9.陽気で不思議な蛇の王-2

 程なく料理が運ばれてきたが、その頃にはすでに、シャーとゼダは、男と三人顔を突き合わせていた。

 奇妙な取り合わせになったことに、二人は多少困惑していたのだが、当の男は特に気にした様子もなく、運ばれてきた料理に満足気な顔をしていた。

「この店は、なんと言ってもカレーが美味いのだな」

 男は、そう言いながら実際にナンにカレーを浸してうまそうに食っていたものである。カレーや豆のスープなどは、この地域の大衆料理店ではよく見かけるものだ。男の好みにこの店の料理が合っているのだろう。どうやらこの店に通いつめているようだし、亭主の言っていた流れ者風の常連とは彼のことらしい。

「今日で豆のカレーも、鶏肉のカレーも全種類食い尽くしたぞ。うむ、今日のカレーもなかなかうまいし、適度な辛さだな」

 幸せそうにもぐもぐ口を動かしたあと、男はそういって頷き、二人をみて言った。

「お前たちも、カレーのうまい店があったら俺に教えてくれ。この際、この街の美味いものを制覇するぞ」

 のんきにそんなことをいう男を見ると、なんとなく気が抜けそうだった。

「なんだ、あんた、ここの飯が美味いからここに通ってきていたのかよ」

 ときいたのは、ゼダである。

「そうだろう。うまくなければ飯屋の常連にはならんぞ」

「いや、そりゃあそうなんだけどさ」

 ゼダとしては、流れ者風の常連ということで、何か襲撃事件などに関連のある話が聞けるのではないかと期待していたところだったのだ。風貌はともあれ、こうして平和そうに食事している男の姿を見ると、そういう話を聞けそうな気がしなかった。もちろん、そう考えて軽く落胆しているのは、シャーも同じである。

「いや、だってさ。こういう射的場のある飯屋に通いつめてるっていうから、そういう腕に覚えのある人なのかなーって思うじゃない?」

 シャーがそう続けると、男はうむ、と唸る。

「おう、もちろん最初はそういう話をきいて興味があるから入ったのだぞ。しかし、誰も弓を引いていなくてつまらなかったのだ。お前らがくるまで、短剣投げる人間もいないのだ。となると、飯が楽しくなるのに決まっているだろう?」

 男の返事に、シャーは、およ、と頬杖を外した。

「それじゃ、最初はそっちが目的だったんだ?」

「うむ、俺は弓も好きだからな。人が弓を引いているのを見るのも楽しいぞ」

 意外にあっさりとそんなことを認める。

「それなので、的の前ががらんとしているのをみるのは、実は寂しかったのだ。そんな時にお前たちが来たので、俺は嬉しかったのだ」

「そりゃ、仕方ないぜ。大きな声じゃ言えないが、あんただってこの国でいろいろ事件があったの、知ってるだろ」

「あー、暗殺未遂事件のことか? 一応きいているぞ」

 ゼダにきかれて、男は、特に表情も変えずにけろりと答える。

「あの一件の下手人が捕まっていねえもんだから、下手に弓矢が好きだとかいわれて、しょっぴかれるのをみんな警戒してるのさ。この店に人がくるわけねーだろ。あんたが珍しいんだよ」

「まーそれもそうだな。俺も自分が変わり者であることを否定するつもりはないぞ」

 男は、納得した様子になった。

「あ、そうだ、まだ名前を聞いていなかったな。お前たち、名前はなんというのだ」

 いきなりそう振られて、シャーのほうが先に答えた。

「オレは、シャーっていって、この界隈うろついてるケチな野郎なんだよ」

「ふむ、住所不定無職か。まあ頑張れ」

 いきなりそんなことを言われて、シャーが慌てる。

「い、いきなりなんでそんなのわかるんだよ?」

「お、図星か。気にするな、ただの勘だ。なんか知らんがいろいろ頑張れ」

「ちょ、か、勘って、ナニソレ」

「で、お前は?」

 男は混乱するシャーを無視して、ゼダの方を向いた。

「オレはゼダでいいぜ。まあ、あんまりこっちと変わらねえ身上かな」

「うむ、お前はこっちとは違って、かなりの遊び人だな。女を泣かすのは大概にしておいたほうがいいぞ」

「い、いや、べ、別にそんなんじゃ……」

 いきなり言われて、ゼダは面食らうが、男はマイペースに一人で納得したようだった。

「あい、わかった。住所不定無職の三白眼小僧とスケコマシのネズミ小僧だな。よし覚えたぞ!」

(まったく、人の話聞いてねえ!)

