第46話 俺と正義の鉄拳



 途端、体に何かぶつかった。思わず目を開く。


 俺を掴んでいたデブも「ぐっ!」と言い、俺を放し、体勢を崩した。俺はそのまま地面に腰を強打する。

 イケメンがデブめがけて飛んできたようだ。それも文字通りイケメンが投げ飛ばされる形で。デブとイケメンは頭と頭をぶつけたのか俺の足元で意識を失って完全に伸びている。


 そして、イケメンを投げ飛ばしたのはアイリスみたいだ。

 ふぅ、と息をついて俺ににっこり微笑んだ。


「洋次くんがひきつけてくれたから二人一気に倒せました」

「お、おう」

 俺は胸倉を掴まれたことによって伸びてしまったシャツの襟ぐりを正す。

 霜田は真っ先に俺に寄ってきて、俺の手を掴んだ。


「どうして此処がわかったの? っていうか、手! 血が出てんじゃん!」

 慌てる霜田。

 霜田はアイリスも見て「アイリスは? アイリスは怪我してない?」とあっちもこっちも大変そうだ。

 ただ、俺に触れる霜田の指先が驚くほど冷たくて、怖かったんだろうな、と思わせた。


「アイリスが、俺に連絡くれたから向かえたよ。だけど……ごめん……」

 二人を見つけることができたけど、助けられなかった。その思いからどうしても謝ってしまう。


「どうして、洋次が謝んの? あたし、嬉しかったよ」

「そうですよ! 洋次くんが来てくれたから私だって二人とも片付けられたんですよ!」

 約一名俺に物騒なことを言っているが、複雑な気持ちに変わりはない。


「うーん……」

 俺の背後でデブが今にも起きてしまいそうな声をあげた。

 俺はビクリとして、どうしようか考えたが、アイリスは無言でデブに近づくと胸倉を掴み頬をビンタした。


「お、おい!」


 俺は驚きアイリスを止めようとした。

 しかし、アイリスはデブの頬をもう一度ビンタする。バチンという大きな音からかなり痛いことがわかる。

 流石にデブも「ヴッ」と声をあげ、うっすら目を開けた。


「高島くん、改めてご挨拶します。お久しぶりです」

 アイリスはニコニコしているが、それが逆に怖い。

 高島と呼ばれたデブは「ひぃ」と声をあげる。


「私、これでもかなり怒っているんです。二度とハルちゃんをあのような名前で呼ばないでください。ハルちゃんには晴子って素敵な名前があるんです。中学の時のこと、私達は忘れません。だから、貴方達も忘れないでください。貴方達が“私達をいじめた”ってことを。それを肝に銘じて、一生関わらないでくださいね。わかりましたか?」

 高島はイケメンとぶつかったときに口の中が切れたのか上手く喋れないようだ。口から血を流しながら、ウンウンと頷いた。


「よかったです」

 アイリスはそう言って微笑むと拳で高島の頬を殴った。

 口から歯がポロリと一つ落ち、そのままもう一度気絶してしまう。

 俺と霜田は言葉を失いないながら、その状況を眺めていた。アイリスが立ち上がり、いつものような表情、声色で


「行きましょう」と言ったのでお互いハッとした。

 霜田がアイリスに駆け寄る。


「大丈夫?」

「大丈夫ですよ、寧ろすっきりしました。これでやっと私達、過去から決別出来たんですよ」

 アイリスがすがすがしい顔でそう言った。


 アイリスは地面に落ちている紙袋や荷物を拾い集め「さ、行きましょ、行きましょ」ともう一度俺たちに明るく声を掛ける。

 俺も霜田も、一刻も早くこの場を立ち去りたくて頷いた。

 俺の家へ向かいながら、アイリスがふと「よくアニメで……」と口走った。


「過去と決別するために復讐できるのに、『お前を殺す価値もない』みたいなことを言って断念するシーンがあるじゃないですか」

 アイリスが俺か霜田どちらに話しかけているかわからないので、俺はとりあえず「おお」と言った。


「その通りだなって思いました。やっぱり、人を殴ると手が痛いです。痛いし損だなって」

 そんな風に笑うアイリスに俺も笑ってしまう。


「確かに。俺も今日初めて人殴った。殴ると痛いんだなぁ」


 さっきから黙っていた霜田は「バカみたい」と口を開く。

「助けてくれたのは嬉しいけど、二人とも怪我したら意味ないじゃん」

 そんな霜田の腕に、アイリスは自らの腕を絡ませた。

「そんなことないですよ。意味ないことなんてないです。殴って、決別したんです。もう、私達、中学の時とは完全に変われたんですよ。私達のことをいじめる人はもういません。新しく始まった高校生活で楽しくおかしく暮らせてます。だからハルちゃん、もうオタクに戻っていいんですよ。そしたら私の手の痛みも、もっと意味のあるものになるんですよ」


「アイリス……」

 霜田は少し沈黙して、しばらく歩いた後、口を開いた。


「オタクとか、あたしわかんないし。……でも、まぁ、アニメとか漫画は面白いし、皆でこうやって一緒に居るのは好き……かな」


 照れながら、霜田はそう言った。


 俺は完全に蚊帳の外だった。

 でもそれでも、二人の独特の雰囲気を楽しみながら、仲良く並ぶ二人の少し後ろを歩くことに満足していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!