5.青い将軍


「おい、出ろ!」

 扉が開き、横柄な男の声がする。シャーは、まるで煙草でもふかしているような顔をして、その男に注意を払わない。顔に傷のある男は、残酷な笑みを浮かべていった。

「ベガードさんが、お前を痛めつけて情報を吐かせるんだとさ。あぁ、かわいそうになあ。お前も、明日にゃ、そのひょろっこい体を地下につるされたまんま、あの世にいってるんだ」

 明らかに面白がっている様子である。どうやら、彼も痛めつけるのに一役かっているのだろう。ところが、シャーは目を天井に向けていた。そして、何か思い出しでもしているような様子で話し出す。

「へえ、そうなの? うーん、そういう予定は困るなあ」

 にやっとシャーは笑う。

「しかもよ、ベガードっていうと、あの色気もなにもない、でかくて性格悪ーいおっちゃんだろ? そーれに、オレ、いじめられて喜ぶような趣味ってないのよねえ。困ったもんだ」

 シャーは、考え込むような顔をしていった。それから、思い出したように呟く。

「オレ、実はね、明日、女の子とデートの先約があるのよねえ」

「何?」

 男が怪訝な顔をするのを見もせずに、シャーは一人まだ考え込んでいる。

「約束を大切にするオレさまは、あんた達のへぼ用に付き合ってる暇はないっつーか、これ以上振られたくないっつーかさ。うん、そうだなあ」

 そして、彼に向けてにやりと笑った。

「きーめた。オレ、脱走しちゃおう」

「何いってんだ? お前は」

 怒った男が、彼の胸倉を掴んで引き上げた。

 一瞬怯えたような顔をするシャーだったが、対照的に彼の目はじっとりと男を見上げていた。間近で見ると、黒にわずかに青みがかった彼の目は、冷たく澄み渡っている。怯えは目にはなく、むしろ静かな迫力すら漂っていた。

 シャーは、どこかうっすらと微笑みながら訊いた。男はシャーの表情の変化には気づいていない。

「オレを殴ったりして、後悔しないかい? 一生もんだぜ? この後悔」

「なーにいってやがる! 生意気抜かすな!」

 男はその時気づいておくべきだったのである。縛ってあったはずのシャーの縄は、彼が胸倉を掴んで引き寄せた時にばらりと下に落ちかけていた。そして、後ろ手のままの彼の右手に、細身で鋭い小型の短剣が握られていた事に。

「自分の立場を考えろ!」

 男は、シャーに殴りかかった。シャーは、体を沈めた拍子に、胸倉を掴んでいた男の手を振り解いた。

「あんたもな!」

 シャーは、右手の短剣を男の胸に叩き込んだ。

 甲高い悲鳴が響き渡り、地下室は騒然となった。先程、男があけた扉から、シャーは短剣片手に悠々と現れる。

「て、てめえ!」

 血染めの短剣を握り、シャーは、わずかに微笑んだ。かなり細く、そして薄く作ってあるそのかなり小ぶりの短剣は、彼のサンダルの皮の中に潜ませてあったものだ。

「さっき、随分といじめてくれちゃったよな? 借りはしっかり返してやるぜ! オレは、結構そういうところは執念深いんだ!」

 目がわずかに細くなり、奇妙な殺気が放たれる。先程の男と同じ人物とは思えない。

 目の端でこの部屋の間取りから、敵の人数までを確認して、シャーはそうっと右側に身を寄せていく。そこの椅子の上には、彼の武器が取り上げられたまま置かれていた。

「てめえ! 死ね!!」

 傷の男が、突然切りかかってきた。

 シャーは横っ飛びにそれをよけ、そのまま身を低くして机の上の、自分の刀に飛びついた。阻止しようとする黒服の男が、彼に向けて曲刀を振り下ろす。机には半分切れ目が入ったが、シャーはすでに刀の柄を握ったまま、反対側に抜けていてかすりもしていなかった。