 名前をわざわざ聞いた理由はなんだったのか。名前を覚える気がそもそもなさそうだ。ツッコミたい気持ちはあったものの、なんとなく気力が削がれてしまう。

「で、あ、あんたはなんて言うのさ?」

 シャーがようやくそういうと、ん? と男は、軽く唸った。男は腕を組むと、少し困った様子で考えはじめる。

「俺か。俺の名前はこのあたりの人間にはありがたくないらしいからな」

「なになに。そんなもったいぶらないで、教えてよ」

「そうか。それなら」

 シャーに促されて、男は頷く。

「俺の名前はザハークというのだ」

「ザ、ザッハーク?」

 一瞬、シャーとゼダの顔が、やや引きつる。

「そ、そうですか。お、押しのきいた名前でやんすね。蛇の王ザッハークとか」

 シャーが固まった空気を察して慌てておどけて言う。そういう名前の邪神がいるというのは、シャーでも知っている。厳密には、ザファルバーンの神というより、東方由来の邪神であるときいていたが、有名な神であるし、ゼダも当然知っているだろう。大体、ゼダの方が縁起を担ぐ性質なものだから、ちょっと顔がひきつっている。

「いや、俺の名前の発音的には、ザハークが正しいのだ。ま、そういう由来の名前だな」

 男、ザハークは、やや困ったようにため息をついた。

「何やら悪い神の名前だから縁起が悪いと言われるし、押しのききすぎる名前なのだが、それが本名なので仕方がないのだ」

「そ、そりゃあまあ、その」

 シャーは少し考える。確かに、邪神の名前を連呼するのは、あまり縁起のよいものではない。シャーは、そんなに縁起を担ぐたちではなかったが、実際ゼダをみればわかるように周囲の反応も気になるし、できればもっと穏やかな呼び方をしたいところだ。

「な、何かアダ名とかないのかい? もうちょっと呼びやすい感じのさ」

 そうだなあと考えていた男は、思いついたように膝を打つ。

「そうか、ではお前が好きなように、アダ名を決めてくれい」

「ええー、オレが決めるの?」

「いいだろう? 小僧はそういうのが、得意そうでないか」

「得意っていうんじゃないんだけど、それじゃあ、そうだなあ」

 シャーは、少し考えて、

「んー、……んじゃ、蛇の王だから、蛇王へびおさんでどう?」

「恐ろしくそのまんまだな」

 隣で聞いていたゼダが、そう突っ込んできたが、聞かないことにする。

「ほう、ヘビオだな」

 少し驚いたあと、そう反芻して、何を思ったかザハークはにんまりした。

「気に入らないかい?」

「いや、それでいいぞ。いや、昔、俺のことをそう呼んだヤツもいたような気がしてな」

「そ、それじゃあ、蛇王さんで決定ね」

「おう、よろしく頼むぞ」

 ザハークは、ニコニコしながら明るく言った。

 蛇の王、とは、全く物騒な名前だ。

 かといって、男自体はそれほど蛇の名が似合う印象はなかった。目つきは鋭いし、妙に勘がいいようだったが、毒蛇のイメージはなかった。蛇に当てはめるとしたら、大きなニシキヘビぐらいだろうか。それが、陽だまりでのんびりと日向ぼっこしているような雰囲気の男だ。豪放磊落で自由奔放で陽気ながら、どことなく謎めいている雰囲気の彼に、ある意味では合っている名前のような気がする。

