第53話 俺と書評猫




「霜田は十分頑張ったよ」

 霜田の、今にも零れ落ちそうな涙にハンカチを当てる。

 いつだったか霜田が俺に差し出してくれたあのハンカチだ。

 きっちりと洗濯をして、今日返そうと思っていた。


「洋次……」

「今回は事前の宣伝が出来てなかっただけだって。次はサークルのホームページとか作ろうぜ。呟いったーで宣伝もしてさ。万全に整えてサークル参加しよう」

 ハンカチを手に取った霜田はギュッとハンカチを握り、拳を作った。


「そうだよね。そうだよ! なんか、豪フリだけじゃなくてコミマでも小説って売れるらしいし、二次創作だからそっちのほうがいいかも? 色々やってみよ!」

 霜田が元気を取り戻してくれてみたいで良かった。

 俺も笑いながら「そうだな」と言った。





「あの! 春の訪れの、春、さんですよね?」

 突然、聞いたことのない声に俺たちは振り向いた。

 小柄な眼鏡をかけた男が立っている。大学生、くらいだろうか。くせ毛で、優しそうな笑みを浮かべた人だった。


「あ、今日、本を買ってくれた!」

 霜田がそう言ったので、俺は「ああ」と声に出した。

 あの時は横から見ていたのでわからなかったけれど、この人が俺たちの本を唯一買ってくれた人らしい。


「どうかした……しましたか?」

 未だ敬語がおぼつかない霜田が、訂正しながらそう言った。

 男はこちらに近づきオドオドした口調で「いや、その……」と言う。


「実はこの本を買って、ロビーで読んでたんですけど読み終わって、その……、感想を送りたいと思ったんですけど……。どこにも連絡先がないから貴方を直接探していたんです」

 言われてみれば、俺たちはメルアドや連絡先を載せていなかった。ホームページもないからURLもなしだ。


「ごめんなさい! っていうか、わざわざ探して下さったみたいで……」

 霜田が慌ててそういうと男は手を左右に振った。


「いえいえ。僕、こういうものです」

 男は霜田に名刺を渡した。

 俺は霜田の後ろから名刺を覗き見る。

 猫谷まさひこ……。肩書に『僕の図書館 管理人』と書いてある。

 聞いたことがない。


「僕、書評ブログを運営しているんです。この本はとても素晴らしい本でした。初めは表紙に惹かれて手に取った本ですけど『精霊王への道』を詳しく知らない僕ですら、すらすらと読み進めることが出来ました。よければ、書評を書かせていただきたいのですが」

「しょ、書評?」

 霜田が驚いた声を出す。


「はい。まぁ僕のは読書感想文みたいなものです」

「厳しいこととか、書いたりしませんか?」

 霜田が恐る恐る尋ねた。


「まさか! 厳しいことを書くくらいなら取り上げたりしませんよ!」

 そう言って笑う猫谷さんに、霜田はホッと胸をなでおろした。


「じゃあ、ぜひ、よろしくお願いします」

 その後、俺と霜田は猫谷とチャットアプリの連絡先を交換して別れた。

 しばらくして姉貴が車で迎えに来てくれ、俺たちは荷物をトランクに詰めて後部座席へ乗り込んだ。

 車が出発してすぐに、着信音が鳴った。

 俺と霜田のスマホが鳴ったみたいだ。お互い顔を見合わせて、スマホを取り出した。


「今日はごめんねー」

 俺は画面を見ようとしたが、姉貴が話し始めたので顔を上げる。


「取材忙しくて、全然ブースに顔出せなかったわ」

 ルームミラー越しに姉貴と目が合い、俺は首を左右に振った。


「仕事だし、仕方ないって」

「それで、どうだった? 初めてのサークル参加は」

「それがさー、初めは全然手に取ってもらうことすら出来なくて大変だったよ」


 俺はわざとらしく肩を落として見せた。

 それにしてもさっきから霜田が静かだ。整った霜田の横顔が夕日に照らされて表情が読めない。

 姉貴もそれに気づいたのか「霜田ちゃん?」と話を振った。


「あ、ごめんなさいっ。あたしは、楽しかったです! すっごく楽しかった!」


 俺は霜田の手にあるスマホからチャットアプリがちらりと見えて、俺も自分のスマホ画面を見た。

 猫谷さんからのメッセージだ。


 そこには、およそ二千文字で書かれた作品に対する感想が綴られていた。

 そして最後に『この作品を作ってくれてありがとう。君たちに出会えて本当によかった』という感謝の言葉で締めくくられていたのだ。


 胸にグッと熱いものが押し寄せてくる。

 それは感動とか、感謝とか、喜びとか。

 いろいろな感情が喉元まで上がってきて、俺も「すっごく楽しかった」と呟いた。

 小さな声だったけど、霜田には聞こえていたみたいだ。


 霜田がシートの上に置いていた俺の手をギュッと握った。

 俺が驚いて固まっていると「楽しかったね」と霜田が笑って続ける。


「また、皆で作品作ろうね」

 

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