「この野郎!」

 彼はそのまま机を蹴倒して、シャーに切りかかった。が、彼が避ける気配はない。

 観念したかと男は、勝利を確信した。しかし、冷静にシャーは、握った刀を腰の辺りに移動させ、男が曲刀を振り下ろす直前に不意に口元を歪めた。

 黒服の男が失敗に気づいた時は遅かった。シャーは、観念したのではなく、相手が間合いに入ってくるのを待っていたのだ。彼は、抜きざまに相手のわき腹から肩を斜めに斬りあげた。悲鳴と動揺が交錯している間に、シャーはそこから、反対側へと風のように走り抜けた。

 たん、と彼のサンダルが、石畳に軽い音を立てた。踊っている時の彼のように、軽やかな音だった。

「オレは、あまり殺生はしたくねえ!」

 シャーは、低い声で言った。

「死にたくねえなら道をあけろ!」

 シャーは刀に血ぶるいをくれて、さっと構えなおす。

「こ、こいつ!!」

 男たちは、まだシャーの本当の危険さには気付いていない。

「やっちまえ!」

「……後悔すんなよ」

 ぼそりと呟き、シャーは大きく足を前に出した。

 飛びかかってきた男の剣があっという間に弾かれて、宙を舞った。その直後、シャーの刀の柄が男の顔を激しく殴った。そのまま床に叩きつけられ、何度か転がった後、男は動かなくなった。

 シャーはそれを見もせず、ゆらりと一歩近づいた。

 罵声を上げて別の背の高い男が、飛びかかってくる。シャーはそのまま、右手を軽く横に半円を描くように払った。男の目の前でしろく光るものが飛んだ。それはわずかに孤を描いて横に飛び、石畳の上に甲高い音を立てた。シャーがさっと手を前に払ったときに、男の剣はすでに弾かれていたのである。あまりの速さにそれを見ることすら出来ず、男は泡を食ったように叫んだ。

「何者だ! 貴様!」

 シャーの鮮やかな手並みに、ようやく男たちは警戒心と恐怖を抱き始めていたようだった。声がわずかだが震えている。シャーは、その怯えを見て取って、少しだけ笑った。その顔は、ふざけてはいたが、いつものシャーの弱気な愛想笑いではなかった。

「だからあ、ただのしがない貧乏なお兄さんだっていってるでしょ? なんも聞いてないんだから。頭悪いね、ホント。オレより悪いんじゃない、おたくら」

 ちらりと目を走らせる。そこには、先程彼を痛めつけたベガードがあっけにとられて、やや放心したように彼を見ていた。

 シャーは、形だけ親しげに笑いかけた。

「おやおや、さっきはお世話様だったね。ええと、ベガードさんだっけ?」

 そうして、ふざけた口調のまま彼は続ける。

「もう、何ぼーっとしてるんだよお? そんなところに立ってると、ついつい踏み潰してしまいそうになるよ?」

「ふざけるな!」

 言われてようやく我に返ったらしく、ベガードは怒りの声をあげた。

 太い眉をいからせるだけいからせて、彼は獣のような声で吼えた。

「てめえ、さっきは……! わざとだな! オレに痛めつけられやがったのは!」

 言われてシャーはおどけたように、肩を軽くすくめて笑った。持っている刀の鍔がゆるんでいるのか、かたかた、と音を立てる。

「別に~そうでもないよ~。でも、縛られてて下手に抵抗しても、オレが痛い目みるだけだもんね。それに、あの状況でオレにどう抵抗しろって? わざとってわけじゃあないけどさあ、オレだって情けない格好はしたくなかったわけよ。まあまあ、その辺の借りはちゃんと返すって。安心しろよ、おっさん」

