第16話 俺と本物のオタクと

 霜田のスマホごと、手を握っていた。

 ファンにここまで言われて描かなきゃ絵師じゃないだろ……。


「よー……じ」

 霜田のネコ目が驚きで見開かれる。俺を真っすぐに見つめたかと思うと、ワッと泣き出した。


「は……?」

 それはもう溢れる泉のごとく霜田は涙を流し、嗚咽する。


「えぐっ……ヴッ……うれじい……マジありえんくらい嬉しいんだけど……! 夢みたい! ひっぐ! 4Gに……っ。うっうっ……認めてもらえた……」

「お、おいおいおい! 泣くなよ!」

 だって~……と言いながら、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした霜田が歩道の真ん中で声を出して泣く。


 道路を挟んだ向かい側で、母親に手を引かれた男の子がこちらを指さして「ママ、あのお姉ちゃんどうして泣いてるの?」と言い、母親が「見ちゃいけません」と歩くスピードをあげていく。

 見ちゃいけないようなことしてないんですけど……。


「あの~、霜田さん、とにかく気分が落ち着くまであそこの公園で休みませんか……?」

 俺はあくまでも下手に提案した。霜田はうんうんと頷き、俺の袖を掴む。連れて行けということらしい。




「落ち着いたか?」

 俺は霜田のために自動販売機で買ってきたペットボトルのお茶をキャップを緩めてから手渡した。


「ありがと……」

 泣き止んだ霜田は俺からお茶を受け取ると、ごくごくと飲んでふぅっと息を吐く。

 息を吐きたいのは俺の方だよ。


 子供の様に泣きじゃくる霜田を公園まで連れてきて、人気のないベンチに座らせ、自動販売機までダッシュしたのだ。


 思えば、霜田はアイリスの前ではしっかりしてるくせに俺の前では子供っぽいところがある。いつもアイリスに世話をやく霜田にオカンかよと思っていたが、俺も霜田に対してはオカンかもしれない……。


「マジごめん……。あたし、泣いたら止まんなくて」

 目を真っ赤にさせる霜田は涙で化粧がすこし落ちたのか、いつもより素朴な感じがして不覚にも可愛いと思ってしまう。


「いいって」

 まさか泣くとは思っていなかったけれど、コイツの熱くなると周りが見えなくなるところに少し慣れてきたのかもしれない。別に嫌だとは思わなかった。

 俺は霜田の顔を見た。落ち着いた様子を見て俺は本題を切り出すことにしたのだ。


「それでさ、小説のことなんだけど」

 俺が霜田の隣に座ると霜田はキョトンとした顔で俺を見る。


「皆に読んで貰えるようにしないか?」

「な! それって、小説投稿サイトにあげるってこと? 嫌! 絶対嫌! 死んでも嫌! それにネットにはあげないって昨日も言ったでしょ」

 霜田は首を左右に振って心底嫌そうな顔をする。


「だって、みんな私の小説のことバカにするんだもん! マジむかつく!」

 ああ、もうすでにあげたことがあるのね……。


「そうか……。ただ俺は霜田の小説を読んで凄いなって思ったんだよ。俺も原作を読んで終わり方の唐突さに寂しい気持ちになった。でも霜田の小説がその虚しさを埋めてくれた。お前の小説は凄く優しくて、きっとあの時『精霊王への道』のファンだった人が読んだら喜ばれると思ったんだけどな」


 でも、確かに霜田の小説はネット小説向きではないかもしれない。

 勿論読みやすいように推敲し書き換えたとしても、顔の見えない相手に攻撃されることがあるネットに霜田が耐えられない気がした。


「あ、ありがとっ……」

 霜田の鼻声にハッとした。

 また泣くのか?!

 俺の思惑を察したのか俺のおでこに霜田が軽くチョップをした。


「な、泣かないわよ! ……そこまで言ってくれてありがと。完成してから誰にも読ませたことがなかったから……。初めて書いた作品を大好きな4Gにそう言って貰えて本当に嬉しい。でも、これはあたしのために書いた作品だから……別に不特定多数に読まれなくたっていいの」

「そっか」

 書いた本人がそういうなら仕方ない。

 ただやはり、面白い作品だけにちょっぴりもったいない気はするが。


「じゃあ、俺が表紙を描いたらそれをどうするつもりなんだ? 製本……本にするんだっけ?」

「本にして、本棚に飾るの……」

「本棚に?」

「そう。それで、単行本に似せた感じの表紙にして原作と一緒に本棚に置きたいの!」

 霜田の話を聞いているとワクワクする。


 純粋で、本当に作品を好きな気持ちが伝わってくる。

 単行本と一緒に並ぶ霜田の小説を思い浮かべると、俺も自然に笑っていた。


「いいな! それ」

「そうでしょ!」

 霜田の作品に対する気持ちや、楽しみ方を尊敬する。

 初めはオタクをバカにして、毛嫌いして嫌な奴だと思っていたけど。それにも理由があって……。


「お前のその作品に対する熱意、尊敬するよ。お前こそがオタクだったんだな」

「なっ!」

 思ったことがポロリと口から出てしまった。


 わなわなと肩を震わせる霜田。眉間に皺が寄っていく。

「あたしはオタクじゃないっつうの!」

 ペットボトルのお尻で頬を思いきり殴られた。


 いてぇ……。せっかく心を開いてくれたと思ってたのに……。


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