「そういや、さっきからちょっと気になってたんだけど、蛇王さん、もしかして、リオルダーナの人? ちょっと東方の訛りがあるよね?」

 シャーがそういうと、おう、と男は答えた。

「よくわかったな。そのとおりだ」

「へえ、珍しいね。和睦して戦争が終わったとはいっても、まだまだ西方にやってくるリオルダーナ人は少ないときいてるんだけど」

「そういや、交易も最近復活したばかりって聞いてるぜ」

 ゼダが口を挟む。

「色々事情はあるのだが、実は、この国には人を探しにきたのだ。ま、よいところだときいていたし、一度行ってみたいとは思っていたから、ちょうどよかったのだ」

「へえ、人探し? どんな人よ? 何だったら協力するけど」

「いやいや、構わん。のんびり探すつもりだからな」

 ザハークは、のんきにそんなことを言うので、シャーはきょとんとした。

「え、でも、人探しだろ? みんなで探したほうがいいじゃないか?」

「ふはは、相手がそれほどありがたい相手ではないからな。顔を合わせると、相手を殺さねばならんかもしれん。だから、後回しでもよいのだ」

 いやに物騒なことを言う。

「な、何? 敵討ちかなにかなのかい?」

「んーそういうわけでもないが、ある意味では似たようなものだな。ちょっとした因縁のある相手なのだ」

「ふーん」

 話している間に、ザハークはすっかり昼食のカレーを平らげてしまっていた。シャーとゼダの二人も、軽い昼食を終えようとしていたが、ザハークは一足先に食後の珈琲をすすりながら、上機嫌に続ける。

「しかし、ここは噂以上に良いところだな。飯は美味いし、気候もほどほど良いし、風呂屋も多いし。気に入ったぞ。唯一残念なのは、この店で遊技に興じる奴らがいないことだな」

 そこまでいって、ザハークは、ふと気づいたように二人の顔を見た。

「そういえば、お前達は、なぜこの状況でこの酒場で遊んでいたのだ? さっき、こんなところで遊んでいると疑われると自分でも言っていただろう? それに、何か情報をききたそうだったが、お前達は見れば、軍属でもなさそうだし、好奇心でこの騒動に首を突っ込むのはあまりにも危険すぎる。それぐらいわからん馬鹿でもないだろう?」

「いや、オレたちが弓の使い手を探してるのは、今はそっちと違う事件のためでね」

「ほう? 何か別にあったのか?」

「今日の昼、大通りの近くの路地で女の子が狙われたんだよ。オレたちがちょうど近くにいたので、無傷で済んだんだが、相手を捕まえることができなかったもんでさ」

 ザハークは、驚いた様子になった。

「何、そんなことがあったのか? それは知らなかったな」

「役人の連中も知らねえって言ってたからさ。人気も少なかったし、大騒ぎにならなかったんだけど、逆にそれで情報がなにもなくてよ」

 ゼダが代わりに答える。

「役人には届けたのか?」

「それが、今は忙しいもんで、ろくに相手をしてくれねえでやんの。まあ、狙われたお嬢さんも、あまり大事にしたくなさそうだったから、それ以上は強引にいかなかったんだけどさ」

「ふむ、それでお前達が直々に情報収集しているというわけだな」

 ザハークは、珈琲をすすってヒゲを一撫でした。

「俺も一応、流れの戦士をやっているし、弓には覚えがある方だ。証拠の品があるなら、見せてみろ。何か協力できるかもしれん」

 ザハークが流れの戦士であるのはどうも間違いなさそうだが、今の時点では、本当に腕利きなのかはどうかはいまいちわからない。今のところ、ザハークも、進んで力を誇示する行動にはでていない。体格や風貌は常人のそれではないし、シャーの負傷を見抜いた慧眼を考えると、それなりの腕はあると見てもよかったが、この能天気でおおらかすぎる態度やがさつな行動を見ていると、どうも、そんな風にも思えないところもある。

 だが、他にめぼしい客もいなくて、情報源もないことと、ザハークの気さくな雰囲気にもほだされていたせいもあるのだろう。シャーは、用心深いところのある彼にしては、いささか不用意ではあったが、例の矢を見せるつもりになっていた。

 シャーは、矢を剣の鞘と一緒に引っ掛けていたのだが、それを抜き取ってザハークに渡した。

「これなんだけどね」

「おお、これか!」

 ザハークは、それを受け取って斜めにしてみたり、目線に掲げてみたり、鏃を観察したりする。

「イマイチ、特徴が薄くてさあ。でも、オレは弓矢にはそんなに詳しくないからね。詳しい人には、何かみてわかるもんならいいんだけど。蛇王さんが詳しいってんなら、何かわかるかな」

「うーむ、これは……」

 一通り観察を終えて、彼は矢を机の上において、深刻な顔で腕組みをする。

「何かわかったのか?」

 シャーとゼダが、期待を込めて彼を覗き込むと、ザハークはばっと顔を上げた。

「この矢、何の変哲もないぞ! 全く特徴がない! 特徴がなさすぎて、びっくりする」

「や、やっぱり……」

 がくりと頭を垂れるシャーに、しかし、とザハークは言う。

「まー、調べることといったら、この木の材質が何かとか、羽が何かとか、鏃を作った工房があるのかなどを地道に調べることぐらいだな。だが、この周辺の地域で使われるごくごく普通の矢で、目印も何もついていなさそうだな。これを証拠品というのは、非常に難しいぞ」

