佐々木直人ささきなおと氏の第一発見者が前田柚衣まえだゆいさんでした。アパートの管理人からの通報でわたしたちが駆けつけたとき、彼女は、佐々木氏の死体に抱きついていました。それで全身血だらけです」

 ありそうなことだ。あの日、ユイから電話があった。ユイから電話がかかってくるなんて珍しいことだったし、あの時ユイは「最高」だと言っていた。

「わたしたちは、ですから当然、佐々木氏と柚衣さんは恋人同士だったのでは、と考えましたが、それは本人から否定されました。二人の関係は上司と部下でしかないと。ええ、実際そうなのでしょう」

 ウエイターが近くに来たので日比野ひびのは言葉を切った。わたしはミルクティーを頼む。

「ユイに、彼氏なんていないはずです」

「一番厄介なことは、佐々木氏のアパートの鍵が閉まっていたことです。そして、その鍵は部屋の中にありました」

「自殺?」

「いいえ、他殺であることは間違いありません。心臓を包丁で一刺しですから」

「ユイを疑っているのですか?」

「可能性が高い、と言っているのです。管理人が通報している間、彼女は死体と二人きりだった。その間に部屋の鍵を戻せばいい」

「ユイはそんなことできません」

「ええ、彼女を信じたい気持ちは分かります。ですが、あらゆる状況が彼女のことを犯人だと示しています」

「もしもユイが犯人だとしたら、鍵が閉まっていた状況になんてしないはずです。部屋の鍵が開いていれば、犯人はそこから逃げたことになるじゃないですか」

「その通りです」

「だったら」

「ですから、まだ容疑者として捕まえていないのです。ですが、すべて演技かもしれない」

「そんなこと!」

 自然とわたしの声は高くなっていた。

「わたしは、犯人は別にいると思っています。彼女の証言は真実だろうと。ですから、わたしは心苦しくもあなたと接触することにしました。彼女の行動の正当性を確認したいのです。つまり、どうして彼女が佐々木氏の死体に抱きついていたのか、ということを」

 丸い顔が歪んで見える。

「あなたならご存知でしょう。彼女の、について」

「そんなこと、言いたくありません」

「わたしも聞きたくありません。仕事ですから」

 わたしはミルクティーを口に含んだ。

「およその見当はついています。わたしが知りたいのは、彼女が死体を発見したときが、本当に発見したときなのか、ということです。もし彼女が殺したのだとしたら、死体は目の前に存在したでしょう。そのとき、彼女は欲望を抑えることができたでしょうか?」

「……できません。ユイは殺すこともできないでしょう」

「あなたは、殺されそうになったことがありますか?」

 日比野の目がまっすぐわたしを睨む。

「答えてください」

「何度もあります」

「ありがとうございます」

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