3
「甲斐、今なんと言った?」
「ああ、だから並木道の先に時計塔があって」
「そこ。時計塔をどう表現した?」
甲斐はもう一度、その時を思い出しながら続ける。
「円錐の上部を切り取ったというか、まぁ、僕らが座っていた場所から見れば、台形の形をしているって」
「甲斐、お前は中から時計塔を見上げたことがあるか。もちろん逆に上から見下ろした経験でもかまわない」
「もちろん」
「どう思った?」
「下に行くほど広く、上ほど細く」
「違う。あれはどこまで行っても幅が同じだ。わたしは何度もあそこを上り下りしている。間違うはずがない」
「だけど、下から見た時確かに小さく……」
「それはただの遠近感だ。水平よりも垂直のほうが遠近感の効果が顕著になるのは、お前だって経験で分かるだろう」
確かに、たとえば二十五メートルのプールの距離は短いけれど、高さで考えると恐ろしい。屋上から見下ろす地上はどこまでも遠くに見える。
「錯覚?」
「むろんそれは錯覚だ。だが、問題は時計塔が円錐だということだ」
「だけど」
「外から見ると台形、円錐。それが何を意味しているか……」
「下に近づくと、外と中の間に、空間が生まれる」
「正解だ」
「まさか」
「分からない。実際に探してみなければ。けれど、ほぼ間違いはあるまい」
「そこに、
「可能性が高い」
甲斐の胸が激しく踊る。
「あせるな。それでも、この空間ほどのスペースがあるとは思えない。問題は、その空間がいつからあるのか、ということだ。香川が作ったのか、それとも、前からそのようなスペースがあったのか。そして、どうして香川がそれを知るにいたったのか。少なくとも、私は知らない」
「ラプラスの悪魔はそこまで教えてくれないの?」
「残念ながら。おそらく、本人に聞かなければ、解決しないだろう。あるいは、この学園を作ったものなら……」
そこまで言って篠塚は首をふる。
「創設に関わったものはもはやいない。お父様も、おそらく知らないであろう。けれど、この学園には、たとえばここの隠し部屋のような、秘密が多く隠されているのは確かなようだな。もっとも、ここのように芹沢家においてさえ公になっているところは少ないようだが」
「芹沢さんなら」
「どうだろうな。気がついていたのかもしれないし、もはや確かめようもない」
「とにかく」
「あせるなと言っておろう。これ以上甲斐が動くと、本当に容疑者として逮捕されかねん。日比野の立会のもとで動いたほうが安全だ」
「だけど」
「それに、わたしもそろそろここを出るときのようだしな」
「だけど」
「案ずるな。明日にはすべてが明らかになるだろう」
それ以上篠塚は何もしゃべらなくなった。ただ、甲斐にしがみつくように倒れると、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。
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