第37話 俺とかっこいい姉貴


 一方、姉貴は黒いコートを翻して階段を上り、自分の部屋へ帰っていった。何がしたかったんだか。


「ほら、行くぞ」

 姉の背をいつまでも眺めていた霜田に俺は声を掛けた。

 ポーっとしている霜田はハッとすると顔を真っ赤にさせて、ただ何度か頷いた。

 台所へ霜田を案内する。

 四人掛けのテーブルに座るとぎこちなさそうに霜田は俺の向かいに座った。


「そうだ、コレ」

 俺はさっきから手に持ったままだった紙を霜田に手渡した。デザインと、表紙のラフ画だ。

 霜田は俺から紙を受け取ると顔を明るくさせた。


「コレって!」


「見ての通り、デザインとラフ画な。デザインは公式のコミックスそっくりに作ってみた。表紙はここにはめるだけだから。俺的に表紙のオススメは、コレとコレだけど。コレも捨てがたいな思ってる」


 俺は霜田が扇状に広げた紙を上から指差すと霜田はウンウンと首を縦に振る。話をするごとに、霜田の頭の中でも表紙が現実味を帯びてきたのだろう。霜田の表情がさっきからニヤけていて、嬉しいんだなとわかる。


「わ~! どれも悩むなぁ! コレ、持って帰ってもいい?」

 前回の『ありきたり』と言われた時と違い、好感触に俺もニンマリである。


「ああ、ゆっくり悩んでくれ。――そういえば、今日は急に呼び出して悪かった。俺のパソコン、姉貴が勝手に見たらしくて、その時に霜田の小説が……」

 俺が今日呼び出した理由を話始めると霜田は神妙な顔をした。やっぱり、怒ってるのか……。


「で、姉貴、霜田の小説を読んで感動したらしくて、それでお前に会ってみたいって!」

「あたしの小説で……感動?」

 さっきまで喜んでいた霜田の顔がどこか不安そうな表情に変わる。


「ああ。姉貴、『精霊王への道』が大好きだったらしくて、それで……」


「ちょっと待ってよ!」

 霜田は俺の言葉を遮った。

 やや大きな声量に俺は言葉を失った。


「そんなわけないじゃん。冗談やめてよ。あたしの小説は『下手くそ』で『何が言いたいのわからなくて』『作者の自己満足の作品』なんだから……。洋次、あたしのこと、そんなにおだてても、あたし、アンタになにも返せないよ」


「そ、そんなつもりは……」

 悲しそうにそう言い放つ霜田に、俺は言い淀んだ。

 おだてるとか、お世辞とかそんなつもりはなかった。

 俺は現に、霜田の小説に心を動かされたし、姉貴もわざわざお世辞を言うような人じゃない。そもそも姉貴も、お世辞を言うためだけに作者を呼び出したりしないだろ……。

 それになにより、霜田が自分の作品を卑下する言葉も気になった。謙遜の域を超えている。


「たしかに、君の作品は稚拙な自慰小説かもね」

 そう言い放ったのは、俺でも霜田でもない。

 俺の姉貴だった。台所の暖簾を開くその手には、霜田の原稿を持っている。


「姉貴……」


 姉貴はわざわざコスプレ衣装を脱ぎ、化粧を落としてタンクトップとジーンズに着替えていた。何のためにコスプレをしていたんだか……。

 姉貴はそのまま俺たちに近づいてくる。


「でもね、誰だって初めて作品を手がける時、それは自己を満足させるために行動する。この作品だって、君が書きたくて、書きたくて、仕方なくて書いた。そうでしょ?」


 姉貴が霜田の目の前に原稿を置いた。

 どさり、と重い音がする。


「『下手くそ』で『何が言いたいのわからなくて』『作者の自己満足の作品』……か。その言葉、誰かに言われたんでしょ?」



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