 おどけたシャーの目に、その表情とはそぐわない厳しい光が宿っている。ベガードは、初めてびくりとした。

「オレ、そろそろ雑魚には飽きちゃったなあ。……で、おっさん、あんた、そろそろオレの相手してくれない? 今度は本気で相手してやるからさあ」

 シャーは、鍔鳴りしていた刀をざっと相手に突きつけた。ぴたっと空気が止まる。そして、彼は笑いも愛想も全く含まない声で告げた。

「……その腰のでかい剣が飾り物だとはいわさねえぜ」

「くっ」

 ベガードは歯噛みして、自分の剣を抜き放った。憤りと焦りのせいか、少し震える言葉で、剣を振り上げながら叫ぶ。

「こ、今度は、こっちこそ容赦しねえ! 叩き潰してやる!」

「できるもんなら、どうぞやってちょうだいな」

 口元だけにっこりと笑わせながら、シャーは冷たく言った。

「ふざけるな!!」

 ベガードは、鋭くシャーの胸を突きあげた。だが、その頃には、彼はわずかに自分の体を引かせ、素早く横にさーっと移動した。曲刀の切っ先は空を突いたが、すぐさまベガードはそれを横に薙いだ。甲高い金属音とともに、火花が散った。

「おっとっと」

 シャーのおどけたような声が聞こえた。刀の鍔に近いところで相手の刀を受け止めていたシャーは、わずかに崩れた体勢を足を一度踏みなおして直す。そして、少し意外そうな顔をした。

「あらあら、……あんたぁ、意外と強いじゃないか」

「やかましい!」

 ベガードは血走ったような目をシャーに走らせた。そのまま、力任せにシャーを押し切ろうとするが、いきなりシャーが下にもぐりこむようにしながら、力を抜いたので彼はわずかにつんのめるような格好になった。その間に、シャーはさっとベガードとの鍔迫り合いを避けた。

「力で勝負したってあんたにゃあ勝てないからな」

 シャーは笑った。

「くそう! ちょこまかと!」

 青い服を着たひょろ高い背の男は、刀を人差し指と中指だけで軽くぶら下げるように右手に持っている。それを弾く事すらままならず、ベガードは徐々にいらだってきていた。

『死にたくないのなら、あの男を甘く見ないことだ』

 ジャッキールの忌々しい言葉が脳裏によぎった。

(何を馬鹿なことを! オレが負けるなんてあるわけねえ!)

 ベガードは不吉な予感を打ち消すように心の中で叫ぶ。

 目の前の男は、頼りなげに痩せた体で、しかも細い腕で刀をぶらさげているだけだ。自分の力で何とかならないわけがない。

(あの小僧の首をへし折ってやる!)

 彼は今度は曲刀を力任せに振りかぶって、奇声をあげて飛びかかった。シャーは、それを冷徹な目でじっと見ていた。

「何度やってもわかんねえやつだな」

 シャーはゆったりといった。

「あんたは、オレには勝てねえよ!」

 彼は、そのままふと刀の柄に左手を添えた。左手に力の大半が加わった。そのまま刀を跳ね上げながら、切り上げる。空を切る甲高い音がした。

 斬った、と誰の目にも見えた。シャーは、男の反対側にぬけ、そのまま二、三歩歩き出す。後ろで人間が倒れる音がし、ざわりと周りの男たちが揺れた。

 シャーは、刀を収めずに、きっと後ろを振り向く。その視線に射られ、男たちの間には、戦慄が走った。

「ベガードさんがやられた」

「俺たちじゃ無理だ」

「ジャッキールさんを呼ぼう!」

 口々に言い始めた彼らに、シャーはぶらりと一歩近づく。ひっ、と誰かが悲鳴をあげた。彼らの一人が、一歩後退したかと思うとはじかれたように逃げ出した。そうなると恐怖が伝染するのか、また一人、また一人、後を追いかけ、やがて誰もそこにいなくなった。

 シャーは、ベガードを見下ろす。口から泡を吐いたまま気絶しているベガードを見ながら、彼は軽く肩をすくめた。

「今回はいわゆる峰打ちってやつ。殺すの面倒そうだもん」

 あの時、シャーは彼を斬る直前、手を返して刃の向きを変えたのだった。

「痛い目見たが、あんたがオレを痛めつけたから、あのにーちゃんの同情をひけたんだしな。……今回は見逃すとして、ま、これを反省して、もっといい人間になりな」

 シャーは、気絶して、聞いていないだろう相手にそういい置くと、そのまますたすたと歩き出した。



 先程まで、響いていた悲鳴と怒号が消えた。いや、正確には遠ざかって行った。逃げたものがいるのだろう。空気の中に血の匂いがかすかに漂っている。それが、この場で起きた凄まじい刃傷沙汰の程度を示していた。大男は、怯えながら机の下に隠れていた。

