7.酒と旦那と魑魅魍魎

 店内は、異様な空気に満ちていた。

 肉料理に使ったのだろうか。香ばしいスパイスの香りと、きついアルコール。そして、店全体をくもらせるようなタバコの煙。

 店に入ると、一瞬あたりの視線がこちらに集まったような気がした。が、表面上は、みな彼らにかまう様子もないように見せかけている。

 店内にいるのは、ほとんどが男で女は酌婦が数名いた。一言で言うと有象無象という印象だった。

 男達は、一見してろくでもない人間だというのはわかった。一瞬だが、殺気がこちらをむいたのにも気づいていたし、服装を見ても話してわかるようなものはいなさそうだった。女の方もけばけばしい化粧と派手な衣装であけすけに笑っていた。シャーが普段いるのは場末の酒場ではあるが、接しているのがずいぶん上品なリーフィであるし、ここまで乱れた雰囲気の酌婦はいなかった。

 別にそんな女達に出会ったのが初めてではない、が、シャーはそういう女性があまり好みではなかったし、むしろ苦手でもあったので、なんとなく萎縮してしまいそうだ。店内の不穏な空気ともあいまって、シャーはなんとなく気圧され気味だった。

 それは、シャーの少し後ろにいるゼダも同じだったかもしれない。ゼダなどは、常にもっと上品な店に出入りしているのだから、こういうところにはあまり来ないのかもしれない。

 そんな異様な店内にややこわごわしている中、ジャッキールは平気そうな顔ですいすいと客の中を縫って歩いていく。それに遅れるとややこしそうなので、シャーとゼダは慌てて彼についていった。

 ジャッキールは、亭主らしい男の近くの席を見つけてさっと座った。ちらりと男がこちらを見る。男の方もかなり人相が悪く、さすがはこの酒場の主だと思わされた。

 男が一瞬ジャッキールを気にしたようにしていたが、誰かまではわからなかったのだろうか。眉をひそめて怪訝そうにしているのをみて、ジャッキールが酒を頼むのに手をあげていった。

「久しぶりだな」

 その声で気づいたのだろうか。男の方に一瞬安堵らしいものがはしった。こういう店であるので、よそ者には過敏なのだろう。

「なんだ、旦那か。まだ生きているとは思いませんでしたぜ」

「あいにくと悪運だけは強いからな」

「それに、今日は連れがいるみてえだから、あんただと思わなかったのさ。あんたに友達がいるとはねえ」

 男は、そう答えてからからと笑った。

「少々貴様に聞きたいことがあってな」

「ああ、旦那とは久しぶりに話もしたいところだ。いいぜ」

「あのー」

 なにやら声がしたのでジャッキールが振り返ると、なんとなくついていけなくなって後ろで固まっているシャーとゼダが、居心地悪そうに突っ立っていた。

「どうした?」

「あのー、オレ達、その辺で飲んでてもいいっすか?」

シャーがなんとなくそんなことを言ったが、ゼダも特に反論をしなかった。多分ゼダも同じ気持ちだったのだろう。できたら、店の隅で目立たないように潜んでいたいのだ。

「貴様らも聞きたい話があるのだろう」

 ジャッキールがそうきいてくるので、シャーは慌てて首を振る。

「い、いやあ、ダンナの後でいいんで。というか、ダンナがちょろっとこのところの近況をきいてもらえればそれでいいんで」

「いいのか。もっと細やかな情報がほしいのだろう」

(こんな時に気をつかわなくていいんだよ!)

 空気を読め空気を! と、シャーは言いたい気持ちだったが、今のジャッキールにはそんなこと直にはいえそうもない。

「あの、ダンナもお久しぶりでしょうから、ほら、つもりつもった話もあるでござんしょうしねえ。ちょっときいてもらって、あとで教えてもらって、足りなけりゃきかせていただくってことで、ね?」

