第13話 俺と手書き風フォント

「ありがとな、洗って返すわ」

 ハンカチを受け取って、自分でも頬を拭くとハンカチからふんわりいい匂いがした。

 柔軟剤ってやつなんだろうか?

 洗って返すと言った割に洗濯機に触れたことすらないのでその辺がよくわからない。


 二人とも席に座り、向かい合う。

「で、イラストのことなんだけど」

 そう切り出したのは霜田だった。学生カバンからクリアファイルを取り出すとテーブルの上に置いた。クリアファイルは紙でパンパンに膨れ上がり、その機能を十分に発揮していないように思う。


「これは?」

「あたしが書いた小説」

 霜田は俯いて頬を赤らめる。


「これを製本しようと思ってるの。その表紙をアンタに頼みたくて」

「凄いじゃん! 出版するってこと?」

 霜田はプロの小説家なのだろうか?

 人は見かけによらないもんだなぁ。

 しかし、霜田は首を左右にぶんぶんと振った。


「ち、違うし! 製本するのは一冊だけ! 自分用だから! その……書ききった記念に」

「そうなのか?」

 霜田は答える代わりに、ファイルをギュッと握りしめた。


「勿体ないな。せっかく書いたなら沢山刷っていろんな人に読んでもらえばいいのに」

「そんな恥ずかしいことできるワケないじゃん! と、とにかく、あたしはこれの表紙をアンタに頼みたいの。それで、その……」

 霜田がもじもじし始める。

 うーん、話の流れ的に俺がそれを読んでもいい、とか?


「じゃあ、俺がそれを読んでキャラデザとか決める感じでいいか? それともリクエストとかイメージ図とかある?」

「よ、読んでもらってデザインしてほしい……。キャラは、読んでもらったら大体わかると思う」

 そう言うと霜田はゆっくりと俺にファイルを渡した。

「読んでバカにしたらぶっ飛ばすから!」

 俺はファイルを受け取り、原稿を取り出した。


「バカになんかするわけないだろ? これでも絵師だぞ。人が作り出す物をバカになんかしねぇよ」


 霜田の原稿はずっしりとした重みがあった。一日、二日で書けるものじゃないだろう。人が一生懸命書いたものをバカにするやつがバカ野郎だ。


 表紙に『二人の絆』という題名が書いてある。

 どういう話なのだろうか。

 俺は表紙を一枚めくった。



“どっかーーん☆”



 目に飛び込んできたのは可愛らしい手書き風フォントで始まっていた文章だった。しかも、大文字、太文字加工付き。

 俺は国語の教科書以外に、ラノベも読む。

 しかし、目の前にあるそれは小説ともラノベとも言い難い文章だった。


「ちょ、ちょっと! 目の前で読まないでよ! 恥ずかしい!」

 照れてみせる霜田に俺は冷たい視線を送る。


「な、なによ!」

 俺の視線に気付いた霜田は慌ててみせたが、俺は正直困っていた。


 バカにはしていない。

 だけど、これはなんといえばいいのか……。


 ざっと一ページに目を通すだけで、文法も、文法作法もあったものではない。

 せめて文の始まりは一マス空けようぜ……。

 改行も少ないのでブロックのように固まった文章がゲシュタルト崩壊を起こしていた。

 俺が今まで読んできた小説やラノベは、さすがプロの作品だったんだなぁとよくわかる。例えるならプロの作品は補装された安全な道路だ。一方霜田の小説は焼野原だった。


 だが、そんな文章を目の前にしても俺は霜田に助言することを躊躇っていた。

 なんといっても、これは霜田の自己満足の作品だ。世に出す予定はないという。そんな自己満足の作品に、俺が水を差していいものか。


 そもそも、小説を書いていることはアイリスにも言っていないと言っていたし、こうやって読ませてくれていること自体、霜田にとって凄く勇気がいることではないのだろうか。ここで変なことを言って霜田の自尊心を傷つけるわけには……。


 しかし、今手元にある小説はずっしり二百ページ以上ある。

 ゲシュタルト崩壊文字を読み解かなければ、キャラは見えてこない。キャラが見えてこなければ、キャラクターのデザインは決められないし、構図なんてもってのほかだ。

 だが、しかし、俺の心の中は“正直に言うと読みたくない”という気持ちで一杯だった。



「さっきから黙りこくって、なんなのよ! もしかして……」

 黙ったまま固まった俺を霜田が覗き込んだ。心配そうな顔をしている。



「黙っちゃう程、面白い……とか?」

 そうきたかー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!