 まさか、あの捕虜がこんな大事をしでかすなんて。あんなに弱そうに見えたのに。

 自分のせいだろうか、それとも……。いや、そんな心配をしている場合ではなかった。自分も斬られるかもしれない。自分もあの男の敵なのだから。

「お~い、ちょっと」

 こんこんと、机の天板を叩かれ、彼は驚いて飛びあがった。がたんと机が倒れ、こちらをのぞきこんでいた男の顔が見えた。頬に返り血は浴びているが、そこにいた男は紛れもなく、先程部屋に閉じ込められていた若い青年だ。

「ひぃっ、助けてくれ!」

 男は、怯えてその場にへたり込み、頭を抱えた。彼は、男の様子をみると軽く笑った。

「そんなに怯えるなってば。何にもしないからさあ」

 大男は、不安そうにシャーを見上げた。

 まだ、刃物を収めてはいなかったが、シャーの顔はすでに戦士の表情ではなかった。彼は、いつものような親しみのある表情を向け、慰めるように微笑んだ。

「あんたは、オレに優しくしてくれたよな。……その事は忘れないぜ。もし、職にあぶれたら、カタスレニア地区の酒場に来るといい。オレが必ず何とかするよ。ありがとな」

 シャーは大男にそういうと、まだ呆然としている彼にもう一度にこりと微笑み、そのまま刀を肩にかけて向こうの方に走っていった。

 男が自分が助かったのだとわかるまでに、かなりの時間がかかった。



 *



青兜将軍アズラーッド・カルバーン、というのを知っているか?」

 小間使いの少年は伝言を伝え終え、部屋から出ようとしていたが、突然ジャッキールに呼びかけられてちょうど立ち止まったところだった。

 彼がラゲイラからの伝言を伝えに来ていた時、少し暗い石造りの部屋でジャッキールは酒を飲んでいた。

 どうやら彼は計画の中で重要な任務から外されることが決まってしまったらしい。顔にはさほど出していなかったが、ジャッキールの失望は明らかで、彼が酒を飲んでいるのは、そのことと実は無関係ではないのかもしれない。

 機嫌が悪いと大変なので、少年は恐る恐る主人からの伝言を口にしたものだった。

 その伝言には、ラゲイラからジャッキールに対し、気を悪くしないでもらいたいという旨が含まれている。よほど彼も気にしているようだった。

 部下たちにおそれられ、同僚たちに嫉妬交じりに忌み嫌われているジャッキールであったが、主人のラゲイラだけは彼を厚遇していた。ラゲイラは、彼をただの傭兵として扱っている様子ではなく、まるで年の離れた友人であるかのような扱いすらしていた。それにジャッキールも応えてはいるようで、彼らの間には信頼関係が築かれているようだった。

 今回のことで、ラゲイラは、その関係にひびが入るのではと恐れているようだ。

「ラゲイラ卿もずいぶん気にしてくれているのだな。ははは」

 ジャッキールは少し自嘲的に笑い、酒杯をあおった。

「どうせ流れ者の俺が、将軍などになれるわけがないのはわかっている。気になさるなとお伝えしてくれ」

 機嫌がよくないのだろうし、あまり深入りしては大変だ。そんなところで早々と外に出ようとしたとき、不意に彼が声をかけてきたのである。

 ジャッキールの言葉に、少年は首をかしげた。普段、不気味なほど無口なジャッキールが、こう喋りかけてくる事は珍しい。機嫌が悪いと思ったのだが、実は機嫌がいいのだろうか。そんなことを考えていると、ジャッキールがにんまりと笑った。

