第19話 俺と玉手箱や

「違うワケ? どう見ても手ぶらに見えたけど」

 そう言いながら霜田はスカートのポケットから鍵を取り出すと、屋上へ続く扉の鍵を開けた。扉を開くと五月のまだ冷たい風が俺たちの間を通り抜けた。


「私が誘ったんですよ。ハルちゃんのお弁当、多くて食べきるの大変でしたから」


 そういうことだったのか。

 ということは、今霜田がもっている大きなハンドバッグが弁当? ランドセルくらいの大きさがあるんだけど……。

 絶句する俺をよそに、霜田は屋上に出てハンドバッグからレジャーシートを取り出すと敷き始める。アイリスもそのままレジャーシートに座った。


「そんなところに突っ立って、どうしたのよ? ほかの生徒にバレたら面倒なんだからさっさと出てきて鍵締めてよね」

「お、おう」

 ピクニックかよ……。

 俺はツッコまず、とりあえず屋上に出ると言われた通りに鍵を閉めた。

 上履きを脱いで俺もレジャーシートに座る。


 霜田はバッグから四段の重箱を取り出した。漆塗りの重箱は、貝張で蝶をあしらい、金で縁取られている。重箱だけで、豪華だとわかる。


 その蓋が霜田の手によって開けられた。


 一段目は隅まで敷き詰められた四角形の一口いなり寿司だ。油揚げが日の光にさらされてつやりと光る。俺は思わず、唾を飲み込んだ。


 二段目と三段目はおかず。九つの正方形に区切られた二段目と三段目の重箱には卵焼き、煮物、サラダのほかにも数々のおかずが少し盛られている。煮物のニンジンは飾り切りだ。


 四段目はフルーツだった。こちらは四つに区切られ、イチゴ、キウイ、オレンジ、さくらんぼが綺麗に詰められている。


 俺が来なかったらこれを二人で食べていたのか……。



「なに食べたい?」

 重箱に釘付けになっている俺に、霜田が尋ねた。

 紙皿と箸を手に取っている。


「いなり寿司は、一列目がスタンダードで、二列目が五目、三列目がわさびで……って、あ、ごめん。自分で食べたいの取るよね?」

 霜田が俺に皿と箸を寄こす。本気弁当に焦りつつも、こんなに豪華なものを俺も食べていいのか戸惑う。


 霜田のお母さん、張り切って作ったんだろうな。

 そう思いながら霜田から皿と箸を受け取った。


「お前のお母さん、料理上手なんだな。うらやましいよ」

 そう言いながらも、いなり寿司の五目を取り皿に移した。


「は? ママ? この弁当はあたしが作ったんだけど?」

「え?」

 驚いて顔をあげるも、霜田はキョトンとした顔をしている。冗談でもないらしい。


 この弁当を霜田が……?


 そう思うと突然不安になってきた。見た目は美しい。色合いも、飾り切りも文句のつけようがない。

 だが、ギャルが料理上手なんてありえるか?

 だって爪、透明の何かを塗ってツヤっとしてるし。包丁とか持てるの?



「何? さっきからジッと見て。食べないワケ?」


 霜田が不思議な目で俺を見る。

 俺は取り皿に取り分けた五目入りのいなり寿司と霜田を交互に見た。

 美味しそうな油揚げの甘い匂い。油で艶やかに光る油揚げは美しい。

 ああ、もう、いい! 不味かったら笑ってやる!


「い、いただきます!」


 箸でいなり寿司を摘まみ、ひょいっと口の中へ放り込んだ。


 じゅわっとあげから甘さがあふれだす。噛むと、シャクっとレンコンが音をたてた。酢飯が食欲を掻き立てる。胡麻の風味がゆっくりと広がり、噛めば噛むほど、ニンジン、シイタケ、ゴボウと細かく切った食材を感じた。

 五目いなりひとつに、幸せが詰まっている。

 咀嚼し、飲み込むと、無意識に「うっまぁ……」と声が漏れていた。



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