 シャーが、追従しながらいうと、ジャッキールはそれ以上追求しなかった。

「そうか。それでは、その辺で飲んでいろ。後で呼ぶ」

「すんませんね。ありがとうございます」

 シャーは、ほっとしてゼダと視線を交わしたものだ。

 そうして、二人は、店の隅っこの薄暗い場所を占拠して、頼んだ酒をちびちびやることに成功したのだった。

「もう、こういうとこ、苦手なんだよなあ」

 ジャッキールが向こうで亭主となにやら会話しているのを眺めながら、シャーはぼんやりといった。

「オレは、もっと酒はたのしーく飲みたいんだよね。こういう空気のとこってキライ。もう女の子いなくてもいいから、楽しく穏やかに騒がしく飲みたいぜ」

 ぼそりとつぶやくと隣でゼダが同意する。

「オレも。信用できる女の子としっとり飲んでるほうが楽しいぜ」

 趣向はちょっと違うが、二人ともこういう雰囲気の場は苦手らしい。

「こうも、戦闘意欲バリバリの連中に囲まれると、落ちつかねえよなあ。普段はやる気ない方だし」

「そうだよな。たまには刺激的なのもいいんだが、ちょっとなあ」

「とりあえず、こういうとこ慣れてそうなオッサンに任せよう」

「そうだな」

 二人はそのつもりにして、珍しく二人固まってちびちび酒を飲んでいた。

 ジャッキールは、というと、先ほどから亭主と何か話し込んでいる。ちゃんと話を聞いてくれているだろうか。少し不安だ。

そんなことを思いつつ、シャーは何気なく店内をぐるりと見回す。店の中は、外で見るよりもずっと広く感じられたが、それでもずいぶん人が多く、人口密度が高かった。多分、シャーがなんとなく息苦しく感じているのは、それもあるのかもしれない。別に人が多いのは平気だが、こうもろくでもなさそうな連中の中に放り込まれるのは気がすすまない。

 シャーもゼダも表面的には、自分を弱そうにみせているのが通常だ。それは、争いを避けて生きていることにつながっている。二人とも騒ぎが起こればそれなりに楽しんではいるし、敢えて自分から暴力沙汰にもっていくこともあったのだが、自分が望まない争いに巻き込まれるのは避ける傾向にある。理由もなく暴れたいわけでもないので、こういう風にむやみやたらと殺気にさらされるのは嫌いなのだろう。

 そんなことを考えつつなものなので、シャーも周りをじろじろ見回すことはしなかった。なにせ、自分は絡まれやすい顔をしているらしいので、なるべく目立たないようにしなければ。ここで騒ぎを起こすと、今日は最初から気合が入っているジャッキールの頭の線がぷっつんといきかねないので、余計にである。さしさわりのないように、さらりと周りをみまわしたつもりのシャーであったが、ある一点に目をとめて思わず顔色を変えた。

「アイツ」

 そこにいるのは、見覚えのある男だった。が、あまり思い出したくもない男でもあった。

 少し離れた壁際で隣の男となにやら談笑している様子の、ちょっとしたいい男。そいつとであったのは、確かリーフィの酒場でのことだった。

 男の名はベリレル。かつてリーフィと恋人関係だったという男だ。

 思わずシャーが、がたっと立ち上がりそうになったところで、ふとシャーの様子に気づいたゼダが服のすそを引っ張った。

「待て!」

 服のすそをひっぱられて、つんのめりそうになったシャーは、ゼダを横目ににらんだ。

「何しやがるんでえ」

「おいおい、何しに行くつもりだ。直談判するつもりかよ」

 ゼダは、声を潜めてやけに冷静にシャーを引き止める。

「お前、あいつが誰だか知ってんのかよ?」

 シャーは、絡むようにいいながらも、ゼダの視線を受けて声を低めた。

「知ってるよ。あれだろ。リーフィの別れたコレ」

 と、ゼダは親指を立てて言った。

「アレだろ。もしかしたら、ミシェの一件に絡んでるかもしれねえと考えてるんだろ」

 ゼダは、相手にさっと目を走らせながら言った。

「そこに予想がいかねえほうがどうかしているぜ」

 ゼダは、首を振る。

「だけどよ、だからって直談判してどうするんだ。オレ達がいっても逃げちまうぜ。オレとてめえは面が割れてるんだぞ」

「そりゃそうだけどよ」

 シャーは、むっと口をへの字に曲げつつ、ゼダを不機嫌そうに見た。言われればそのとおりだ。今回に限ってゼダの方が正しい。

「だったらどうしろっていうんだ?」

「お前ともあろうもんが。ほれ、面の割れてないのが一人いるだろ」

 ゼダは、ひょいと指をとある方向に向けた。

「一人って……」

 と、ゼダの指す方向を見てみると、なにやら一人酒をあおっているジャッキールの姿があった。

「ええ、ダンナに頼めってか?」

 シャーは、不満というより、やや不安そうにいった。

「そうするしかないだろ。あのダンナはアイツにあったことないんだから」

「しかし」

 シャーは、そうっとジャッキールの様子を見る。静かにしているが、いつもの雰囲気ではない。酒を飲んでいるのにしても、普段より明らかに飲んでいる酒の量も多い。ジャッキールは別に酒乱ではなかったはずだが、こういう昂揚した状態の彼が酒を飲んだ時にどうなるのかは、シャーも体験したことがないのでわからない。