「アズラーッド・カルバーンだ。知らないか?」

 なるほど。機嫌が悪いと思ったのは彼の考えすぎで、実際の彼は非常に機嫌がいいらしい。彼の口元がはっきり笑みをかたどっていた。

「アズラーッド? ですか?」

 少年は、聞き返した。聞き覚えの無い言葉と響きだ。

「そうだ。まあ、知らないのも当然かな。それは、ここよりずいぶん東方の言葉だ」

 ジャッキールは、酒を口に含みながら言った。

「シャルル=ダ・フールが王子だった頃のことだが、彼は当時、ザファルバーン七部将とともに東方の最前線で戦っていた。彼をして、当時は東征王子や東征大将軍と呼ばれていたものだった。もっとも、本人が戦っていたかどうかはわからん。なにせ、奴は病弱でろくに寝所から動けないという噂もあったからな。しかし、……ともあれ、シャルル=ダ・フールが戦っていたとされている時期の最前線で、その軍で七部将よりも凄まじい活躍を見せたものがいた。あまり知られていないことだがな」

 少年はじっと彼を見ている。ジャッキールは、少年にきかせているというよりは、ひとりごとのように、しかしやや芝居じみた口調で言った。

「そうだ。全身、青い色を塗った鎧を着て青いマントをつけ、青い羽飾りのついた青い兜を被った若い男。使う剣術は、東方伝来の不思議な刀を使ってのもので、それが、凄まじく強かったのだそうだ。奴が加わった戦は連戦連勝。負けても士気が落ちなかったらしい。そしてついたあだ名が青兜――奴が主に遠征していた東のリチュタニスの言葉でその意味である「青兜アズラーッド・カルバーン」とよばれた。シャルル=ダ・フールの軍勢の中で司令官として戦っていて、目立った功績をあげたせいで、奴はいつの間にやらシャルル=ダ・フールの影武者といわれたそうだな。いや、実際はそうだったのかもしれん。しかし……」

 ジャッキールは、杯を置いた。

青兜アズラーッド・カルバーンは、ある戦いを境に戦場から消えた。死んだという噂だったが、それから数年後、今度は旅先で不思議な東方風の剣術を使う男の噂が聞かれるようになった」

「ジャッキール様は、それを同一人物だと?」

「そうは思わないか?」

 ジャッキールは笑ったが、少年は何も応えなかった。

「一度手合わせしてそれっきりだったが、とうとう見つけた。ははは、退屈もしてみるものだな!」

 彼は、ぞくりとするような冷たい笑みを浮かべた。前髪の間から、狂気を含んだような瞳が、ゆらゆらと揺れている。

「あの男だ」

「まさか!」

 少年はハッとして、咄嗟に言った。あのひょろっこい情けない男が、そんな大層な人間であるわけがない。

「いや、間違いない。あれがシャルルの密偵イヌだとすれば、まちがいなくな。あいつは、青兜アズラーッド将軍・カルバーンだ」

 ジャッキールがそういったとき、突然、廊下の方でせわしない足音が聞こえた。

「た、大変です!」

 扉を慌てて開き、足音を大きく立てて男が走りこんできて叫んだ。

「どうした?」

 落ち着いて尋ねるジャッキールと対照的に、男は全力疾走からくる疲労のために肩で息をして急き込みながら言った。

「あ、あの、捕まえていた男が……、と、逃亡を……! あ、あいつ、無茶苦茶強くて、オレたちじゃ……手に負えません! 隊長の助力を、ぜひ!」

 ジャッキールは、右手で剣を取り上げながら弾かれたように立ち上がった。怒鳴られるのかと思い、男はびくっと肩をすくめたが、ジャッキールは怒鳴りつけなかった。代わりに、彼はにやりとほくそえんだ。その笑いは、殺意を含んで、不気味に薄い唇に浮かべられていた。

「やはりな。そうじゃないと、割に合わん」

 ジャッキールはいい、鈍い光を放つ、刃をそっと抜いた。

「そうだな、青兜アズラーッド・カルバーン……」

 行くぞ。とジャッキールは低い声で、少年を呼び寄せた。そのまま、部屋から出て行くジャッキールの口元には、今まで見たことの無いような、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

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