第52話 俺と文豪フリマ【後編】



 男が立ち去った後、俺は出店者側から入り霜田の元へ向かった。

「霜田、いま……!」

 俺の顔を見るなり、霜田はえへへと笑って見せる。


「そうなの! 一冊だけ売れた!」

 ピースして喜ぶ姿は、本当にうれしいんだとわかる。


「でも残念なことがあったの……」

 霜田が俯いたので俺は慌てて「どうしたんだ?」と言った。

 霜田が俺の服の裾をギュッと掴んだ。


「全然、話せなかった!」

「は?」

「ホントはさぁ、もし買ってくれる人がいたら『精霊王好きなんですか?』とか『4Gのファンですか?』とかいろいろ聞きたいことがあったんだよね。なのに、なのにさぁ! あたしってば、お金貰って本渡すだけで終わっちゃった! マジ最悪!」

 そう言って俺の服をこれでもかと引っ張る。伸びる伸びる……。


「ま、いいじゃん。一冊売れたってことで次購入した人と話せればさ」

 俺は霜田にそう言うと、頭をポンポンと撫でた。

 途端、霜田は顔を赤くする。

 ……これって照れてる……?

 霜田は俺からパッと手を離すと「そだね」と言って俯いた。

 俺も少し恥ずかしくなって霜田の頭から手を離すと、パイプ椅子に腰かけた。


「そういえば、チラッと見てきたけど、声かけしてる人は少なかったよ。でも、声かけしてもいいんじゃないかな。買いたい人は買うだろうって印象」

「へー、そうなんだ。……やっぱり作品のジャンルが古かったかなぁ……」

「そんなことないって。書きたいものを書くのが一番だ」

 俺はテーブルの下に置いた段ボールの隙間から見える自分の絵を見てそう言った。

 心の底から描きたいものを描いた時、そこには言葉にできないほどの情がわく。その気持ちは手に取った人にきっと伝わるはずだ。


 手に取ってくれる人がいさえすれば……。




 夕方。

 といっても、まだ辺りは明るい。

 閉館し、外に出た俺たちは車で送ってくれるという姉貴を待っていた。

 荷物が、来た時よりも重く感じる。

 本当はそんなことないのだけれど。

 そう、一冊分は軽くなっているはずだ。


 一冊。

 結局一冊しか売れなかった。


 手に取って、読んでくれる人はたくさんいた。『懐かしい』と言って通り過ぎていく人もたくさんいた。

 表紙は魅力的なはずだ。内容だって素晴らしいはずだ。

 だけど、なぜかあれ以降売れなかった。

 俺は俯く霜田の顔を横目で見る。

 霜田も、相当ショックだったのだろう。その小さな肩を落としている。


「残念、だったよな……」

 何か言葉にしたいけど、同情も、励ましもむなしい気がした。


「うーん……」

 霜田は苦笑して俺を見る。


「思った以上に売れなかったけど、一冊売れたし、あたしはそれでも幸せ。めっちゃいい思い出になったなぁ~……なんて……」

 途端、霜田の目に大粒の涙がじわっと浮かんだ。


「嘘……。ホントは悔しい。洋次にも、アイリスにも、お姉様にも手伝ってもらったのに……。きっとあたしの宣伝の仕方がよくなかったんだ……。ホントはもっと頑張れたハズなのに……」

 そう言われると俺は何も言えない。

 呟いったーで宣伝したにもかかわらず、誰一人として来なかった。

 それに、声かけをする霜田を横目に、声を出すのが恥ずかしくて俯いていただけだった。俺のほうこそ、もっといろいろできたんじゃないだろうか?


 俺は自分のバッグに手を入れた。





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