「い、言うこときいてくれるかな、あのヒト。なんかがっつり飲んでるみたいだけど」

「とはいえ、他に方法がねえからな」

「よし」

 とシャーは、身を乗り出す。いざ、ジャッキールの元へと思いつつ、とりあえず、じっと様子を見ていたシャーは、ゼダのほうに視線をやってつぶやいた。

「なんか、ちょっと、怖いな」

「おう、無表情なところが余計な」

 ゼダが素直に同意した。

「しかし、何とかしねえとな。何かやばくなったら、手伝ってやるから」

「う、うん、いってみるか……」

 シャーは、どぎまぎしながら席を立ち、ジャッキールのいるほうに足を向けた。




 シャーが彼の方に向かった頃には、ジャッキールは店主と話すのを終えて一人で飲んでいる所だった。話はちゃんときいてくれたのだろうか。

 元からそれほど感情を露にするほうではないのだが、表情らしい表情も浮かべずに、淡々と酒を飲んでいるジャッキールというのも、実に話しかけづらいものだ。

 声の届く位置になって、シャーは、思わず喉を鳴らしつつ立ち止まった。かといって、このままぼんやり経っているわけにもいかない。思い切ってシャーは声をかける。 

「あ、あのう、ダンナ」

 恐る恐る手招きすると、ゆっくりとジャッキールがこちらに顔を向けた。そこの位置で話をするのも恐いので、シャーとしてはゼダのいる場所まで彼に来て欲しかった。

 ジャッキールはというと、今日は片目しか見えていないが、明らかに普段と違う危なさが漂っている。

 シャーが手招きをしているのには、気づいているはずだが、彼はこっちに来ない。それどころか、ついと視線をはずすと、無視してまた酒を口に含んでいる。要するに、用があるならお前が来いということなのだろう。

 この野郎と思ったものの、こういうときのジャッキールに逆らうのは危険なので、仕方なくシャーは、そろそろと自分から近づくことにした。

「あ、あの、ダンナ、話しかけてもようござんしょうか?」

「なんだ」

 シャーが、そうっと様子を見ながら話しかけてみる。おっかないが、なんとか話を聞いてくれそうなそぶりもあるので、思い切って話しかけてみる。

「あの、お話はもう終わったんで?」

「終わった」

 ジャッキールは、ぶっきらぼうに答える。ちゃんと話を聞いてくれたのか聞こうとおもったが、ジャッキールが目を合わせないので、とりあえずそれは後で聞こうと思う。

「そ、そりゃーようござんしたねえ」

 シャーは、とりあえず追従しておくことにして、あのですねえ、と本題に持っていくことにした。この際、ジャッキールがどの程度の情報をつかんでいるかは、後で確認すればよいことだ。

「あのですよ、ちょっとダンナに別件で頼みがありましてね」

「頼みだと?」

 ようやくジャッキールが目だけをシャーの方に向ける。

「いやね、ちょっと困ってるんですよう」

 シャーは、かわいこぶってみるが、ジャッキールはいやに冷めた目をしていた。これは、どうも冗談が通じそうにない。

「あの、ですよ。アソコにいる調子こいた奴がいるじゃないですか?」

 シャーは、ベリレルをそっと指差して小声になる。ジャッキールがゆっくりとした動作で、指された先を確認していた。

「ふむ。あれがどうした?」

 ジャッキールに相手を認識させたので、少し安心しつつ、シャーは次の段階に入る。

「実は、アイツ、ちょっとしってる奴でですね、もしかしたら、今回の件にかかわってるんじゃないかなーっとか思うんですよ」

「ほう。それなら、調べればいいだろう。話をききにいけ」

「そ、それが、ですね」

 シャーは、機嫌を伺いながらもみ手をする。

「個人的な問題なんですけどもー。オレは、アイツと揉めたことがありましてね、話ききにいったら逃げちゃうんじゃないかと思ってえ……」

「それならネズミ青年がいるだろう」

 間髪いれずにジャッキールは、そういって酒を口に含む。どうもピッチが早い、気がする。

「アイツも、揉めたことがありましてね」

「揉めた、というより、早い話が貴様等が叩きのめした相手なのだろうが」

 ジャッキールにそういわれて、シャーはすばやくうなずいた。

「さ、さすがはダンナ。よくご存じで」

 ジャッキールは、シャーのへつらいを完全に無視しながら、ちらりとシャーに視線を送る。

「で、俺に何をしろと」

「だ、だからですね、軽くお話をききにいってもらえないかなーなあんて。いや、ここで今何をしているのかってことだけでもいいんで。いい仕事はないかとか、景気はどうかとか、そういう細かい話から類推しますから」