 しれっとそんなことをいうザハークに、シャーはため息混じりに言った。

「だから困ってるんだよ、蛇王さん。調べようにも、情報が少なすぎて」

「そうなんだよな。もし、この店にあんたみたいなのが溜まってりゃ、もうちょっと話聞けるかと思ったんだけど」

 ゼダが、期待はずれといわんばかりにつまらなさそうに頬杖を突いている。

「せめて、ここに来てる仕事仲間とか知り合いで、何かこういうことしでかしそうな危ないのとかいないのかい?」

「むう、この街に来ている弓矢のうまい傭兵連中などは、それは数名は知ってはいるが、俺自身も、ここ最近この街にきたばかりなので、そもそも地元にいたヤツはわからんのだ。第一、そういうやつらは全員、例の未遂事件の容疑者として目星をつけられているだろうからな。あれ以降、どこに潜んでいるのか俺も知らんのだ」

「なるほどねえ」

 シャーは、癖がついてくるくるしている前髪を指でもてあそびながら、なにやら考える。考える時の一種の癖らしい。

「でも、そうだよなあ。蛇王さんが言うように、蛇王さんと面識あるような外から来た人間がやったこととは限らないしね。頭痛いぜ」

 その様子を見ていたザハークが、矢を再び手に取りながら、ふっと笑った。

「ふーむ、それでは実際、矢を射ってみるのはどうかな?」

「へ?」

 思わぬ一言に、二人は彼の顔を見上げる。

「お前達、それほど弓矢に親しんでいるわけでもなさそうだ。自ら弓を引いてみることで、射手の気持ちになって、何かわかってくることもあるのではないか。たとえば、どこに潜んでいたのか、誰をどう狙おうとしたのか、殺そうとしたのか、傷つけようとしたのか、それとも、ただ単に騒ぎを起こしたかっただけなのか」

 にっとザハークは笑う。

「全く情報がわからんのなら、当事者になったつもりで考えてみるのもよいかもしれんだろう? その為に、自ら一度引いてみろ。見方を変えるのは効果的なことなのだぞ。で、そもそも、貴様等、弓に覚えはあるのか?」

「オ、オレは、その、平民出だし、兵役についたこともないし、狩猟の趣味もねえから、あんまり引いたことねえんだよな……」

 と、まずゼダが答える。彼にしては珍しく控えめだった。ということは、本当に自信がないということだろう。

「できたらうまくなりたいんだが、そういう機会もあんまりねえし」

「ふむ、なるほどな。では、三白眼小僧、お前はどうだ?」

「え、オ、オレ?」

 シャーは内心、ドキリとしたのだ。

 ゼダは兵役についていないので経験がないといっていたが、シャー自身は実際は大将として戦場に長いこといた身であり、言ってみれば職業軍人だったのだ。師匠が剣を得意とする男であったこともあり、シャーも剣術のほうがもちろん得意ではあったが、戦場に赴くにあたって、当然、弓術や馬術の類はみっちりと仕込まれていた。むしろ、それは武人のたしなみとして、できて当たり前のものではあったのだ。そして、肝心の腕前にしても、剣ほどではないものの、並の兵士よりは優れていた。

 が、こんなところで、そんなことをアピールしたところで何になるだろう。正直しばらく弓を引いていない。先ほど、的を外して、恥ずかしい思いをしたばかりだし、自信のあるところを見せるのはちょっと不安だ。それになにより、ただの遊び人風にしか見えていないだろう自分に、そんな素養があるとしたら、さすがのザハークも不審に思うかもしれない。

 だが、まるきり素人だと嘘をついても、見破られそうだ。なにせ、ザハークは先ほど短剣を投げる彼のフォームを見ただけで、自分が左半身をかばったのを見抜いたような男なのだから。

 切れ者なのか、それともただのまぐれかは判然としないものの、ザハークの前で下手な言動を取ることに、今更ながらシャーは言い知れぬ不安を感じはじめていた。

 若いなりに色々な人間を見てきて、それなりに権謀術数渦巻く世界に身をおいてきたシャーだったが、その彼をしても、ザハークをどう評価していいのかわからなかったのだ。気持ちの上では、悪い人間でもなさそうだし、裏があるとも思えない。しかし、どうしても、得たいの知れない不気味さが付きまとう。

 目の前にいる気さくで陽気なザハーク。一見大柄で強面には違いないが、大らかで子供みたいな屈託のない笑みを浮かべ、そしてその笑顔はこちらの警戒心を一瞬で解かしてしまう。しかし、何故だろう。自分は、この男の視線に、何か既視感を覚えている。しかも、その感覚は、自分にとってめでたくないものだ。

 もし、彼が自分を試しているのだとしたら――。もし、彼が、すでに自分の実力を見抜いているとしたら、一体、彼の言動はどんな意味になるのだろう?

