剣を左手に持ち替え、右手で長刀を抜こうとした。が、その瞬間、なぜか違和感を感じ、彼は一瞬動きを止めた。

 背後に、誰かいる!

「シャー!」

 ラティーナの声がして、シャーは、はっと後ろを振り向いた。祭壇だった段差の上に、いつの間にか男が一人立ち、弓を構えていた。エルナトとかいわれていた、あの昼間に会った男だった。シャーは、焦った。彼が窓から確認した時の人数は六人。しかし、その中にエルナトは含まれていなかったのだ。

「ちっ! しまった!」

 反射的に逃れようとしたが、振り返ったことがスキになり、クロウマの配下が先に回りこんできて、そのまま、激しく攻撃してきた。ようやく長剣を抜いたシャーは、それを防ぐのに手一杯になってしまう。

「もらったぜ!」

 エルナトは、にっと笑い、十分に狙いをつけ、引き絞った矢を彼に向けて放った。

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