「話? 残念だが、俺は話を聞きだすのは苦手だ。他の方法を考えろ」

 普段は、頼みごとを余り断れないジャッキールだが、今日の彼はひたすら強気である。ここまでストレートに断られると思っていなかったので、シャーは慌てて言い直す。

「そ、それはしってますよ。ダンナは、そうゆうの苦手だってことは、ねえ、でもですよう?」

 シャーは、へりくだりながら上目遣いにジャッキールをみてみるが、彼はこちらを見ようともしない。

(このオッサン……。調子にのりやがって!)

 心の中でののしりつつも、とにかく今は彼をその気にさせなければ。

 ふいにジャッキールの飲んでいる杯が空になっていたのをみて、シャーはすばやく近くの酒瓶を手に取った。

「あ、ダンナ、空いてますね。お注ぎいたしまーす」

 シャーは、ジャッキールの杯に酒を注いだが、その瞬間、アルコール臭が鼻をついた。シャーは、思わず顔をしかめる。

(うわ、きっつい酒飲んでるな、オッサン。オレでもこんなののまねえのに。こんな酒飲む人だっけ、こいつ)

 それをどうとったのか、ジャッキールは、ふむと唸った。

「苦手だから他を当たれといっている」

(だから、他の奴なんかいねーっつーの!)

 と思わず言いそうなのを我慢しつつ、シャーは奥の手を出すことにした。このままでは埒が明かない。時間が経ちすぎると、相手が逃げてしまうかもしれない。

「で、でも、よーく考えてくださいよう。この件は、オレのためじゃなくってですね。リーフィちゃんのための調査だったんですよ」

 リーフィの名前を出すと、さすがのジャッキールもぴくんと眉をひそめる。

「ダンナは人付き合いとか苦手そうだし、そりゃー、事情をいきなり聞きだすのって大変だなーとは思うんですけども、しかし、リーフィちゃんのためですよ。ダンナだってリーフィちゃんに世話になったでしょ? ね?」

 そういわれて、ジャッキールはじっとシャーの顔を見やる。

「そうだよ、ダンナ。協力してくれよ」

 いつの間にか、見かねたのかゼダが横にひょっこり顔をだして援護に入ってきた。

「オレ達じゃ無理だから、ダンナにたのんでるんだからさあ」

 二人にそういわれて、さすがにジャッキールも何か思うところがあったらしい。

「そうだな。貴様ら二人のことはどうでもいいが、リーフィさんのためとなれば話は別だ」

 ジャッキールは、杯をあけてしまうと息をつき、ちらりとシャーに視線を送る。

「注げ」

(まだ飲むのかよっ!)

 思わず口に出しそうになったところで、ジャッキールの危うい視線に晒されて慌てて言葉を飲み込み、素直に酒を注ぐ。ジャッキールは、それを優雅に、しかしぐっと一気に飲み干してしまうと、視線を彼らに向けた。酔っているようには見えないが、どう見ても普段の彼とは違う目だ。

「ふむ、わかった。努力してみよう」

「おお! さっすがダンナ!」

 適当にのせながらも、どこか不安なシャーだった。第一酒を飲みすぎだ。そんなに酒が強い印象もない男なのだが、果たして大丈夫なのだろうか。そもそも、酒が入る前から今日は荒れそうだったというのに。

 ジャッキールは、さらに瓶に残った分を注ぐようにシャーに命令して、それを飲んでしまうと、ふらりと立ち上がった。

「それでは、あの青年に話を聞いてくる。貴様らは目立たんように待っていろ」

「は、はーい」

 返事をしつつ、二人は、ぶらぶらとベリレルの方に歩いていくジャッキールの背中を見送った。あたりの喧騒が耳につかないぐらい緊張していたのか、急に音がざあっと耳に入ってくる。シャーは、いまさらになって汗をびっしりかいていたことに気づいていた。

