第34話 俺とボーイッシュ


 まさかと思い、スニーカーを脱ぐと廊下の照明が自動で付いた。

「お」

 それに反応したのか台所の方から声がして、足音がこちらへ近づいてくる。


「遅かったじゃない」

 台所から顔を出したのは姉貴だった。


「ひ、久しぶり」


 姉貴。

 出版会社に務め、主に海外で働くバリバリのキャリアウーマン。俺がアニメや漫画を好きになり、イラストを描き始めたのも姉貴が無類の漫画好きだったからだ。

 姉貴は漫画好きから結果的に大手出版社のコミックス部門へ就職し、仕事を生きがいにしている。

 平々凡々な俺とは違い、整った中性的な顔立ち、長身八頭身の体系に、良い意味でも悪い意味でも凹凸の少ないスラっとしたモデル体型だった。女子高、女子大に通っていた姉貴はいつもその見た目から男役として同性にモテていたらしい。今は髪を伸ばし、後ろにまとめているのでギリギリ女性に見えなくもないけど……。


 だけど、今目の前にいる姉貴はタンクトップにボクサーパンツ姿。ギリギリ女性……に見え……る?


「仕事、どうしたの?」

 俺は俺より身長の高い姉貴を見上げる。

 確か凄く忙しいとかで去年も秋ごろに一度帰ったきりだったと思う。それも二日と家にいなかった。


「学校から私に電話があったのよ。身に覚えない?」

 学校から、電話?

 身に覚えがなくて、首を傾げた。


「洋ちゃん、最近学校で寝てばっかりって先生から聞いたけど?」

 そこまで聞いて俺はギクリとした。


 そういえば先日、徹夜でイラストを描いて全ての授業を居眠りしてしまったことがあった。確かにその時担任から「家族に連絡するからね」と言われたんだった。その時は、家族っつても、姉貴も母さんも忙しいし相手にしないと思っていたけど、まさか姉貴がそんなことくらいで帰ってくるなんて。


「そ、それはたまたまだって! っていうか、そんなことくらいで帰ってきたのかよ!」

 俺は姉貴が仕事をどれ程大切にしているか知っている。食べるよりも、寝るよりも、仕事が大事なのだ。まだ世に出ていない原稿や、作家さんと一緒に仕事できることが何よりも楽しいと会うたびに言っていた。

 それを俺のくだらない電話一本で家へ帰らせてしまったのだ。


「そんなことじゃないでしょ。学業はおろそかにしないこと」

 姉貴が俺にグッと顔を近づける。

 俺は慌てて体をのけ反らせた。


「って、それよりも気になってたことがあるのよ」

 姉貴はそう言って俺から離れた。


「ん?」

 姉貴は台所へ戻るとすぐにこっちへ戻ってきた。その手には分厚い紙の束を持っている。


「この小説、アンタが書いたの? もしかしてこれを書いてて寝不足だったとか?」

 目の前に突き出され、一行目の『どっかーん!』が目に入った。

 それは俺の小説ではない。霜田の小説だ。

 でも、原稿は霜田の兄である秋人さんの元にあるはずだし……。


「それ……どこで」

 俺が原稿を手に取ると、姉貴は手をパッと離した。


「アンタの部屋のパソコンの画面にそれが映ったまんまになったから勝手に印刷しちゃった。……いや~、いつまでもイラストから漫画を描こうとしないから、なんでだろうって思ってたけど、アンタがまさかラノベをねぇ」

 俺は姉貴に背を向ける。


「残念だけど、コレ、俺が書いたんじゃないから。あと、勝手に人の部屋に入るなんてサイテーだな」

 そのまま、自分の部屋へ戻ろうとした。しかし、勢いよく俺の肩が掴まれてしまう。

 あまりの力に思わず振り返った。鬼のような顔をした姉貴がこっちを見ていた。


「な……」


「教えなさい」

 姉貴の声色が冷たいものに変わっている。


「こんなに素敵な作品を書ける同士が居るってこと? 教えなさい。そしてここに呼びなさい」



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