 ふとザハークに視線を向けてしまったが、彼はきょとんとした様子でシャーのほうを見ていた。本心がわからないが、そこに敵意はみられなかった。

(まさか。考えすぎだ……)

 シャーは、内心首を振った。

「いやあ、オレは、ガキの頃、ちょっとだけやってたことがあるんだけど、最近ちっとも触れてなくてさ。基礎とか色々忘れちまってると思うんだ。もともと、得意って程じゃなかったし」

 シャーは、続けて言った。

「まあ、うまいほうが得だけどね。なんだかんだで、弓がうまけりゃかっこいいし、女の子にももてるからさ」

「そうか、ネズミ小僧はともかく、貴様はそのままではぱっとしない感じだからなあ。意中の娘に振り向いてもらうには、底上げが必要だものなあ」

 無心なザハークの言葉がぐっさりとシャーに突き刺さる。

「な、何でわかるのよ」

「ははは、ただの勘だ。気にするな。まあいい。そういうことなら、この俺に任せてもらおう!」

 いきなり、ザハークは、どんと胸を叩いた。

「先ほども言ったが、俺は弓には腕に覚えがあるのだ。お前達の抱えている事件の解決の為、ひいては小僧の魅力底上げの為、この俺がじきじきに手を貸してやろう!! 俺が特別に清く正しい弓術というものを教授してやるぞ! 明日からこの店で特訓をしよう!」

「え?」

「本当か、蛇王さん」

 シャーは、思わずきょとんとするが、ゼダは、乗り気だ。どうやら、先ほど経験はないがうまくなりたいといったのは、本音のところだったらしい。

「うむ、ネズミ小僧だって、せっかくだから、この際、弓を習っておきたいだろう。この俺に任せろ! 趣味で教えてやるから、謝礼もいらんぞ。俺も目立った行動を取れないから、暇なのだ」

「ちょ、ちょ、ちょっと!」

 すぐに返事をしてしまいそうなゼダの袖を、シャーは慌てて引っ張った。

「な、なんだよ?」

「ちょっと、こっち、ちょっとこいって!」

 シャーはゼダの袖を引っ張り、ザハークに背を向けて、小声になった。

「オレ達、情報収集が目的なんだろ。忙しいんだよ。そりゃあ、蛇王さんの申し出はありがたいけど、そんな遊んでる暇がどこに……」

「いーじゃねーか、証拠もろくにあがりそうもねえし、蛇王さん、一応、傭兵みたいだしさ。思わぬとこから、情報見つかるかもしれねえだろ」

「そりゃそうかもしれねえけど、あのなぁ」

 楽観的なゼダに、シャーは眉根をひそめた。

「んじゃあ、他に何か手があるのかよ。こういうことになったのも、何かの縁だって」

「う、うーん、ま、まあ、そうだ、なあ」

 ちらりとザハークのほうを見やる。確かにこの期に及んで、ザハークに断りを入れるのも気が引ける。やや強引なところもあるが、シャーもすでにザハークにある程度ほだされてきているのだった。不気味で得たいが知れないと心のどこかで思いつつも、彼は好ましい人間の部類に入る。

「お、どうした? 都合でも悪いのか」

「え? いや、なんでもないよ。こいつに、明日の予定とか、何もなかったかなあと思ってさ。ほら、女の子と約束入れてたら大変じゃん? オレにはないけど」

 目が合った途端、そう尋ねてくる彼にシャーは慌てて首を振って笑っていった。

(まあ、悪いやつじゃなさそうなんだよなあ。ちょっと押しが強いけど)

「んじゃ、ヨロシクお願いします」

 いつの間にやら、シャーはそう答えてしまっていた。

「まかせろ! どんと来いだ!」

 ザハークは、屈託ない笑みを浮かべて胸を叩いた。


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