「いいのか、あんなの飲ましてもよ」

 ゼダもシャーがジャッキールにきつい酒を飲ましたのに気づいたのか、小声できいてきた。

「だ、だってしょうがねえだろ」

「あの様子じゃ、水でもわかんなかったんじゃねえか?」

「バレたらこの辺一帯が血の海だぞ。そんなことできるかよ」

 シャーは、くわばらくわばらと首を振った。

「ここは気をよくしてもらって、あくまで下手にでといたほうが、怪我しないんだよ」

 シャーは、そういってジャッキールの方に目を向けた。

 あとは、彼が素直に話をきいてくれればよい。

 そんな風に思っていたところで、ふと、ジャッキールの前にシャーより年下らしい酔っ払った若者が数名ふざけながら飛び出てきた。

 一瞬、シャーはどきりとした。普段のジャッキールなら、争いを避けるために道を譲るぐらいしたかもしれないが、今の彼にそんなことを期待できるはずもない。

 直後、シャーの悪い予感のとおり、若者達は、ジャッキールに背中からぶつかった。あたりの食器をひっかけたのか、陶器の割れるけたたましい音が当たりに響いた。

 若者達の持っていた酒瓶の中身が、ぶつかった拍子にこぼれ出て、ジャッキールの肩口から降り注ぐ。

「うわあ……、嘘だろ」

 シャーは、小声で唸ったが、大変なのはこれからだ。

 濡れた服に気をとられたジャッキールは、おそらく手ぬぐいでも出して先に拭こうとでもしていたのかもしれない。だが、そんな彼の態度に若者たちが即座に反応していた。彼らは五人ほどだったが、こういう店に出入りするぐらいには荒れて修羅場も経験しているものだったのだろう。それに、多勢だということも、自信につながっていたかもしれない。常人なら、ジャッキールのような男には絡まないだろうが、彼らは違った。

「オッサン、なにぼさっと歩いてんだ! 邪魔なんだよ!」

「そうだ、殺すぞ! でかいくせにぼーっとしてんじゃねえよ!」

「何だと!」

 キッとジャッキールは相手を睨みつける。今までどちらかというとのんびりとした動作だったジャッキールの反応が、一気に早くなった。

(わあああ、何刺激してやがるんだ! あの餓鬼ども!)

 シャーは、慌てて彼らの方に歩み寄った。

 ジャッキールは、無言でしばらく相手をにらみつけていたが、その目が一気に血走っていたのをシャーは見ていたのだ。

 ジャッキールは、突然口元を引きつらせて冷笑を浮かべた。

「小僧、もう一度言ってみろ」

「ちょ、ちょと、ダンナ」

 さあっと青ざめながら、シャーは慌てて間に入ろうとするが、ジャッキールはすでに相手との間合いを詰めていた。

「人の服を汚しておいて、ずいぶんな挨拶だな?」

「何いってんだ? オッサン、ぼさっとしてるなら殺すっていってんだよ。年寄りァとっとと帰りやがれ!」

「あああ、なんてこと……」

 シャーは頭を抱えた。

「出ろ、小僧!」

「お、おい、お前ら。悪いことはいわねえから、早くダンナに土下座して謝っとけよ」

 案の定、あごをしゃくってついてこいとばかりに先に外に出るジャッキールをとめるのはあきらめて、シャーは青年のほうにそう呼びかけたが、シャーの言葉をきくような連中でもない。嘲笑を浮かべて、ジャッキールの後から外に出て行く。

 こういう酒場だ。揉め事の好きな輩が多いから、当然止める気配もない。亭主は亭主で面白そうに見ている。おそらく、亭主にはこの後の惨劇が予想できているのだろうが。

「あーあ」

 後ろでゼダがひとごとのようにつぶやいた。

「人死に出そうだなあ、あれ」

「出されたら面倒だから困るんだがなあ、あのオヤジわかってんのかよ」

 シャーは、頭を抱えてため息を深々とついた。

「しょうがねえな。最悪の事態を回避しにいくぜ」

 シャーは、ゼダにそういうと気乗りしないまま、ジャッキールの後を追いかけることにした。

 ふと、ベリレルのことが気になったのだが、先ほどの騒ぎのせいで酒場が沸き立っていて、ざっとみたところではわからなくなっていた。

 逃げられるだろうか。いや、しかし、今はそれどころではない。

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